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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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六拾八【脇本陣】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

「先にお風呂になされませ。用意は出来ておりますよ」

 脇本陣に上がると、玄関では足甲を外し、袴の裾を緩めてあげ、桶に張った水で足を洗わせてもらう。

 馬に乗っていたので、一日歩いていた割にはそんなに土にはまみれていない。

 とはいえ洗わずに畳に上がることは流石に無理がある。


 亭主に代わって女将が部屋を案内する。

「そうだな」

「俺は、銭湯でも良いのだが…」

「銭湯は混みますよ。お江戸と違って少々狭いですから」


「百沙衛門殿、先に使って下され」

「は?瑠璃が先に」

「何なら私が湯女をいたしましょうか?」コソッ


「要らぬ」

 何を言うのだこの偽物の侍は。

「はははは」

 大きな口をあけて笑っている。

 先ほどの言葉を意識しているのか。


「ほほほ、本日のご利用はお二人だけですのでね。もう一つの湯殿も用意できますが」

「一つで構わぬよ」

「そうですか」


 どこが廊下でどこが座敷か分からない、敷き詰められた畳を裸足で歩いて行く。


 奥の右手に床の間が見えてきた。

 今日瑠璃が泊まる部屋はこれだろう。

 その座敷に前を歩いていた瑠璃がヒョイと入って立ち止まる。


「私は少し、荷物の整理があるので、百沙衛門殿が先に湯殿へ」


「そうか…悪いな」


「では、藤岡様こちらへ」


 すぐに濡れ縁が見えるがその手前で曲がるように言われる。

「こちらが湯殿でございます。こちらの風呂は鉄砲風呂になっておりまして。

 風呂上がりの浴衣をここに置きますね」

「わかった」

「介助はいりますか?湯女でも三助でも呼べますが」

「要らぬよ」


「分かりました。ごゆるりとどうぞ」


 湯殿の窓から、下男らしきものが声をかけてきた。

「こちらで炊いてますんで。温かったり熱かったりしたら言ってくださいよ」

「あ、ああ。ちょっと聞きたいんだが、風呂炊きはお主だけしかおらぬのか?」

「女中もしますよ」

「私の後ではその女中と入れ替わってくれ。客がそうしてくれと言ったといえば交代できるだろう?」

「もちろんでさ」


 許嫁が覗かれてはかなわぬと、思わず頼む百沙衛門だった。


 風呂から出ると、座敷には瑠璃の荷物が置いてはいたが、肝心の瑠璃がいなかった。


 にゃあ


 床脇には瑠璃の風呂敷の荷物が置いてあって、その上にちゃっかりシマオが座っている。

 凝った造りの棚に眠る猫が日光の権現様の守り猫のようだ。

 もっともこちらはトラ猫だが。


「瑠璃?」

 探すように呼びかけると、女将が入ってきた。

「瑠璃様は縁側で髪を洗ってらっしゃいますのでね、こちらでごゆるりしてお待ちください。今お膳を持ってきますね」


 と、廊下を挟んで向かい側の座敷に座るように勧められた。


 来た時は色々広げられていた襖が今は閉められて区切られていた。


 本陣どころか脇本陣なぞを利用するのは、正直初めてだった。

 父が大坂入りするときは、旗本だから他の徒士や女中もいたので藤岡家では本陣の方を使ったのだ。その時は東次郎が結婚したばかりの嫁もいたので本陣の部屋を使っていたが、百沙衛門は近くの旅籠に父の部下の同心一人と一緒に泊まったのだった。


「お酒をお持ちしましょうか?」

 今度は亭主の方が聞いてきた。


「いや、羽森殿に聞いてからにいたす」

「わかりました…」

「亭主と女将はあの方のことを知っているのか?」

「はい、羽森様、いや瑠璃姫様はこの脇本陣にお越しいただいたのはこれで四度目ですね」


「そう言ってたな」

「始めてこられた時は背もこの位で」

 と座ったまま顎のあたりを手で締めす。

「まだ幼く本当に可愛い公家の姫だったのですが、いつしか、男子の姿で入ってこられるようになっては、こちらで旅装を解きお寛ぎになって」

「うむ。女子の旅は連れがおっても危険だからな」

「本来なら深窓のお姫様のところを、何度も東海道を行き来されていて。

 前回はふた月ほど前に上方から江戸に行かれると言って、叔父上殿と来られましてね」

「勘三殿だな」

「ええ」


「確かに、瑠璃姫は公家の姫だが、数日前には普通の旅籠に一人で泊ったらしいぞ」

「まあ、なんと…それはお役目でですか?」

「そんなところだが」


 瑠璃が泊まるところと指定しただけのことはあって、脇本陣の者は瑠璃の役目のことも知っているようだ。


「今回初めて、ご家族じゃない方と来られて、しかもこんな素晴らしい男衆と。

 私どももおやおやと思ったわけですよ」


 脇本陣とは言え、徳川の息がかかった拠点の一つだ。

 老中の下の影でもある瑠璃への配慮もするようだ。



「ふう、良いお湯でした。女将さんおおきに」

「姫にお戻りあそばれてようございました」

「ふふふ」

 湯上りの上気した瑠璃が女将と入ってきた。

 自分と同じ模様の浴衣を着ているはずなのに、何か落ち着かない百沙衛門である。


「では、夕餉を持ってこさせましょう」

「はい」

「おたのもうします」


 亭主が出て行ったが、女将はまだ瑠璃の髪を数枚の手拭いで拭いている。


「瑠璃姫様、藤岡様のお布団はお隣の部屋に敷きますね。同室になされますか?」

「かましまへんよ」

「は?いやいやいや、別室でお願いします」


「ふふふ、分かりました」


「えー、うちは同じでもいいけど。使う部屋が増えるとお掃除の部屋が増えるんですやろ?女将さん。

 夏やさかい蚊帳も二つにしなあかんし」

「そうですねぇ、一緒にしますか?藤岡様」

「お、女将、手間かけるが部屋と蚊帳を分けてくれ」

 思わず焦って言う百沙衛門。


「許嫁やからかまへんのに」

「本当にそう思うのか?」

 じとりと瑠璃を睨む。


「ふふふ。確かにしっかりしたお人ですね。

 瑠璃姫様の旦那様にお会いできるなんて嬉しいわ」

「やあね、女将さん」

 瑠璃は風呂を手伝ってた女将に話してしまった様子。


 女子(おなご)二人に面白がられているのが少々ばつが悪い百沙衛門だった。



「さあさあ、夕餉をお持ちしましたよ」

「どうぞどうぞ、ちょうど駿河の鯛が入って来ましたのでね」

「まあ綺麗!」


 一人の前に二つの漆塗りのお膳が並んでいた。

 上に並んでいる器は、瑠璃の方は内側が朱塗り外側が黒い漆塗り。

 百沙衛門の方の器は外側が朱塗りで内側が黒い漆塗りのもので揃えられていた。


 一の膳には小ぶりだけれど形の良い尾頭付きの鯛の塩焼きが一尾ずつ丸々乗り、麦飯ととろろ汁、沢庵と茄子のぬか漬けが香の物として置かれている。


 そして二の膳には、鯛と海老のお造りが仲良く器に入れられ、煎り酒(調味料)も添えられている。そして里芋の煮物と唐菜の胡麻和えと、彩の良い料理が広がっていたのだ。


 流石大名が利用する宿の夕餉である。

 瑠璃はもちろん藤岡家も利用できる格は持っているのだが……。


「なんだか豪華すぎないか……」

「これは、お二人の前祝いに用意させてもらいました。

 ささやかですけれど」

 と亭主が言うのに、瑠璃が無邪気ににっこり笑う。


 なら、百沙衛門も素直に言うしかない。 

「ありがとうございます」


「では、瑠璃姫様、献酬を」


 小さめの盃を渡してる。

「ええんやろか」


「一献だけでも、よく眠れて疲れも取れますよ」

「そうだな、ぐっすり眠った方が良い。明日からもずっと馬だし。大坂迄遠いからな」

「ほ、ほな」


 ほっそりした形の良い指が杯を慣れぬ様子で持ち上げる。

 これもまた塗りで出来た銚子から女将が瑠璃に酒を注ぐ。


 恐る恐るの一口を含めば目が丸く開き、杯を傾けていく。


「ふう。おいしおすなぁ」

 

「ささ、藤岡様も」

「うむ」


「瑠璃姫様もう一杯行きますか?」

「心惹かれますけど、後でいただきますね。先にこのご馳走を頂いてから」

「そうだな」


 何事にも勢いのある瑠璃の初めての酒が、一杯でとりあえず止まってよかったと思う百沙衛門である。


 この建物に泊まる客が他にはいないからと、一人の女中と亭主と女将の三人がかりで話をしながら世話を焼かれつつ府中宿の馳走に舌鼓を打ち、瑠璃と共に銚子のお酒を飲み干して夕餉の席が終わった。



「大変美味しゅうございました」

「瑠璃姫様はなんでも美味しいと言ってくれて嬉しいですね」

「へえ、うちはまだ苦手な食べ物に出会ったことはないやもしれまへん」

「都の生まれ育ちなのに、納豆が平気だったもんな」

「まあ、それはおめずらしい」


「また、食べとうすな」

「いつでも食えるようになるさ」

 藤岡の屋敷は江戸にもあるのだから。

「そうどすな」



 夕餉を食べた所とは廊下を挟んだ向かいの座敷に移動した。


 確かに部屋を分けてはいるけれど、暑い夏なので、襖が閉まっていない。

 かろうじて枕の横に衝立で仕切ってくれていた。


 二つの離れた布団に、二つの蚊帳。


「百様は外側を使っておくれやす」

 外側の部屋、つまり縁側よりの部屋方が、床の間がついているのだが。

「うん?こっちの方がよいだろう?」

「うちより百様の方が暑がりやと思うんどす。殿方ですし」

「まあ、そうだなあ」

「ほら、よい風がきてますえ」


 月夜に、浴衣の中の身体の線が透けている。


「ふう、うちもお酒のせいでなんだか熱いけどねぇ」


 そう言いながら、開け放たれた縁側に座って団扇を使っている。

 月夜に照らされた首筋が、酒のせいでほんのり赤いのも分かる。


「なら、瑠璃がこちらを使えよ」


「今はええんですけど、明け方寒いと困るなって」

「なるほど」



ぺチン


「どうした?蚊か?」


 足首辺りを掻いている。


「うちもさすがに、蚊にはやられますねぇ」


「ははは、早く蚊帳に入れよ」


「へえ、そうしまひょ」


 立ち上がる瑠璃の肢体が月明かりに透けて、夜だというのに自棄に眩しい。


 明日はまた朝が早いのだからと、手を伸ばしそうになる自分を御して、百沙衛門も蚊帳を潜る。



 間もなく穏やかな寝息が聞こえて、穏やかな気持ちになる。

 それは野分の夜、瑠璃の胸の中にもあった嵐の音がとても怖かったからだ。



 本当に病が治ってよかった。

 瑠璃は元気な娘でなくては。

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