六拾肆【内にも嵐】
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憚りから帰った二人は、閂がかかったままの方の家に横から入り、用意した湯で清め、着がえた。
「よかった、うちの着物の丈が合って」
「瑠璃さんの方が、ずぶ濡れなんですから早く」
「うちは大丈夫や」
と言いながら浴衣に着替える。
強がりを言っているが、先ほどから酷い悪寒がしている。
「夏やのに寒いなぁ」
つい口をついて出た言葉に、お富が瑠璃の額に触れる。
「え?ちょっと、瑠璃さんやだ、すごい熱。ちょっと待ってね。」
押し入れに仕舞ってくれていた布団を、出して敷くのはお富。
「瑠璃さん、横になって!もしかしてずっと無茶しているんじゃないの?」
「大丈夫。
こう見えてうち強いんやで」
もはや言葉遣いを気にする余裕がなくなっている。
「とにかくお布団に座って、掛け布団を肩から掛けて」
「おおきに」
「お染さん呼んでくるわね。
お染さぁん」
パタパタと動く。
お富も働き者なのだろう。
「ふう」
総髪の髻を外そうとして、紙縒りの結び目が堅くて外せないことに難儀する。
しょうがないなぁ。
枕元に置いた筥迫から苦無を取り出して、先を引っ掛けてちぎり切る。
「瑠璃さんそれ何ですの?小刀?」
「まあそんなとこや」
「お富さーんこれ」
隣の家からのお染の声がやけに籠って聞こえる。
「はーい」
「瑠璃さん、お染さんが葛湯を作ってくれたわ。
熱いからゆっくり飲んで」
「おおきに」
ふうふう……
あ、生姜が効いていておいしい。あったまる。
そんな瑠璃のばらけた髪を手拭いで拭きながら、お富が話しかけてくる。
「瑠璃さんは上方の人なの?」
「へえ、生まれは京でね」
「まあ。一度行ってみたいわぁ」
「遠おますよ」
「そうね」
「今は浪速に住んでいるやで……あ、でも長屋を引き払ったんやった」
「で、ここに住んでいるの?」
「ここは……もうすぐしたらここも出て帰るんだけどね」
「住んでいたところを引き払ってどこに帰るの?京の都?」
「ふふふ……内緒」
「あら、良い所なの?」
「せやねん」
笑おうとしたけど、頭がずきずきと痛くなってきた。
「まあ、羨ましい。
あたしなんて、勤めている呉服屋がこの調子じゃつぶれてしまうでしょう」
「そうやなぁ」
「どうしようか悩むわ」
「お富はん。あとで、与力はんに色々聞かれると思うけど、正直に言うんやで」
「正直に?」
「うちも出来るだけ気にかけるようにするから」
「わかったわ……さあ、一度横になって、火鉢の炭を隣から貰ってくるから」
「おおきに」
びゅぅう びゅぅう びゅぅう びゅぅう
まだ野分が暴れているのか酷い風の音。
「瑠璃!瑠璃!しっかり!」
百沙衛門の声が聞こえる。
うちはだいじょうぶやで、嵐は外なんやろ?
びゅぅう びゅぅう びゅぅう びゅぅう
「瑠璃!瑠璃!」
夏やのに寒いなぁ
気が付くと嵐が収まったのか、外は穏やかな様子が目を閉じていても分かる。
すう……すう……すう……すう……
お富が隣で眠っているのかな。
あの人の分もお布団あったんやろか。
温かい落ち着く香りがして、そちらに鼻先をうずめるように潜り込んでもう一度眠る。
大きな暖かい手が背中をさすってくれる。
お母様にしてもらった時以来やな。温いなぁ。
◆◇◇◆
あれ?ここは?
男の胸元が目に入る。
その腕が瑠璃の肩から背中の方まで乗せられている。
思わず身じろぎしてその顔を見る。
百様……へ?どういうことやろ。
お富は?
百沙衛門の腕にがっちり抱きしめられているのであまり頭を動かせないけれどそれでも隙間から周りを見る。
ここは?
明らかに長屋ではない、見覚えのない座敷のようだった。
障子から透けて入る夏の陽の光。
野分の嵐……行ってしまったんやな。
「……百様」
「起きたか?どうだ?」
額に手が当てられる。
「……暑いです」
「確かにな。熱は下がったようだしな」
「ねつ?」
「一昨日、柿の木の長屋でお前すごい熱を出していて。勘三殿から連絡があったから、塗り籠を出してこの屋敷に運んだのだ」
「塗り籠?」
「まだ、雨嵐がすごかったからな。
この部屋にも火鉢を出して冬の布団を被せても、お前は譫言のように寒い寒いと言って震えていてな。
しかしお前自身は焼石のように熱くて。仕方なくこうしたのだ」
そう言ってお互い横になったまま抱きしめられる。
「そのあとすぐに嵐は過ぎ去ったというのに、お前の胸の中で酷い嵐の音がして。
気が気でなかったよ」
「哮喘の癪どすね。童のころに時々なりましてん。
昔、お医者はんから体を丈夫にすればそれが治るって聞いた父が、うちを羽森家で昔から行われていた忍びの修行に出して……」
「それが、瑠璃姫がじゃじゃ馬になる発端だったんだな」
「へえ、初めは大きゅうなる前に死ぬかも言われたらしいんどす……ってちょっと」
さらにぎゅうと百沙衛門に抱きしめられる。
「兼麿殿に感謝しなければならないな。じゃなきゃ出会うこともなかったかもしれぬ」
「へえ。おかげでこんなに丈夫になりましたえ」
「姫どころか、そこいらの侍より強い」
くすりと笑う百沙衛門につられて笑えたたら良かったのだが、
お互い寝間着のような薄着なので、相手の体温を感じてしまう。
鼓動迄感じながらそのまま会話をする。
だが、夏なのである。
外では淋々と蝉の声が始まった。
「……暑うおます」
再び言ってみる。
「ははは。確かにな」
「それで……ここは何処のお屋敷ですか?」
「俺の家の俺の部屋だ」
「もしや藤岡様の?」
「江戸屋敷だ」
「江戸屋敷……」
「まだ、疲れてるようだな。
瑠璃がぼうっとしてるのも可愛いけどな」
瑠璃の額に唇が押し付けられる。
「な、何言うとりますの」
思わず男を押しのけて座り直し、胸元を整える。
「まあ、ちょっと待っておれ。家のものを呼んでくるから」
寝起きの百様……なんだか目の毒やな。
「へえ」
正座のまま思わず自分の膝を見る。
そんな瑠璃の垂髪のままの頭に手を置いてから、百沙衛門が部屋を出て行った。
にゃあ
入れ替わりにトラ猫が入ってきた。
「シマオ、野分怖くなかったんか?」
それを抱き上げて柔らかい腹に鼻を寄せる。
にゃあ
「あんたを見ると、ほっとするわ」
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