七拾肆【朝ぼらけ】
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ゴホゴホゴホゴホ
「瑠璃、おい瑠璃」
「寒い……ゴホ…シマオはおらへんのかな……百様の所かな今日は……」
「おい瑠璃!」
「シマオがおらんと…寒いなぁ」
眠りながら譫言が出てる。
あのトラ猫は、いつも瑠璃の布団に潜っていたのか。
「さむい…」
寒いと言ってる娘の頭に絞った手拭いを置くのをやめようと、手を伸ばして、額を触る。
熱すぎる。
隣の部屋から布団を持ってこようかと思ったけれど、布団が重くなるのも可哀そうと思い悩む。
ヒューガタガタガタ
雨戸が激しく揺さぶられている。
「さむい…」
「しょうがないな」
風呂上がりの浴衣のまま、瑠璃の上掛けをめくって隣に潜る。
ゴホゴホゴホ
ゼロゼロゼロゼロ
外の風も酷いが、腕の中の娘の胸の中でも嵐が暴れているようだ。
「瑠璃、瑠璃」
確か、弟の東次郎が哮喘の癪で眠れなかった時に、上体を起こした方が咳が緩やかになったのを思い出す。
一度布団から出た百沙衛門は、押し入れから二枚ほどの座布団を出して、瑠璃が寝ている敷布団を少し持ち上げて、肩から頭にかけてずらしながら差し入れる。
そして、箱枕も寝苦しそうなので、再び瑠璃の横に潜ると、自分の左腕を瑠璃の枕とそっと入れ替える。
ゼロゼロゼロゼロ
「瑠璃…」
熱い体をそっと抱きしめて、右手で背中をゆっくりさする。
こんな事で哮喘の癪が治まるとも思えないが、まじないみたいなものだと長い髪を梳くように、寝巻越しの熱くて小さな背中をさすり続けるのだった。
野分の嵐が通り過ぎるころ、瑠璃の中の嵐も治まっていた。
百沙衛門には捕り物の現場より恐ろしい夜だった。
◆◇◇◆
すうぅすうぅ
穏やかな寝息を衝立越しに聞きながら、数日前の瑠璃を思い出していた。
今の瑠璃の髪もあの時のように解けている。
普段事あるごとに、
「うちは強いんよ」
と言ってた女子が熱を出して、その上哮喘の癪まで起こして苦しんでいたなどと、あの夜苦しんでいたのは瑠璃だというのに、百沙衛門自身でさえ参ってしまいそうだった。
スイーチョ
虫の声が庭の方からかすかに聞こえる。
まだ、追いかけている捕り物は終わっていないが、おおかた捕まって、幾分落ち着いてきたと思う。
もう、後は俺達に任せてしまって、大坂に戻ったらゆっくりしないかと言ってみようと思う。
無茶をする女子をどうしても心配してしまう。
翌朝、まだ空が白んでいるうちに起きる。
今日も馬で駆けるために。
自分の所の布団と蚊帳をあげて、そっと衝立越しの瑠璃を見ると、ぼぅっとした風に座っていた。
眠そうに目を擦っている垂髪の姫だ。
「起きたか?」
「へえ」
「よく眠れたか?」
「へえ」
「まだ眠たそうだな」
「へえ…うーん」
両腕をあげて伸びている。
シマオみたいだ。
トラ猫はいつの間にか瑠璃の布団に潜り込んでいたようで、シマオも、ぐいぃと伸びをしてからのっそりと瑠璃の膝に乗ろうとしていた。
「シマオ、うちもう起きるから、あかんよ」
にゃーん
「シマオのご飯も探してくるさかい」
そう言いながら裸足のまま縁側に出てペタペタと厠の方に歩いて行った。
「失礼します」
「うむ」
静かに襖が開く。
「お早うございます、藤岡様」
女将が入ってきた。
「瑠璃殿は今、厠に行っているから戻ってきたら支度を手伝ってやって欲しい」
「勿論でございます」
女将は水の入った桶を重ねて持ってきて、縁側に置いたので、その一つで口を濯いで縁側に吐き出し、顔を洗うと横から手拭いを渡される。
「馬はもうこちらに手配しておりますので、問屋場に行かずとも出立いただけます」
「誠か、忝い」
「いえいえ、当然ですよ」
瑠璃は再び元服前の侍の格好でひらりと馬に乗る。
にゃーん
「シマオ、うちの方に来るんか?」
にゃーん
「世話になった」
「またこっち通るときは寄せてもらいます」
「はい、道中お気をつけて」
「ほな」
侍二人を乗せた馬は辰を過ぎて巳の刻に入るころに大井川に着く。
「野分の影響が出ずにすぐに渡れると良いな」
「そうだな。増水していたら下手すればここでまた泊まらねばならぬ」
馬が歩き出した時から瑠璃は侍のような受け答えだった。
島田宿の街並みの突き当りに大井川が横たわっているのが見える。
宿の前で丁度出立する人がいるのを見ると、今日は川を渡れそうだ。
二人で川会所にたどり着く。
「お二人は馬で渡られますか」
「うむ」
「いつもそうしてるよ」
「では、川札料を」
「うむ」
一度馬を降りて、百沙衛門はやってきた人足と交渉している。
瑠璃はその横で草鞋や脚絆、足袋などを脱いで風呂敷に入れ、振り分けに詰めている。
そして、何やら袴の裾から紐を引っ張り出すと、提灯のように絞れていく。紐を膝の上の腿の方で両足とも縛って、真っ白な膝から下を丸出しにしてしまう。
周りは何とも思ってないようだが、瑠璃が女だとわかっている百沙衛門だけがなぜか眩しくて視線を逸らす。
「これで良し!」
「なにが!」
「馬に乗っても、足がちょっと濡れるからな。こうしておけば、後が楽なのだ」
「俺のお古の袴にいつの間にそんな仕込みをしたんだい?」
「…昨日。まあ、馬で川を越える時はいつもこれだよ」
「…連台手配できるぞ」
「これで良い」
侍姿とは言え、公家の姫が足を出して…。
「前に連台や肩車のときに、女ってばれて」コソッ
「軽いからな」
「…まあ、男はんよりはね」
「では、行きますよ」
「いいですか?お侍さんたち」
四人の人足が近寄って声をかけてきた。
「うむ」
「たのむ」
大井川には橋がないので、人足の肩車や御輿のような連台などで渡してもらわなければいけない。
馬で渡るには馬一頭あたり二人の人足が左右から手綱を取って、川の中の様子を見ながら渡すのである。
深い所では、馬の腹が水に浸かると、旅人も尻迄濡れることがある。
野分の名残かいつもより水が濁って水嵩が多いので、今日の渡河は高額だ。もう一日様子見の旅人もいるのか、すんなり人足がつかまったのは急いでいる二人には幸いであった。
ざばっざばっ ざばざば
「どうどう、頑張って!渡り切ったら休憩するからな」
瑠璃が励ますように首筋を撫でられながら馬が川を渡る。
懐をぽんと軽く叩く。
「これ、シマオもじっとして。溺れるよ」
ざばざばざばざば
ざばーっ
「よし、ごくろうだったな」
「お侍様、直ぐ馬から離れてください」
「ああ」
手綱を人足に任せて離れる。
「うわぁ!
おまえ…」
百沙衛門の叫び声がする。
「百沙衛門殿は避け損ねたか」
水から上がった馬の身震いを避け損なったようだ。
瑠璃の方の人足は声をかけてくれたというのに。
「我ながら…みっともないことだ」
「しかも、拙者と違って足袋や脚絆だけではなく、袴も半分濡れておる」
自分の段取りの方が良いだろとにやりと笑う瑠璃。
「うっ…たしかに、だが夏のことであるし直ぐに乾くだろう」
「そのままだと生臭くなるぞ」
「……そうだな」
風呂敷から草履を出し、濡れた草鞋や脚絆旅などを脱いで仕舞って裸足のまま足を通す。袴はそのままだ。
「夏でよかったな」
「まあな」
大井川より西側の金谷宿で濡れた馬を替えて、再び進み始める。
瑠璃は仕舞ってた濡れていない足袋や脚絆、草鞋を再び身に着け、百沙衛門は裸足に草履という対照的な二人である。
「さて、宮宿を目指すか」
「ああ」
「はっ」
「はあっ」
二人の侍を乗せた馬が走り始める。
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