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8【盗み聞き】

いつもお読みいただきありがとうございます!

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 看板女形(市山菫之丞)に直接もらった木戸札を見せると、座布団やお茶を運ぶ役者見習いの男の子がやってきて、三階の上座側の桟敷席を案内される。

 ちょうど幕間なのか、舞台には幕が引かれ、座席がざわついている。


 座布団に座って握り飯を食べたとたんに眠くなってくる。考えたら、朝稽古に出て、風呂借りた後だ。

 それでも、めったに入れない桟敷席からの風景を眺める。

 昼だというのに、おてんとさんの光を利用して明るく演出した舞台のために、座席は割と暗くなっている。暗いのがいいのか、百沙衛門はやたらと瑠璃のに重なるほど近くに座布団を寄せて顔を寄せながら舞台の方を見るようにする。


「ちょ、ちょっと百様」

 くっついてくる百沙衛門の肩を押し返しながら、小さな声で話す。


「なんだ?」

 返事をするために追いかけるように引っ付きに来る。


「あれ、あそこ」

 広げた扇子で隠しながら、反対側の花道側の桟敷席を指さす。

「あそこに、三人の女を連れた男の人がおるやろ?」

「いるな。誰だ?大店の旦那って貫禄があるな」

「あれやん、えびす屋の旦那」

「ああ、先日瑠璃さんが見つけた死んだ女の?」

「そうそう、あの人が亭主なんやで」

「ふうん。楽しそうに三人も女を連れて」

「ね。おりょん(女将)さんがなくなって昨日葬式やったのに。あんなに楽しそうにしてたら、余計に疑いたくなるのに」

「たしかに、喪中ぐらいはおとなしくしたらいいのにな」


 妻を亡くしたばかりの男の行動とは思えない衝撃の光景に一気に目が覚める。

「ちょっと、うち聞いてくる」

「え?なにを」

「大丈夫、見つからへんから!」


 気が付くと、百沙衛門が桟敷席でポツンと座っていた。

「・・・トラオ(猫)より身軽なんじゃない?」

 団子を口に放り込んで、茶を啜る。



 一方、あっという間に向かいの桟敷席にたどり着いた翡翠。

 どこで手に入れたのか、役者見習いと同じ前掛けをして、お染に着せてもらった着物の袖をたすき掛けにしている。そして、座布団を運んでいるふりをして顔を隠しながら、えびす屋達の桟敷席に近づく。


「ささ、兄さん、一杯どうぞ」

「おっととと」

「玉むし姐さんもどうあっ、堪忍!堪忍してください」

 うどん屋のお千代のようなまだ十二才ほどの少女が玉むしにお猪口を渡そうとすると、渡し損ねたのか受け損ねたのか、床に転がっていく。

 見ると玉むしは少し顔をしかめたかと思うとすぐに笑顔に変わる。

「どんくさいなあ。うちはええから、兄さんに注いだって」

「兄さん、お寿司もありますえ」

 もう一人の遊女が蓋を外した四角い箱と箸をえびす屋の主人に渡している。

 箱にはたっぷりの鯛や鮭、そして卵が敷き詰められている。押し寿司というもので、おかずの多い凝った弁当のようなものだ。


「ちょっと、花むしちゃん、そこに鯨の炊いたんもあるから、出したって」

「はい、姐さん」


「それにしても、玉むし、お前大丈夫か?肩傷むんじゃないのか?」

 たしかに、玉むしと言われている遊女の顔色は悪い。それにさっきから右腕をかばっている。

「これぐらいなら平気。兄さんのためやもん。約束通りうちを」

「いよいよ姐さん、身請けですか!」


「もちろんや。せやけど三月待ちや。さすがにワイは婿養子やからな。喪中がすぎんとな。玉むしを身請けしようとすると、もうちょっとお金が自由にならんとな」

「分かってます。いまさら少々長引いても、変わらへんわ」



 盗み聞きの内容は犯罪の証拠や証明にはできないけど、証拠を探す場所を絞ることはできそうだと、瑠璃はその場を離れようとすると。


「兄さん、しっ。

 誰かそこおるんか?」

 玉むしが人の気配に気づいたのか瑠璃の方に声をかけてくる。


 わざと、低めの声を意識して言葉を話す。

「失礼します。追加の座布団を」

「そんなん、頼んでへんけど?」

「あれ?おかしいなあ。ここら辺の桟敷席言われたんですけど」

「なんや、見習いの役者か?女形にしたらずいぶんきれいな顔やないか。どれ、座布団はここに置いといたらいいから、こっち一緒に座らへんか?」


「いえ、うちは入門したてで、すぐ戻らな怒られます」

「そうか。名前はなんていうんや?」

「まだ、付けてもろてへんのです」

「じゃあ、ワイが座長に言うちゃろか?そしたら、この一等席から見学できるで」

「いえいえいえ、堪忍しとくれやす。失礼しました」


 暗い通路で前掛けや襷を外しながら、百沙衛門のいる桟敷席に戻る。


「只今戻りました」

「ほっ、やっと戻ってきた。大丈夫だった?こっちからも見てたけど、暗くて分からなかったよ」

「心配してくれておおきに。大丈夫や。

 それにしても、お染さんのお友達の呉服屋さんが言うには」

「さっきの人やな」

「婿養子に入ってすごく頑張ってはったらしいやん。越後や長崎の方まで仕入れ先を探しに行ったり、反物を作ってくれる工房を広げに回ったりして」

「ああ、私もお染に聞いた」

「さっきも言うたけど、昨日葬式やったんやで?」

「そうだ」

「なのに、あそこで食べたはる寿司の具、なまぐさばかりや。鯨まであったで。普通は嫁がなくなったら三月(みつき)は喪中やん?最低でも四十九日までは生臭食べるのとか断つやろ。町民でも」

「武士でもそうだ」

「それに、あの玉むしを身請けするとかなんとか言ってた」

「まさか身請け代のために、呉服屋を乗っ取る必要が?」

「さあ。そこまでは、えびす屋の婿養子の旦那の懐具合まではうちにはわからんわ。

 でも、あの玉むし、右の肩を痛そうに庇ってて。

 もしかして、うちの苦無が刺さったんあの人かもしれんよ」

「わかった、あの二人を洗うのは奉行所(こっち)がするよ。聞いてきてくれてありがとう」

「うん。ってあっ幕が上がるわ」

「本当だ」

「わあ、舞台いっぱいに藤の花が咲いてるんや」

「確かにきれいだな。あ、菫之丞が出てきた。瑠璃の簪、似合ってるじゃないか」

「そりゃあ、あの女形に似合うように作ったさかい。うちが」

 そういって得意そうな顔でほほ笑む。


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