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21話 新居祝い後の朝。まったり、女上司を口説く

 朝が来てトッシュは目が覚めた。

 真っ先に目に入るのは見知らぬ天井だ。


「んー。何処だここ」


 ごろりと寝返りをうつと、何処かで見たような顔があった。


「えっと……。ああ、レインか」


 隣に居たのは、ギルド時代に初めてトッシュの部下になった女子だった。


 すぐに誰か分からなかったのは、トッシュがまだ寝ぼけていたのと、距離が近すぎたせいだ。


「なんでレインが? あ、ああ、ここ、パーティーホールか。昨日、俺の送別会兼転居パーティーだったんだ。どうりで見慣れない天井だ。というか、初めて見た。酔い潰れて寝たのか」


 上半身を起こすと、レインの反対側にシルが居た。


「あー。ソファかベッドで寝ろって言ったのに、怖くてここに残ったのか。えっと8時か。微妙な時間に目が覚めたな。 久しぶりに床で寝たせいで背中が痛い……。……ん? 8時? おい、起きろ、レイン、起きろ! 俺は兎も角お前は、こんなところで寝ていたらいけないだろ!」


「ん、んー。トッシュ先輩だー。夢の中にまで出てくるなんて、私のこと好きすぎですよー」


「寝ぼけるな! 起きろ!」


「痛いッ……! って、え、えトッシュ先輩?! ぎゃああっ! 寝起きの顔、見られたー!」


「大声を出すな! あ、いや、出してもいい。他の連中を起こせ」


「う、ううーん」


 レインの大声が目覚ましになり、シルが目を覚ましたらしく、目の下をこしこししている。


 少し離れた位置で、他に泊まっていた連中がもぞもぞと動き始めた。


「おい、ドルゴ、ロン、早く起きろ。俺のペースにあわせてたら遅刻だぞ」


「トッシュ、うるせーぞ。今日は土曜日だろ……」


 熊のような巨体に見合った大あくびをしたのは、同期の江藤ドルゴ。

 一緒にファンタジー世界の冒険案件を担当し、一緒に立ちションをしている最中に殺人蜂の群に襲われて一緒にフルチンで逃げ回ったこともある仲だ。トッシュが知っているサブカル(特にエロ方面)はだいたい彼から仕込まれた知識だ。


「え? あ。あー。土曜。無職二日目にしてその概念は忘れていた……。すまん。ドルゴ、ロウ、適当に寝ててくれ。シル。起こしてすまん……」


「トッシュ、おはよう」


「おう。シル。おはよう。顔を洗いに行くか」


「うん」


 トッシュはぐだぐだな仲間を放置し、シルと一緒にパーティーホールを出た。


 レインは寝起き顔を見られたくないのか、スーツの上着を頭に被ってうつ伏せになっていた。


 パーティーホールを出て、台所に向かうと先客が居た。


 トッシュがギルドに参加したときの上司、藤堂ネイ・ヴィーだ。

 普段腰に巻いている10本の妖刀がないだけで、随分と女性らしく見えた。トッシュはネイの斜め後方にいて、彼女は背中を向けているのに、大きな胸の一部が見えている。デカすぎんだろ……。


 曇りガラス越しの朝日を浴びて、尻まで届く黒髪が、つやつやと輝いている。


「おはようございますネイさん」


「ようやく起きたか。おはよう、トッシュ。シル」


「おはようございます」


 尋ねるまでもなく、ネイが朝食を準備していたことが分かった。美味しそうな匂いが鼻をくすぐってくる。


「食材がないからな。昨晩の残りを温めただけだ」


「いやいや、温めただけって、そんなご謙遜を。何処からこのスープ出来たんですか。ネイさん、結婚してくださいよ」


 トッシュは冗談で言っているので、口調は軽い。


 ネイも冗談だと分かっているから、頬を赤らめることなどしないし、平坦な声を返す。


「子を産んで引退なんて、まだまだ考えられないな」


「飯炊き女房でいいんで」


「それをネモかレインに言えば、すぐに所帯を持てるだろうに……」


 ネイがつぶやくが、トッシュは顔を洗っていたので聞こえなかった。

 トッシュはシルがタオルを差しだしてくれたので拭く。


 顔を拭き終えたトッシュはシルの腋を抱えて、洗面台に届くようにしてやった。


 その様子を片目に、ネイが「微笑ましいことだ」と漏らす。


「でしょ? 今ならこの可愛い娘がセットで、家族ごっこ出来ますよ」


「ごっこなどと言っているうちは、お前の嫁にはなれないな。他の連中は?」


「まだ寝てま――」


「おはようございます! なんですか、なんですか、このいい匂い!」


 騒々しくやってきたのは、元気が取り柄の後輩レインだ。


 トッシュは既に寝起きで顔をおあわせているので、特に挨拶はしない。


 トッシュはタオルでシルの顔を拭いてやる。


「レイン、おはよう」


「ネイ先輩、おっはようございます!」


 レインは背筋を伸ばし、踵をくっつけ、ビシッと敬礼。


 ネイはトッシュにだけ聞こえるよう、小さく囁いた。


「嫁がほしければ、あっちにしておけ。即OKだぞ」


 トッシュは内緒話にする理由を理解していないが、とりあえずネイにあわせて、小声で返す。


「いや、それがあいつ、アレでモテるんですよ? 俺なんて相手にされませんって」


 ふたりが小声で話していると、レインが顔をずずいっと突きだして割って入る。


「なんの話です? 私も入れてくださいよー」


「なんでもないから。ネイさんが朝食を作ってくれた。レインも運ぶの手伝ってくれ」


「はい!」


「シルもお手伝い、頼むぞ」


「うん! 任せて!」


 昨晩に負けず劣らず賑やかな朝食となった。


 それは、これからの生活が明るいものになると予感させてくれるような、一日の始まりであった。

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