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6【左の鼻緒を】

いつもお読みいただきありがとうございます!

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 いつの間にか、百沙衛門は柱にもたれて座ったまま静かに眠っていたので、瑠璃は着物をかぶせてやる。昨日お染に渡された百沙衛門の古着だ。

 長い刀が邪魔なのか縦に抱えてるから、着物をかぶせるのにも邪魔だ。


 しばらく作業に集中していたが、喉が渇いて百沙衛門が入れてくれていたお茶の残りを飲んでいると、

「きれいじゃないか」

「あ。起きたん?よう寝てたな」

「この狭さが落ち着くんだよ」

「狭くて悪いね」

「広い所に来てもいいんだよ。あ、赤くなった」

「もう」

 京の人と違う、江戸育ちのあけすけな物言いにいつも困惑させられる。


「よし、出来た!」


 瑠璃の手には紫色の小さな花が、清水寺の滝が数本垂れ下がったようになった簪があった。


「藤の花か」

「せや。なんか、菫之丞はんが近江で藤の花を背負った女の子の絵をみて、踊りを考えてるんやて。そんでこういう」

 といって、和紙に描かれた図案を見せる。


 市山菫之丞(すみれのじょう)は芝居小屋の八坂屋の看板女形。初めのうちは町中を歩く時も女の格好をしていたが、二十歳に近づいたあたりから最近は男の顔もさらすようになっていた。

 それがさらに色気が出たなどと言って受けている。


「それで顔にも藤をぶら下げるのか、菫やのに」

「言い方。

 まあそうやな。激しく踊りはっても取れへんように縫い付けてさらに糊付けしたんよ。

 儚そうに見えて頑丈って、菫之丞はんみたいやろ」

「ぷっ、はははは。お前さんの言い方もひでえ」

「ふふふ」


「で、それが出来たんだったら私の草履を」


 作業が終わって少し正座を崩した瑠璃の足元で、ちらりと見える裾除けをひっぱる。


 ペチリと同心の手を叩く。

 見た目町人が武士を叩いても誰も見てやしない。


「これ、百様」

 その明るい紅色の裾除けの端が縦にちぎられていて、そこから白いふくらはぎが膝の方まで見えている。

「これで、左足の草履の鼻緒の坪も付け替えて」

「せえへん!玄関開いてんのにもう、なに言うてんの。とりあえず草履貸してや」


「はい」

「右のも!」

「これがいいのに」

「よくないっちゅうの!」


 先に右の草履の鼻緒の真ん中にある坪を握りばさみで容赦なくチョンと切る。

「ああぁ」

 がっくりする百沙衛門に半目で睨む瑠璃。

「文句あるんか?」

「ないです」

「もー、あんなの履いて回られたら困るわ」

 ぶつぶつ言いながらも、手持ちの材料から、瑠璃が以前に自分で京の三条で買ったお気に入りの絹の組みひもを取り出して付け替える。

 紅色はあんまりやろと、青色の少し凝った配色で織られた紐だ。

 そして左。

「ああ、こっちも千切れそうやったんやな」

「そうか、助かったな」


 草履の裏でしっかり結んで余分な紐を切る。

 パチン


「はい、履いてみてな」

「よし」


 土間に揃えて、履く。

「うむ、丁度いい」

「きつくもゆるくもないんやな」

「ああ、それにこれ丁度、瑠璃色やな」

「!違う紐に変えるからもう一度貸して」

「無理だ」

「なんで」

「来たよ、お客」

 そういって、半開きの引き戸を百沙衛門がさらにがらりと開ける。


「おっと!勝手に動いたと思たわ」

「じゃあ、瑠璃ちゃん私はこれで。いらっしゃい、菫之丞」

「・・・なんで百様が出てくるんや」

 江戸からきた垢ぬけた感じの二本差しの同心と、女より白い肌で切れ長の目が色っぽい鮮やかな小袖を着た売れっ子役者が並んでるところは、屋内から見た瑠璃には眩しく感じる。

「そりゃあ、瑠璃ちゃんに用があって。あ、簪きれいに出来てたよ」

「ほんま?

 瑠璃ちゃん!」

 ぱたぱたと客が入れ替わる。


「いらっしゃい、菫之丞はん。もう糊も乾いたと思うけど、気を付けてな」

 そういって、さっきの簪を見せる。

「ひゃあ、きれい。おおきに。思ってたよりずいぶんええわ。さすが瑠璃ちゃんや」

「はい鏡」


 菫之丞が出された手鏡を見ながら、簪を左のこめかみの上のあたりに差して確かめている間に、押入れから買い置きの空の桐箱をひとつ出してくる。そのなかに、柔らかくて白い縮緬をしいて、

「どない?」

「これで十分!どころか十分以上や」

「おおきに。よう似合うてはるえ。じゃあこの箱に仕舞うな」

 もう一度菫之丞から簪を預かって、丁寧に桐の箱に仕舞う一方、菫之丞が今度は懐から小さくたたまれた風呂敷を出してきて少し広げる。

 そこには木戸札(入場券)が二枚出てきた。

「じゃあこれ、手間賃。こんなんでいいの?」

「ひゃあ嬉しい。だってあんたの舞台の券を手に入れるのは大変なんよ。売れっ子になってくれるのは嬉しいんやけどね」

「それは、瑠璃ちゃんの簪を使うようになったからや」

「たまたまよ。せやからそれで験を担ぐのはやめてほしいわ。もしものことがあっても、うちのせいにせんといてね」


 木戸札を入れていた風呂敷に今度は簪を入れた桐箱を包み直して手に提げてた巾着に入れる。


「ほな、いくわ。あたしが出たらちゃんと閉めるんよ」

「うち、こう見えて強いんよ」

「そうなん?虫も殺せないような感じやけど?」

「箱入りで育った娘がこんなところに、一人で住んでるわけないやん」

「そうかもしれへんけど、瑠璃ちゃんは可愛いからなあ」

「おおきに。じゃあこれ見に行くから」

 木戸札を二枚ぺちぺちと自分の頬で叩く姿を見て、

「・・・可愛いすぎやろ」

 今の自分は白塗りをしてないし、男の着物なのに、女の子同士の会話だと油断している瑠璃に、思わず手を出してやろうかと思ってしまう市山菫之丞。しかし、それが命取りになることも知っている。

 百沙衛門が剣術の腕が良いことは他の侍からも聞いていた。


「ふう、きょうの用事は終わり」

 菫之丞を見送って、やっと玄関を締めてつっかえ棒をした後に、


 にゃあ


「あ、百様、トラオを忘れてるやん。あ、こら」

 鍋から出てきていたトラオが、糊の残りを舐めている。

「ちゃんとお(かい)さん炊くから待ってな」


 にゃあ


 トラオはいつも丁度良く鳴く。

 人の話が分かっているかのように。


「春や言うのに寒なってきたな。今日は、うちと寝ような」


 にゃあん


 トラオが一番良いとこどりなのは、男衆には知らぬこと。


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