7【朝稽古】
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「いやあ」
「えい」
バシッバシッ
だだだだ
ドスッ
大名がいなくて空家になっている大坂城の一角に道場がある。
そこでは、大坂奉行の与力や同心、または剣術を鍛えるべく堺のあたりから馬でやってきた侍などが早朝から集まっていた。
その中に一人の少年が布竹刀をふるっている。白い道着に紺の袴。総髪をきりりと後ろで縛って垂らし、板張りの空間を走り回っている。
相手は与力の藤岡百沙衛門。
同じく白い道着に紺の袴。右片肌脱ぎで取り組んでいる。
「百沙衛門殿があの格好の時は本気らしいな」
「ああ、我々ではいつも歯が立たぬが、あの小僧はすばしっこいでござる」
「何か賭けをしているとか」
「われらも賭ければよかった」
「何を?」
「百沙衛門殿が勝つ方に一両とか・・・」
「では、拙者は兄上が負ける方に一両を」
「藤岡東次郎殿は百沙衛門殿の弟ですのに、兄君が負けると言うのですか」
「そうですよ、同世代では負けなし、江戸では〈毘沙門天の虎〉と言われていたじゃないですか」
本人に聞こえたら嫌がる二つ名をと思いながら
「兄上も強いのですが、あの子はもう一段上に武の才に秀でておりますからな。拙者なら初めから挑んだりしませぬ。
あんなに小さい子に必死になるのは、こんな皆の前では恥ずかしいですしな」
ドン
「やあっ」
バシッ
甲高い声の気合と共に布竹刀が百沙衛門の晒に捲かれた胴に当たっていく。
「一本!羽森殿」
「ほら、一両」
手を出す東次郎に話していた侍が言う
「むう、しょうがない、先日お主は子供が生まれたんじゃろう?」
「はい、それは玉のような子ですよ」
「祝いがてらに渡すから、あとでな」
「かたじけない」
竹筒から水を飲んでいる勝者に、兄が話しかけているのを見ながら、
「はやく、くっつけばいいのに」
「あ、東次郎殿も来られていたのか」
「瑠璃ち、いや羽森殿。相変わらず兄上との体格差を物ともしない剣豪っぷりで」
「たまには、稽古をしないと腕が鈍りますから」
「とにかく、ありがとう!」
「なにが?」
キョトンとする小さな剣士に顔を近付ける。
「あいつと賭けて、お前が勝てる方にしたから、一両手に入るんだ」
「そりゃ良かった。その一両はちゃんと吾子に置いとくんだよ」
「もちろん。瑠璃ちゃんにもお礼をしたいな」
「いらぬよ」
「ええー!相変わらず浪速津の海水のように冷たい!」
「お前ら何をこそこそ話しているんだ」
百沙衛門が右袖を通しながら近寄ってくる。
「「べつに」」
東次郎は結婚はしているが、同じ年の瑠璃と対等に会話できるのを楽しんでいる。
本当は、公家の瑠璃の方が上なのだが、それは改まった時があればの事。
ちなみにこの兄弟以外は瑠璃が女だとは知らないことになっている。
「実は私も百沙衛門殿と賭けをしていたのだ」
武士のけいこ場なので、瑠璃の言葉遣いもそれ風だ。
「なにを?」
「私が見に行く菫之丞の舞台を、お染と行くか百沙衛門殿と行くかで」
「ああ、なるほど!」
「はあぁ」
「百沙衛門殿にも世話にはなっているが、お染にも世話になっているからな。ここはひとつ、叶わぬ母孝行だと思ってね」
「瑠璃殿も母上を亡くされていたのだったな」
「藤岡兄弟もそうだな」
「そうだ。江戸のはやり病でな」
「というわけで、お染さん、今からうちと付き合って」
稽古終わりのその足で、藤岡長男の屋敷を訪れた瑠璃は、その屋敷の老女中を口説く。
道場のある大坂城から武家屋敷はやはり近い。
「まあまあ瑠璃様。市山菫之丞の踊りを観に行くなら、その道着のままじゃ笑われますよ」
「そうやな。かえって目立ってしまうかな」
「じゃあ、こっちへ!いい着物があるのよ~」
百沙衛門を力強く打ち負かした瑠璃も、年季の入ったお染の勢いには抗えない。
気が付けば、瑠璃が嫌うからと鬢付け油を使わずにふわりと控えめな勝山に結い上げられて、青みがかった紫色の京鹿の子の縮緬と、紫色のトンボ玉の簪を差して、こちらも青みがかった紫色に、裾や胸元に、白から濃い紅色迄のいくつもの桃の花や大きな牡丹を手描きの友禅で染め抜かれた艶やかな元禄袖を着せられた。帯は金色。
「派手やな」
「若い娘なんてこんなものでしょ?」
「まあ、そうやけど」
「じゃあ、私も着替えますから、待ってくださいね」
「はい!」
お染が余所行きの着物に着替えて二人で表の門の前に回ると、駕籠が二つ止められていた。
「あらまあ、これは?」
お染が駕籠かきに聞くと、
「へい、こちらの旦那に言われて来たんすよ」
「道頓堀でっしゃろ」「乗った乗った」
駕籠かきは四人もいる。
「じゃあ乗りましょか」
「そうですね」
大坂城近くの屋敷から道頓堀迄までは一里ほど。元気に動いてはいるが、年老いたお染の足では確かに遠かろう。瑠璃は勢いで誘っただけの自分を少し恥じながら籠にぶら下がる紐につかまる。
「お嬢さん、着きましたよ」
「おおきに」
いつもは歩いてくるところを駕籠でなんて贅沢などと思いながら、駕籠かきがそろえてくれた草履をはいて立ち上がると、そこには置いてけぼりを食らわせたはずの百沙衛門が立っている。
しかも、いつもの同心の格好ではなくて。羽織袴に刀を二本差した姿だった。
「お染これ」
と言って、見覚えのある木戸札を二枚彼女に渡す。
「旦那様ありがとうございます」
「え?なんで?」
見ると、お染は少し貫禄のあるご婦人と一緒に歩いている。彼女が友人の呉服屋の大女将だ。今も瑠璃が着ている着物を売った。
「じゃあ、行こうか」
嬉しそうに瑠璃の肩を抱いて、芝居小屋に入ろうとする。
「木戸札かして」
「ちょ、その恰好では、ここら辺の顔馴染みにばれるえ。与力やて」
たしかに、いつもと雰囲気はかなり違っているが。
「馬で追いかけてきたから、袴になってしまったんだ」
「うまぁ?」
「そこの番屋に預けてある。その時、私は東次郎だって言ってある」
「え?東次郎はんが、女と二人で歩いてたらダメやろ」
「ま、何とかなるよ。それより行こう」
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