七拾伍【亀虫か鮒か】
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宮宿を越え、今回も桑名には昼に立ち寄って、茶屋で焼き蛤と握り飯を食べて出発した瑠璃と百沙衛門は、なおも馬を取り換えながら東海道を走っていく。
どの馬も、瑠璃を乗せている方は疲れ始めるのが遅くなるので、途中で百沙衛門と取り換えながら。
「なにゆえ、百殿が乗ると馬が疲れるのだろうか」
「本気で分かってないのか?」
「うむ」
「人足と同じで、馬も荷物が軽い方が疲れないんだろう」
「拙者は荷物か」
「俺だって、馬からしたら荷物だ。それに瑠璃の方が馬に乗るのも達者だからかもしれぬ」
「そんな事あるんだな…」
夏の炎天下でも、馬で走れば風があってよい。
だが、さすがに宿場を通るたびに馬を取り換えることになっている。
近江に入って草津宿で馬を取り換える。
「馬で走ってる時は涼しいけど、止まると暑いな」
「うむ、不思議なものよ」
問屋場の井戸を借りて、手拭いを濡らして顔や首筋を拭いている。
にゃあにゃあ
井戸の桶から手持ちの椀に入れてやった水を、茶屋の床几の足下に置くとシマオが舐めるように飲んでいる。
「シマオあんた、うちの懐んなか暑いのちゃうん?」コソッ
にゃ
分かったような鳴き声を上げている。
そのまま少し水の残った椀の中に煮干しをいくらか入れてやる。
にゃ
シマオが煮干しと格闘している間に菜飯の握り飯を番茶で流し込んだ二人は、腹が落ち着くまで取り換えた馬を引きながら歩いていた。
草津で中山道とも合流したこともあって人が増えている。
浪人風の者が歩いているのを見ると、振り返っては顔を確認しながら。
追っての岩走申太の人相書きに描かれた特徴は〈左小鼻に黒いほくろ、右目が大きく、左目が細い、背は約五尺ほど〉
「背は馬に乗っていると分からぬな」
「おりんは拙者より少々高いぐらいだと言っておった」
奥州街道で一緒になった農夫の二人や、だて屋の女中のおりんから聞いた特徴が人相書きになっていた。
なにしろ、それぞれを後ろ手に縛ってから江戸のえびす屋の床下に閉じ込めたのが申太だったのだ。
三人はその顔を忘れられないと言っていた。そりゃそうだ。
特におりんは、呉服屋の番頭に成り代わっていた上野澤九朗に頻繁に会いに来ていた申太を不思議に思い、ずっと顔を見ていたこともあるそうな。
「だが、今度は特徴があるからわかりよい」
「うむ」
「人波が途切れたら駆けるぞ」
「ああ、シマオ落ちるなよ!」
にゃあ
瑠璃の懐からくぐもった猫の鳴き声が小さく聞こえた。
◆◇◇◆
パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ
二頭の馬の鼻の先に煌めく湖が見えてきた。
「大津だ」
「ここが最後の宿だな」
「ああ」
馬を引き払おうと問屋場に行くとそこには人が沢山いた上に、他にも人溢れていた。
「今日はどちらのお大名が来られているのだ?」
「毛利の殿様たちです」
「道理で人が多いのだな」
「しかし、ご予定をしていたなら脇本陣は使えると思うのですが」
「いやよい、旅籠を案内してくれぬか」
「分かりました。では…こちらを」
「今日は旅籠しかないらしい」
「ああ、その方が気楽で良い」
旅籠に入って足や体を拭いてさっぱりした二人が、部屋に持ち込まれた膳に向かう。
「む?なにやら不思議な匂いがするな。瑠璃お前、座布団の下に亀虫敷いていないか?」
「酷いなぁ。
百沙衛門殿の座布団の下じゃないですかね?」
「俺?」
と言いながら座布団をめくってみようとするのを笑いながら止める瑠璃。
「わははは、本気にするとか!」
「ふふふ、お侍様はお優しいですね。普通はもっとはっきりと臭いと言われます」
旅籠の女将がお櫃の白飯をよそいながら言う。
「このお人は江戸から来られたのだ。あちらでは毎日のように納豆を食すらしいからな」
「まあ、でしたら少しは大丈夫ですかね」
と言いながら膳に一つの皿を出す。
そこには銀色に縁どられた橙色のものが並べられていた。
匂いはどうやらそこからしていた。
「これがまさか例の鮒ずしというものか」
「そうだ」
「今日は琵琶湖の魚づくしのお膳になります」
「うむ」
「まずは先ほどの鮒ずし、匂いは江戸の納豆より臭いと言われておりますが、くさやとは良い勝負だと聞きました。
でも私は納豆やくさやは食べたことないから分からないですけどね」
「うむ、納豆は鮒ずしよりはマシだ」
「それはそれは。
そしてこちらは鯉の洗い、西京焼き、アユの塩焼き」
「本当に魚ばかりだな」
「大坂や江戸では湖や川の魚は少ないから貴重だな」
「うむ」
「まあ、どちらが旨いかと言えば…とりあえず食べなされ百沙衛門殿」
「うむ」
体が小さい方の侍が勢いよく料理を食べ始める向かいで、大きい方が恐る恐る箸を進める。
「う、うーんちょっと」
「うむ、慣れぬと食べづらいとは思うが」
「そうだな」
「あまり体には良くないと思うが、そちらの醤や酢をもう少しつけてみると食べやすくなると聞いた」
膳には、幾つかの小さな盃に水のような調味料が置かれていた。
「女将、臭いはきついがやはりこれを食べると近江に来たと思うよ」
「そうですね」
「どうだ?百沙衛門殿」
「確かに味は良い」
「よかったです」
魚以外では茄子の浅漬け、レンコンと里芋の煮物、青菜のお浸しなどが出されていた。
「鯉の生き血もありますけど」
「は?鯉の血を飲むのか?」
「はい、それを飲んでから花街に行けば良い大津の思い出になると言って…花街はここから…」
「いらぬ!」
「もしやお二人はそう言う…」
「生き血もいらぬ」
「男衆さん同士の…?」
「要らぬ気遣いである」
「…そうですか?」
瑠璃の前でなんてことを言うのだと、気まずい思いで見上げると肘で鼻の下を隠して笑っている。
「百沙衛門殿、必死だな」
「あ…明日は速いからな、今宵はさっさと寝るぞ」
「ははは、分かっている。
だが、せめてこの鮒ずしで一杯貰ってはどうだ?」
「そうだな」
「分かりました、お持ちしますね」
「わはははは!百沙衛門殿必死だな!」
女将が出て行ったあと大口を開けて笑う瑠璃。
その前のお膳で鮒ずしを跨いで、鯉の洗いを分けてもらってがつがつ食べているトラ猫。
なかなか旨そうに食べている。
…公家の姫に戻れるのか?この女子は。
結局鮒ずしの三切れ目に手を出すころには、その旨さに納得しながら盃を傾ける百沙衛門だった。
◆◇◇◆
翌日、まだ夜が白み始めるころ、二人の侍は旅籠を出る。
「朝早くから悪いね女将さん」
「いえいえ、今日は時間がずれると本陣から沢山の人が出て来ますからね」
「だな。面倒だ」
「ではお気をつけて」
馬を引いて大津宿を過ぎたところで乗る。
すぐにこんもりした山の間に入っていく。
「ここいらに平安のころに関所があったいうことやけど、いま跡形もないなぁ」
「関所?」
「いややわ、逢坂の関やん。
蝉丸いうお坊さんの絵の札であるやろ。
これやこの~ではじまるやつ」
「ああ!聞いたことあるが、俺はかるたで遊んだことは無いからなぁ」
「そうなん?今度実家から持ってくるわな」
「そのような雅な遊びは面白そうには思えぬ」
「なんでも物は試しや。食わず嫌いは損やで
鮒ずしも最後は旨いって言うてはったやろ」
「む…旨いと感じたのは最後の一切れだったがな」
「ははは」
昔は関所だったという何でもない街道を行く。
多少人通りがあるのは、盆だからかもしれない。
みぃーん みぃーん…
「蝉丸じゃなくて、蝉は鳴き出したな」
「ほんま煩いわ」
追分の茶屋にたどり着き、山科に向かう方の道を選ぶ。
「伏見に着いたら舟に乗るか?」
「安いから夜の舟しか乗ったことはないが?」
「昼もあると聞いているぞ」
「でもなぁ、舟なぁ」
「なんだ?いやなのか」
「あの舟でえびす屋のおりょんさん拾ったのだ」
「そうだったな、ではこのまま馬でいくか」
「そうしよう。川よりは少々暑いが舟も馬も速さは変わらぬ」
「そうだな」
いつも我が強いと言う瑠璃の少し細い所も見えて、悪いと思いながらもほっとする百沙衛門だ。
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