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9【江戸の思い出】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 菫之丞の舞台を見る瑠璃の横顔を見る百沙衛門。

 はっきり言って、芝居や舞には興味はない。確かに奇麗だとは思うけど、じっくり見るのは時間の無駄だと思う。

 それなら、好いた女子(おなご)の横顔を見ているほうが良い。

 今朝、巻いた晒の上からとはいえ布竹刀で撃ち込まれた場所の腹を、懐手で着物の中で撫でる。


「え?百様、傷むんか?どうしよ」

 舞台を見てたのになぜ気付く?


「なんともないよ。むしろよけ切れなかった私が弱いだけだし」

「・・・何言ってんの。あれ、百様余裕でよけれたやろ?本当はうちより強いはずなのに」

 ちゃんと勝負してくれなかったと、膨らます頬を少し撫でに行く。

 可愛らしく着飾らせてもらった瑠璃がすねているのを見るのも悪くない。

 とことん惚れていると自覚する百沙衛門だった。


 出会ったのは五年前。まだ江戸に住んでいた。

 百沙衛門が元服して間もないころに、父の藤岡 重蔵に連れられて、老中の屋敷に尋ねに行った時があった。

 そこで短期の見習いとして小姓のように、雑用をしている少年がいた。

 くるくると老中の仕事の補佐をして、周りの侍たちにも可愛がられている様子がよく分かった。その姿から目を外せずにいると、

「彼を紹介してもらおうか?」

 父の重蔵に言われて

「ぜひお願いいたします」


 重蔵が老中に百沙衛門を伴ってまずは紹介されたのち挨拶する。

「初めてお目もじ申し奉ります。藤岡重蔵が長子、百沙衛門と申します」

「重蔵よ、なかなか賢そうな息子じゃ。聞けば剣の腕もなかなかと聞くぞ」

「は、ありがたいことにござります」

 厳しい父が、他人には自分を自慢してくれているのが嬉しかった。

「で、そちらのお小姓をご紹介いただけませんでしょうか」

「うむそうだな。瑠璃、こちらへ」

「はっ」

「おい、藤岡と瑠璃以外は席をはずせ」

 ただの小姓の紹介なのに、人払いをされた。


 老中の傍らに座った少年の背中をポンポンとしながら話す。

「瑠璃殿、この方は藤岡の重蔵殿と嫡男の百沙衛門殿だ」

「お初にお目にかかります。羽森 瑠璃と申します」

 そうして、子供のくせにやたらときれいな所作でお辞儀をされる、


 顔を上げた瑠璃と目が合った百沙衛門は心の臓を撃ち抜かれたかと思ったのだった。

 その衝撃に戸惑っている間に、老中が瑠璃に話しかけている。

「瑠璃殿」

「はい、殿様」

「藤岡達は近く大坂入りすると思うから、その時に頼む」

「かしこまりました」


「老中、どういうことでしょうか」

 百沙衛門の疑問を代わりに父が問うてくれる。


「儂の忠臣に羽盛 義直がおるじゃろ」

「はい、そういえばこの子もハネモリと名乗られましたな」

「モリの字が、木が三つの方じゃ。そして、表向きはこの子は京の羽森 兼麿という、こう見えて公家の三女、瑠璃姫じゃ」

「姫!

 あ、申し訳ありませぬ、思わず驚きまして」

 叫んでしまった後に思わず口をふさぐ百沙衛門に、袖で口元を隠してくすくすと瑠璃姫が笑う。それがあまりにも可愛くて、もう女子(おなご)にしか見えなくなってしまっていた。

 隣を見ると、姫ということまでは知らなかったと父も驚いた顔をしていた。


「よい、羽森家は平安のころにはすでに宮中で隠密を担当していたそうな。そして、武士の時代になると、羽盛家と分離しそちらを武家としてたて、伊賀などの忍術をも組み込んで、今では幕府から宮中を見守る隠密をしているのだ」

「なるほど。それは大切なお家ですね」

「そうだ」


「ということは」

「瑠璃は、くのいちの見習いでの、あらゆることができるように修行中なのじゃ。今は侍の子供のなりじゃが、華奢に見えて剣の腕も立つんじゃよ。とにかく器用で、町人の生活にも溶け込めてしまうじゃろう。小姓の修行が終わったら一度、京に帰られるが、大坂にも明るいから、大坂に赴任する予定のお主たち藤岡家をうまく支えてくれるじゃろう」

「そのために、今回ご紹介くださったのですか」

「今日紹介するつもりはなかったのじゃが、百沙衛門が一目見て気になったようなんでな。のう」

「そ、それは」

 初対面の老中に自分でも戸惑っている気持ちがばれていることに焦る。


 瑠璃から目を離せないでいると、また老中に声をかけられた。

「瑠璃が気になるか?」

「はい、男装をされていても可愛らしいので、もし姫装束のお姿が見れたら、どれほど美しいのでしょう」


 素直にそういうと、小姓姿の姫は真っ赤になって袖で顔を半分隠してしまった。


「わはは、儂は一目惚れの場面に立ち会えたのじゃな」

「老中、父親の拙者もびっくりです。息子はまじめで、今まで女と遊んだこともないのです」

「ち、父上」

「しかし、残念ながら百沙衛門殿」

 老中は渋い顔をして、百沙衛門に言う。

「はい」

「瑠璃姫は、京のお屋敷が火事に見舞われた折に、立て直しの援助をした公家の許婚なんじゃ」

「え?」

「なんと」


 瑠璃が無表情になる。

 普通、許婚の話をされたら、先ほどのように顔が赤くなるのではと百沙衛門は思う。


「しかし、瑠璃はまだその公家には会ったことがないらしい」


 良い家ほど親が決めた結婚は多いだろう。


「殿様、もうその話は・・・」

「すまぬ」

 小姓に老中が素直に謝るのも不思議な光景だ。


「しかし、儂は恩人でもある其方には幸せになってほしいんじゃ」

「有難うございます。ですがこの通り、御簾の向こうに隠れてじっとしている公家の姫ではありませんので、自力で何とかする所存です」

「それならいいが」


「あ、あの、瑠璃殿」

「はい」

「私に出来ることがあったら、協力させて頂きますよ」

 つい、口から出た言葉に、

「ふふふ、ありがとうございます」

「うっ」

 その笑顔に、二発目を撃ち抜かれた百沙衛門だった。



 薄暗い芝居小屋の桟敷席で五年前を思い返しながら、舞台の光で陰になった横顔の瑠璃の顔を眺めていると、ふっとこちらを見る。


「百様?舞台はあちらですえ」

「ああ」

 袴は足が自由になって楽だな。いつもの着流しも、こんな暗がりじゃ足を崩せるけど。


「藤のつぎは、何の花だろ、紫陽花?は早いか。杜若か」

「そうどすな。図案の元ぐらい用意しておいてもよろしおすな。おおきに。

 うちでは気ぃ付きませんでした」


「藤の簪もきれいだったけど、あいつの頭に刺さってしまったし、今度、春日大社にでも見に行かぬか?」

「それは嬉しいお誘いですけど、遠おますよ。百様もお忙しいでっしゃろうし」

「そうだな、藤の盛りまでに行けるかはわからぬな」

「そこいらにも有りますやろ。奈良までいかなくとも。花なんて、何か咲いてますえ」


 なかなか、誘いに乗ってくれない瑠璃に少しがっかりする。


「あ、そういえば、饅頭切符を買ったんだ」

「おや。北浜の?」

「ああ」

「切符なら、いつでも行けますね」

 にっこり


「・・・そうだな」

 失敗した。



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