26話 シルを軽トラに乗せたら泣いてしまった
トッシュはホームセンターのサービスコーナーで軽トラを借りて荷物を持ち帰ろうとした。
免許を持っているレインが運転しシルが助手席。トッシュは荷台に乗った。
初めは順調だった。だが、軽トラがファンタジーエリアの未舗装地域に入ると――。
「やだあ! 外に出して! 中はやだあッ!」
シルが軽トラを揺らす強さで暴れ始めたから、トッシュは荷台から身を乗り出して、助手席側の窓からのぞきこむ。
「シル。大人しくしろ」
「やだあ! 外に出して!」
「暴れるな!」
「怖い! やめて! やめて!」
シルは割れんばかりの大声で泣き叫び、両手足を暴れさせた。
不自然な大勢だがトッシュはなんとかシルを押さえつけようとするが、抵抗は激しい。
「やだあッ! やめて! やめて!」
「分かったから! 外に出すから大人しくしろ!」
シルはスキルでクマの着ぐるみを装着しているので、バフ効果により一般的なエルフ少女より遥かに膂力が強い。
スキルで全ステータスを上げているトッシュでさえ、手を焼く。
「はあ……」
ふたりの激しい悶着を隣で聞き、レインは溜め息。
「あのお……、先輩。声だけ聞いていると、非常にいかがわしいんですが」
「いかがわしい? 何が? ここはファンタジーエリアだ。なんの問題もない」
「問題おおありですよお!」
レインはブレーキを踏み、軽トラックを止めた。
ファンタジーエリアなので道路はないから、何処に停めても駐停車違反にはならない。
「ほら、シル。止まったから、もう怖くないから」
「うぇぇん!」
軽トラが停車したからトッシュは荷台から降りてドアを開ける。シートベルトを外してあげると、シルは転がるように出てきてトッシュに胸にしがみつくと泣きじゃくった。
トッシュはてっきり「凄ーい! ドラゴンより、はやーい!」と喜んでもらえると思ったのだが、ファンタジーエリアの未舗装地域の振動はダメだったらしい。
「けいとら、やだぁ」
「ごめんごめん。んー。なんだろう。エルフ的に金属が駄目なのか、揺れるのが駄目なのか。レイン、先に行ってくれ。昼飯が遅れると、ドルゴの馬鹿がせっかくの新居を食べちゃうかもしれない」
「先輩はドルゴさんをなんだと思ってるんですか」
「お前こそ、あいつが出禁になった食べ放題料理店やホテルの朝食バイキングの数を知らないだろう」
「え、ええ……」
「普段は抑えているけど、あいつの食欲は異常だぞ。食欲はゴリラじゃなくてドラゴンだから。竜人っていうのは冗談じゃなくてガチかもしれん」
ドルゴは異世界人に転生した日本人だ。ドラゴンに変身する能力を持っており、本人は「俺は竜人だ。スキルはないが、竜人だからドラゴンに変身できる」と言っている。だが、「日本人は普通の人間に転生する」か魔王か「最弱と思わせて最強の雑魚モンスター(例:スライムやゴブリン)」に転生するのが定番で、竜人やドワーフのような亜人種に転生することはレアだ。
だからトッシュはドルゴのことを竜人ではなく、「竜に変身するスキルを使う、普通の人間だと思っている。そこは、異世界の魔法でも、日本の科学でも、真実を特定できない。
いずれにせよ、「相手の種族や出身など関係なく、友達は友達」という価値観があるから、トッシュはドルゴのことを「別に何でもいいや」と思っているのだ。いい意味で。
「トッシュ先輩、絶対に認めないけど、ドルゴ先輩のこと超好きですよね」
「言っていいことといけないことがあるのは日本も異世界も共通だぞ。そういや俺のことは、先輩じゃなくて、トッシュって呼ぶことになってただろ」
「え、えへへ。なれなくて、つい」
「とりあえず俺はシルと歩いて帰るよ。悪いけど先に帰ってくれ。荷物をおろすのはドルゴにやらせればいいから」
「分かりました。じゃ、先に帰ってますね」
軽トラが去っていくのを見送ると、トッシュはポケットからキュウリを取りだしシルに渡す。
「キュウリをあげるから、泣き止んで」
「うー」
シルは涙をこぼしたまま、小さな口でキュウリを少しずつカジカジし始める。
「ごめん。しばらく車はやめよう。でも、なれれば便利だから、また挑戦してくれると嬉しい」
「やだ……」
そうとう駄目らしい。シルはぷいっと視線を逸らす。でもキュウリをかじる口は止まらない。カピバラかハムスターみたいな様子でガジガジ齧ってる。
食べ終えたら、ついっと手を出してきた。もう一本ほしいようだ。
「家に帰ったらお寿司があるから、食べ過ぎは駄目だ」
「むー」
ふたりは家へ向かって歩きだす。
「ファンタジーエリアでぜんぜん車が普及しない理由が少しだけ分かった気がする……」
日本エリアとファンタジーエリアの境界には、自動車屋やレンタカーショップが多い。しかし、あまり流行らない。
世界が混ざった当初は自動車販売店が建ち並んだ。
日本のメーカーからしてみれば「車は沢山売れるぞ!」と思っていたのだが、そうもいかなかった。
ファンタジーエリアの人は、あまり車を欲しがらなかった。
車より速く走れる人や獣がいるし、現代人ほど時間にとらわれていないから貴族は馬車でゆっくり移動する。
急いで遠くへ行く用事もないので、異世界人からのニーズは低い。
軍事利用のニーズはあるが、そういうのは日本のメーカーが断っている。企業のブランドイメージが下がるからだろう。
昨今では、『自動車は無理でも、バイクなら馬代わりに売れるのでは?』と、異世界人向けにバイクを売ろうとする動きがあり、実はトッシュもちょっと気になっている。