27話 イキり日本人に襲撃されたから返り討ちにする
シルが涙ぐじゅぐじゅなので、トッシュはひとりごとのように喋る。
「日本人はファンタジーエリアに興味津々で、旅行したり商売したりしようとする傾向にあるんだけど、逆に、ファンタジーエリアの人はあまり日本に来ようとしないんだよ。未知の領域として警戒している。エルフって森に暮らしているけど、エルフ以外の人って、森に入ってこないでしょ?」
「うん」
「ファンタジーエリアの人にとっては森は不可侵の領域。異界と繋がるとさえ信じられている。そういう価値観だから、日本なんて、もう、まさに異界そのもの。だから、普通は近寄らない。あまり積極的に関わろうとしない」
トッシュはシルには難しいだろうから言わなかったが、他にも関わり方の違いがある。
それは、異世界人と違って、地球人は衛星や航空機により早期に地上を観測し終えたという違いだ。
世界が融合した翌年にはゴーゴルカーが地上を走って地図を作った。あとは「ゴーゴルカーかドローンが破壊された地域には近づかない」ようにすれば、地球人はカーナビを見ながらどこにでも行けた。
身もふたもない言い方をすれば、地球人はファンタジーエリアを「サファリパ*ク」や「文明から断絶した部族(現代地球にも実在していて、飛行機とかに弓を撃ってくる)」くらいに思っているということだ。
「トッシュは、どうして日本で働いていたの?」
「んー。色々あって、ネイさんに捕まって、当時の社長に誘われたから」
「何があったの?」
「んー。それは、秘密というか、そのうち」
「ネイはトッシュより強いの?」
「念のために言っておくけど、ガチで戦ったら俺は負けないからね?」
トッシュは一応男の子だからシルの前でイキッた。
だが、当時思春期まっただ中だったトッシュが『豊乳の年上美人の体に触れることができなかった』ためステータス編集ができなかったという、ダサい敗因は伏せた。
おっぱいでっけえ! 揺れてる! とか思いながら側頭部に妖刀の一撃を喰らって意識を失ったことはもう一生の秘密だ。
ちなみに、トッシュはギルドメンバーになってから様々な難関ミッションをクリアしてきているが、『ハイレグ怪盗』には全敗しているし、『エロゲー世界のモブを護衛するミッション』も失敗している。
美少女怪盗のきわどい股間のラインや、エロゲーヒロインのパンチラが気になったという、くそしょうもない理由だ。
初期トッシュはエロ耐性がなくてけっこう、やらかしていた。そんな仕事はないだろうが今でも「入浴中の女忍者の下着を盗む」とか「女子高に潜入して全生徒のパンツの色を確認する」とか、エロいミッションがあったら失敗するはずだ。
多分、格下のサキュバスと戦闘になっても、相手が巨乳だったら「エッロ……」と油断して、ステータス編集のために触った瞬間「柔らかっ。エッロ……!」とか考えているうちに、精力を吸収されて敗北するだろう。
つまり、トッシュは「触れたら勝ち確定の強力なスキル」を持つが、セクシーな女性には多分負ける。
ブゥオンッ!
ブゥオンッ!
その時、けたたましい音が接近してきた。
実は五感が強化されているトッシュは歩き始めた時から、その音は聞こえていた。
「さっきからぶおんぶおん言っているのなあに? だんだん近づいてくる。車とそっくり。でも、車は荒れ地をゆっくりでしか走れないんだよね? レインの軽トラはゆっくり走ったんだよね?」
「あれも車だよ。オフロード車といって、荒れ地を速く走れるやつなんだ」
多分、イキり散らかした地球人の未成年が無免許走行可能なファンタジーエリアで爆走している。もしくは、現代地球の科学文明に魅入られた異世界人が調子に乗っている。どっちかだ。
オフロード車は二人に接近すると、クラクションを鳴らしてきた。広い土地なのに、不自然なまでに接近してくる。
トッシュは知りあいかと思い車を見てみるが、運転手の男も助手席の女も見たことがない。どちらもイキり散らかした大学生のように見える。
オフロード車は二人のすぐ横を通り過ぎ、その時、あろうことか助手席にいた女がボーガンを撃ってきた。
狙いはそれていたが、トッシュは矢をキャッチ。
車は砂煙を巻き上げながら、去っていく。
「ん-。日本の若者が飲酒運転で暴走しているっぽいなあ。異世界人狩りかなあ」
日本人の価値観だとオフロード車の行為は、とんでもない危険人物による犯罪行為だし、政治家の汚職報道すらふっとばして連日ワイドショーで取り上げられるほどの凶悪事件だ。
しかし、異世界では「殺して奪う」ことが普通にあり得るため、トッシュは特に驚きはしなかった。
トッシュだけでなく異世界人の多くが、憤慨したり恐怖したり自動車に驚いたりはするが、「知らない人から矢を撃たれたこと自体」は特に驚かない。撃たれること自体は、普通にありうることだからだ。
日本の警察に訴え出ることもない。そんな仕組みを知らないからだ。
そういった価値観に付け込んで、一部の頭のいかれた日本人がファンタジーエリアで暴挙に及ぶ(犯罪にならないから無法をする)。ダンジョンでモンスターを倒すことに慣れて、人間を殺したくなったイカレもいるかもしれない。
こういった状況で異世界人がとるべき行動は、ファンタジー世界の領主を頼るか、自衛だ。
「日本とファンタジーエリアの境界付近はああいうのがいるから気を付けてね。知らない人が近寄ってきたら、クマの着ぐるみを着て。あのパワーなら、車にぶつけられても大丈夫だし。というか、外出時は常にクマで」
「うん」
「基本的に俺がずっと一緒にいるつもりだけど、もしひとりのときに襲われたら逃げてね。俺や、ネイさんとかレインとか頼って」
「うん」
トッシュは小石を拾い、オフロード車のタイヤを狙って投げた。
当たらなかったが、地面に小さな穴をうがち、土砂がパッと舞った。
トッシュは次々と小石を拾って投げる。
やがて小石の一つが命中し、オフロード車は跳ねながら右に大きくカーブしたのち、何度も横転した。
「あー。やりすぎたかな」と、特に感情をのせずにつぶやく。
「シルはここで待ってて」
「トッシュずっと一緒にいるって言った」
「言うたけど。とにかく、見える範囲にいるから、とりあえずここにいて」
「うん」
トッシュはとくに急がず、歩いて車のところまで行く。