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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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七拾【南町奉行】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

「暑いな」

「風が強くなってきたのに蒸すぜ」


 奉行所を出た百沙衛門と高米はそのまま角の饅頭茶屋を目指す。

 そこからなら、だて屋も見えるのだが…。


「すまん、饅頭を五つ包んでくれないか?」

「へい」

 飯変わりとは言え饅頭ばかりだなと苦笑いしながら、湯気が出てない方の冷えた饅頭を笹の皮に包んだものを受け取る。


「高米殿と松助はこのまま、この辺りを見ててくれ」

「うむ」

「わかった、って、百あれ」


 松助の示すあごの先で、男が一人だて屋に入っていく。

 先ほど橋で見たほっかむりの男だ。今はほっかむりはしていないし、刀も差してはいない町人風だが、呉服屋に一人で入るような客には不釣り合いだと感じるほどに、物腰が武士だ。


 その話し声が聞こえそうなところまで、高米と松助が歩いていく。

 だて屋の隣は南部鉄器などを置く金物屋だった。


 百沙衛門は、茶屋を離れ長屋に向かう。

 自身番では、お米婆が、売り物の落とし紙や半紙などを軒先から引っ込めていた。


「もう店仕舞いか?」

「親百様。

 野分が来そうだからね、明日も店の方は開けないかもしれないよ」

「この重たい暑い風はそうなのか?」

「そうさ」

「お米婆、手拭いを沢山売ってくれないか?」

「わかった、ちょっと待っとくれ……これどうだい?」

 手拭いのような白い布の束を出して来た。

 結構な枚数を、荒縄で簡単に縛っている。

「これはおしめ用に切った晒か?」

「おしめに縫う前のもんだが、一度以上は洗いざらしているから水を拭くのにはいいのさ。それに、安いしね」

 産婆でもあるお米婆ならではの品だ。普通赤ん坊のおしめは、使い古した手拭いを縫って作ったりするのだが、数々の赤ん坊を取り上げるお米婆には、手拭いでは間に合わぬこともあるのだろう。


「なるほどそれの方が良いな、その束は何枚あるんだ?」

「これは一反分あって三十枚あるのさ」

「それ全部おくれ。お金はこれ」

 と一朱銀を渡す。

「あいよ。お釣りはちょっと待っておくれよ……」

「釣りはいつでもいいよ、預かっといてくれ」

「そうかい?分ったよ」


 濡れて帰ってくるかもしれない、瑠璃のためにと、切れた晒の束を受け取って、長屋に持って行く。


 ガラリ


「お染はまだ居るのか?」

「はいはい、まあ、百沙衛門様この晒は?」

「お米婆から買ってきた。野分が来るらしいから。おしめ用らしいがな」

「これは助かりますねぇ。

 ありがとうございます」

「後は水を汲んでおこう」

「そのぐらいできますよ」

「いや、雨が降り出す前にしておいた方が良いだろう。襷をくれ」


「はいはい」

 共同の井戸を幾度か行き来して、竈の横の水がめを満たしておく。


 そうして、部屋の奥に上がり、半開きになってる雨戸から、えびす屋の様子を裏からうかがう。


 がさがさ、ばさばさ。


 百沙衛門が子供の時から江戸を離れるまでは、人気の少なかったはずのえびす屋では確かに物音がしている。

 もう、牢人たちが集まり始めているのだろうか。

 瑠璃が床下にも部屋があるのでは、と言っていた。


「雨戸も雨が激しくなるまではこのまま半開きにしておいてくれ」

「わかりました」


「俺は、南町奉行を訪ねて来るから。

 お染も、帰った方が良いぞ」

「はい、行ってらっしゃいませ。私はこのまま瑠璃姫様を待ちますよ」

「そうか……頼んだ。雨戸を閉めた方で寝ろよ」

「はいはい」


 江戸に来ても、藤岡の屋敷ではなくお染のいる場所が拠点の百沙衛門だった。

 


 えびす屋の前の路地を歩きながら、蚊が何匹も舞っている天水桶の中を確認していく。

 蚊が湧いてるということは空ではないだろうが、少なすぎては意味がない。


「最近足したぜ」

 松助が京橋側から歩いてきた。

「そうか、用心に越したことはないからな。

 俺は南に行ってくるから頼んだよ」

「わかってる…男が二人入っていったな」

「ああ」



 百沙衛門はそのまま京橋を抜けて銀座に入り、桜田門へ向かう道の中ほどで折れて、南町奉行所を訪ねた。


 芝居茶屋や町人の町の賑わいが次第に薄れ、武家屋敷も増え、行きかう者の様子も変わっていく。


 ◆◇◇◆


「これは藤岡の百沙衛門殿久しいな五年ぶりか」

 河口からも先ぶれが来ていたのか、すぐに表の座敷に通された百沙衛門。


「菊澤殿、ご挨拶が遅れまして」

「よいよい、遊ぶために江戸に来たわけではないのだからな」


 藤岡家が大坂行きになる一年ほど前から南町奉行をしているのは菊澤琢磨。五千石の旗本である。


「江戸からの荷物がきたら、だて屋に行くのか?」

「はい、その時によって裏のえびす屋かもしれませぬが」

「あい分かった。

 丁度我ら南町の当番は本日で終わりだが、大きな災厄となると休んではおれぬからな」

「はい」


「野分も本当に来そうだしな」


「そうですね」


「深川のあたりにも、奥羽訛りの牢人を見かけるらしい」

「なるほど、ありがとうございます」


 老中からも通達が来ているとはいえ、格の低い北町の河口からは頼みにくいらしいので、百沙衛門から南町奉行にもその時が来たら捕り物に出られるようにと言いに来たのである。


 百沙衛門としては、瑠璃を無事に迎えるためにも、なりふりを構っていられなかったのであるが。


 確かに、今日で当番終わりの南町奉行所では、野分にも備えているのか、たすき掛けをして鉢巻までしている同心たちが十人以上は門の近くにいる。

 提灯を準備するもの、中のろうそくを付け替えているもの、


「おや、百沙衛門殿じゃないか」

「帰ってきたのかい?」

「久しぶりですね皆さん」

「また、道場に来てください」

「まだしばらくは行く暇がなくて」

「そうか、来られても勝てないですけどね」

「強い百沙衛門殿の剣捌きを見たらやる気になるからなぁ」

「とりあえず、また後でここにきますんで」

「待ってますよ」


 久しぶりの顔との会話もそこそこに、長屋に戻ってきた百沙衛門。


 風が強くなっている。


 夜の雲が激しく動く空を見ながら、まんじりともせず、雨戸の空いている方の部屋にいた。

 懐には少し震えているシマオ。その背をゆるゆると叩いてやる。


 お染は自分で言った通り呉服屋には帰らず、隣の柿の木のある方の家で眠っている。玄関は空き家に見えるように、締めて閂をつけてあるので、出口はこちらの玄関となるわけだ。

 大店の大女将だというのに、お染も瑠璃のように度胸のある女だ。ああ見えて、若いころは店先に立ち、様々な客を相手に反物を売り、多くの丁稚や手代、女中などを雇って田舎からやってくるその者たちの住まいを手配して、読み書きや立ち居振る舞いを指導したのだという。


 商人も大きくなるほどに、役割が増えるのだ。


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