六拾六【見舞い会合】
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朝餉を頂いて、暫くすると客の訪問を告げられる。
「大丈夫か瑠璃姫」
江戸で世話になっている親戚筋の羽盛義直だった。
瑠璃にはお役目があると分かっていても気にかけてくれる。
が、羽盛の息子たちはまだ幼くて、それだけでも嫁のお銀は大変なので、今回百沙衛門の方の世話になっていたのが正直助かってはいた。
「義直叔父様、ご心配おかけしました」
それでも心配そうな顔に頭を下げる。
「うむ。まだ少し顔色が悪いな。
捕り物のあと倒れたと聞いて、お銀も心配しておった。
今朝もこちらに来ると言ってたのだが、ご公務の話もあるからと言って置いてきたのだ」
「ご公務の?」
「後に他も来られるだろう」
「他も?」
「わしは、先ぶれとしてきたようなものだ。この後安部様と河口殿が来られるのでな」
「へ?老中様と北町のお奉行様が?」
「うむ、この藤岡の家のものに伝えたら、徒士たちがバタバタしておった」
「此処の殿様はまだ大坂ですのに」
「……瑠璃と話したいそうだ」
「うちと?」
「この部屋は、特別にわしも入れてもらったが、藤岡家の奥の部屋だからな。
ゆっくりで良いから、表の座敷に連れてきてもらいなさい」
「へえ、分りました」
義直が部屋から出て行って、入れ替わりに珠緒が入ってきた。
「姫様」
「珠緒さん、手鏡を貸してくれますか?」
「はいただいま」
瑠璃が頼むと予想していたのだろう、珠緒は袂からすっと漆塗りの手鏡を出して来た。
「百様、うちの筥迫も持ってきてくれたんやな」
床上げしたときに枕元にあったのを拾って懐に入れていた。
「はい、なんでもお染さんという大坂から付いてきてくれた若様の女中が、瑠璃さんを塗り籠に乗せる時に持たせてと言われたと」
「出来たお人や」
その筥迫から紅板を出して、小指に紅をつけて鏡を見ながら塗る。
確かに少し顔色がいつもより白い。もともと色白の方ではあったが今日はことさら白っぽい。
ついでに珠緒からは物騒な苦無が見えないように、筆記用の小さな筆と小さな墨壺も出して眼のふちをキリリとなぞる。
「まあ姫様、便利なお道具を持ってらっしゃるんですね」
「うちは、ウロウロするさかい、特別に作ってもらったんどす。この筆の蓋を後ろに付けると長うなって使いやすくなるんよ。書き物の時とかね。
この筥迫も内側に油紙が仕込んであるさかい、雨でも濡れにくいんどす」
「素晴らしいですね」
「おおきに」
化粧が終わると、珠緒が櫛で髪も整えてくれた。
「では、案内おたのもうします」
「ゆっくり立ってくださいましね」
「へえ」
◆◇◇◆
「失礼いたします。瑠璃でございます」
「お入りください」
と言いながら内側から障子が開く。
ちょっと前まで、屋根に飛び乗ってたぐらいなのに、今は屋敷の中を動くだけで足元が少し不安定だとわかる。普段の様子を知らぬ珠緒に築かれない程度ではあるが。
比叡山で鍛え直さなあかんかもしれへんな。
身体の不調が心までも苛む。
ぐるりと濡れ縁を歩いて連れて来られたのは、おそらく先ほど瑠璃がいた部屋の裏側に当たる座敷だった。
こちらの方が表だと言ってたか。
座敷の皆に誘導されて、奥の方に座る。
百沙衛門の父の屋敷ではあるが、赤富士の掛け軸が掛けられた床の間の前に座っているのは老中の安部唯規。そしてその隣の書院の前に瑠璃が座らされる。
老中の向かいに、北町奉行の河口宗和、その隣が羽盛義直、そして瑠璃の前、廊下側に百沙衛門が座っている。
お屋敷の若が一番下座。
この顔ぶれやったらそうなるわね。
皆が座る真ん中に一枚の紙。
これは、大坂で見つけた血判書をもとに同じ配置で人の名を書き出したもの。
真ん中に一つの文言。
〈我らが殿
大老 坂伊保志 の
無念を晴らすため
固く結束する者也〉
と四行で力強く書き、その真下の上を向いている名前が、瑠璃が江戸のえびす屋から逃げるところを膝に苦無を当て、その結果捕まった坂伊利直の名前。
そこから左回りに文言を取り囲むように、江戸城でこれまた苦無で膝を傷つけた低井兼靖。
大坂のえびす屋の婿養子に入って呉服屋の身代を乗っ取り、武器弾薬を買い集め、阿芙蓉迄取り寄せで遊女にまわしたり、浪速の蔵にため込んでいた低井兼近。
その低井兼近の用心棒としてそばにいた大小曽川為則、同じく用心棒として近くに控えさらにあろうことか呉服屋に火をつけた福山下義充。この二人はそう言う者だとは知らずに、大坂城の道場で布竹刀で対峙した瑠璃。
そして、奥羽から人足のふりをしていた弥市も福山下と言われていた。
そう呼んでいたのは、奥羽から牢人の仕事だと一緒に花火を運んでいた八木橋左近。
さらに、江戸の日本橋の呉服屋だて屋で百沙衛門様に求めた裃袴用の布二反を売った番頭、これが上野澤九朗というらしい。
「ひいふうみい……半分は瑠璃の苦無で捕まったやつだな」
百沙衛門のつぶやきに皆が頷いている。
「この、岩走申太いうのは?」
長屋の裏で、地下で坂伊利直と話してた人物。顔は分からない。
老中の安部が苦いものでも口に含んだような顔で言う。
「それを取り逃がしているのだ」
「もしや、大坂に向かっているかもしれぬな」
河口が言う。
「その根拠は?」
老中が聞くのに、
「坂伊利直は、大坂のえびす屋が検めを受ける前に、大坂を出て江戸に向かったのだ。
それはたまたま、その頃合いで江戸のえびす屋やだて屋の様子を見に来たらしくて。
しかし途中から手配書が廻ってると知って、慌ててやってきたらしい。
だからあちらの店がお上に抑えられているとは詳しくは知らなかったらしい」
「確かに、手代は縛られて部屋に閉じ込められていたが、番頭は居なかったのです」
百沙衛門が言う。
「へえ。姿が見えへんって思うとりましてん。もしやあそこにまだあの危ないもんが残ってると思ってるんでっしゃろか、それとも婿養子の旦那がまだいると思っているとか」
「うむ、江戸で広めたのは、坂伊利直の人相書きだけで、大坂のえびす屋が押さえられたとは知らぬやもしれぬ」
「……百様。直ぐに大坂に帰りまひょ」
「え?瑠璃?体調は?」
「そんなもんもう治りましたえ」
「いやいやいや、昨日一日眠ってたじゃないか」
「おかげさんで元気どす。それどころじゃないし」
「なら今回はひとつ、俺と一緒に帰ること」
「お染はんは?」
「後からでもいい、お染次第だ」
「なら、じきに我ら町奉行の与力の隠居達の伊勢参りが出発するから、その女中に入れればいいだろう、女中には大奥上がりの女もいるし、お染という女も若い時大奥で奉公をしていた者だろう?」
「はい」
「では、そちらは心配するな。伊勢行きの途中で大坂に向かうものをつけよう」
「助かります。費用は用意いたしますので」
「費用は、わしから用立てする」
老中の心強い言葉に皆で頷く。
百沙衛門の女中とは言え日頃世話になってる町人の女を、ぞんざいにしない皆に嬉しく思う瑠璃だ。
「それに、勘三殿には昨日もう大坂に向かってもらっておるのだ」
「まあ」
「百沙衛門の父に大坂のえびす屋の扱いについて指示を出したのでそれを飛脚代わりにな。その時に岩走申太の人相書きを関所に置きながらじゃ」
「なるほど。
なら、もし岩走が関所を通り抜けられたとしても、勘三殿の方が先に大阪西奉行にたどり着けますな」
「ああ、勘三は馬を使えるが、逃亡中の者が金子を持っていたとしても、木賃宿を使いながら自分の足で行くしかない」
「さて、そうと決まれば、二人は急ぎ大坂行きの支度だな。
滞在する本陣なども先に手配しておいてやろう」
老中が権柄をもって、その場で話を決めた。
「だが道中は瑠璃姫自身の体調を見ながらですぞ」
「へえ、おおきに。うちは大丈夫ですえ」
「うむ。我が家にある瑠璃の荷物も此方に持って来よう」
羽盛も立ち上がる。
「百様、うち、柿の木の長屋が気になります」
「そうだな。
ただ瑠璃があそこに匿った農夫二人と、だて屋の女中は今北町奉行所にいる」
「は?あの三人は何の咎もないと思いますえ」
「だが知らなかったとはいえ、だて屋には武器が隠されており、農夫二人は江戸に花火を運んで来たのだ」
「……そんな」
「ある程度話を聞いたら開放する故、瑠璃姫が心配することはありませんよ。それに奉行所内とは言え今は控えの間に居る」
河口がそう言ってくれるが…解放されたところで町人はその後の生活が無事にならないのが常。金子が無ければなおのこと。
「まあ、公家の姫があの三人にそのように心を砕いたと知るだけでも、嬉しい事じゃろうて」
「安部の殿様……」
「まあ、解放出来たら、金子を用立てして、お染に任せよう、女中は呉服屋にいたのだしな」
「へえ」
「何なら、伊勢講で一緒に大坂に向かってもよい。実家がないなら」
「確か、お富さんは沢山いる兄弟姉妹の口減らしに奉公に出された言うてました」
「農夫は、片方は奥羽に妻子がいて、もう一人が独身だ」
「妻子持ちは帰して、もう一人は選ばせよう。奥羽に帰るか、江戸に残るか、伊勢講について一緒に大坂に行くか」
「そうですね、お染の道行に人が増えるのもよいかもしれません」
「うむ……。
では、そのように勧めよう。よいな」
「「「「はっ」」」」
百沙衛門の屋敷での会合が終わった。
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