伍拾九【要らぬ夏の花】
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松の間に戻った瑠璃は天袋を確認する。
仕掛けもそのままだったし、中の道具もある。
「よかった」
瑠璃はそれらを出しておく。
敷かれていた布団の隣に朝着るものを広げて横になろうとして、ふと思い出して胸元から折りたたまれた小さな紙を出す。
さっき、甜瓜のお椀の下に仲居が忍ばせていたものだ。
翡翠叔母さん全然変わってない。どういうこと?相変わらず姉さんって感じや。
瑠璃にとって翡翠は忍術の師匠であり姉弟子でもある。苦無の投げ方や、柔術などを始めの頃に手ほどきしてくれたのだった。数日のことだけど、女ながら踊るように武器を扱い、大きな男を鮮やかに投げ飛ばす様子を見せてもらった時に目標にした人だった。
だが、瑠璃たちの母が亡くなった時の葬式で見た後は、お役目が出来たからと旅立ってしまって会えていなかった。
時折勘三が役目で江戸に行って帰ったら、翡翠の話をしてくれていた。
でも、花街で控えるなんてうちには無理やな。そっちの勇気はない。って勘三に言うと、翡翠の方は江戸城に上がる勇気の方がないで、と笑ってた。
「向き不向きはあるさ。何より瑠璃は翡翠とは違う立場があるさかい、あいつの真似して花街の仕事なんかするなよ、親方様も母上様も泣くぞ」
勘三の言葉を思い出してくすりと笑う。
忍びの仕事はしているけれど、勘三や翡翠ほど命は賭けていないという実感はある。少々申し訳ないとは思うけど、それはしょうがない事だ。
広げた小さな紙にはすごく癖のある読みにくい勘三の字があった。
〈人足みたいなやつは、福山下〉
大坂でえびす屋に火付けした牢人と同じ名字やな、どっちがお兄さんやろ。
◆◇◇◆
ざばざばざば
まだ寅の刻だというのに、男湯の湯桶に水を入れる音がする。それは一つだけじゃない。
ざばざば
「おや、みどり、朝風呂かい?」
「起こしてしまったかしら、ごめんなさい女将さん」
「いや、あたしも今から女湯で洗濯をしようかと」
旅籠〈春の日〉の方からやってきた女将とかち合う。
隣の飯盛旅籠〈なまづや〉の主とは夫婦だ、だから風呂も台所もそして仲居も共有しているのだ。
「昨夜はなんだか寝苦しくて。あたしのお客が入りたいって言ってたから」
「そうだなぁ、野分が来るんじゃないかい?」
野分は初夏から秋口にかけて日本に時々やってくる嵐だ。
「えー、そんなの来られたら商売あがったりじゃないかい」
酷い場合は旅籠の商売どころか、川が溢れて流されかねない。
「そうさ、だから洗濯とか先に済ませようかね」
「でも、風が来たら飛ばされるわよ」
「その方が早く乾くさ。それまでに取り込めばいいのさ」
多くの働き人を束ねる女将は肝っ玉が据わっている。
「あたしも手伝うわ」
「そうかい悪いね」
そのころ風呂からほど近い、だが〈春の日〉側の土蔵の前に影が一人。
耳に引っ掛けていた先の曲がった鉄串を取り出して閂の鍵穴に突っ込んで手早く探る。
カチャカチャ…ピッ
もはや普通の鍵で開けるのと同じ速さで錠前は開く。
するりと身を宵闇の土蔵の中に消した男は、もちろん勘三だ。
小さな燭台の蝋燭に部屋にあった火鉢から持ってきた火種から灯をつけて適当な所に置く。
奥の千両箱や高級そうな桐の箱には目もくれず、入り口近くの土埃にまみれた大八車に取り掛かると、そこでも鎖につながれた閂を難なく開け、件の俵を検めていく。
瑠璃が言ってたのは下の三つだな。
奥羽からの伊賀者の報告では弓矢だけだったが、何度となく指を突っ込んでいた瑠璃からの手合図では他の物もあるということだった。
確かに短い弓が十数本と、合戦でもするつもりかと思うほどの夥しい矢があった。
そして、瑠璃には何かわからなかったと言ってた、一番下の俵からは半棒より短い竹筒が数本ずつ油紙に巻かれて沢山出てきたのだ。
その細い方の先はさらに油紙で封がされていた。
その一つを解いて、匂いを嗅いでみる。
……これは江戸の町にとっては鉄砲より厄介じゃないか。
仕事柄東海道を何度も往復している勘三にはわかる。
これは江戸には持ち込めない……筒物のすすき花火だ。
こんなもの奥羽で作ってるのか?もしや
だが、ここで止めたら、あいつ等の行き先が分からなくなってしまう。
福山下もそうだが、八木橋も瑠璃たちがえびす屋で見つけた血判書にあった名前。
きっと、日本橋で待っている坂伊利直と接触するに違いない。
今朝窓から吹き込んだ湿り気を帯びた風が、吉と出るか凶と出るか……。
大八車を元の通りにした勘三は、閂をかけて土蔵を後にしながら〈春の日〉の浴衣を丸めて風呂場の大きな籠に入れる。
「旦那、風呂もう入れるわよ」
「おう」
翡翠の声に応じて朝風呂に入る。
まだあたりが暗いから、夜遅くまで騒いでいた客が起きていない。
女湯の水音がするから、飯盛女か洗濯の音か。内緒話には丁度良い。
そのまま何事もないように勘三の背中を流す翡翠が話しかけてくる。
「で?」
「ありゃヤバイ、俺は先に奉行所に行ってくる」
「わかった、瑠璃ちゃんには?」
「これが入ってたと」
と手合図で中身を伝える。
「そんな……また大火事に…」
「しっ。あとは、南西からのあれが来ればいいんだが」
「野分かい?」
「ああ」
二人で隙間のような露天から故郷の方角の空を想う。
「丁度よく来ればよいな、だけど始めは風だけの時があるよ」
「だな。
お前、適当に切り上げて越後の方へ避けておかないか?」
「来るか来ないか分からない野分に備えて?ふふふ大丈夫よ。旦那こそ無茶しないでよね」
「ああ、解ってる」
一晩の兄妹の逢瀬もゆっくり出来ぬ、影の二人だった。
朝餉の粥の湯気越しに、瑠璃が青ざめていた。
「大丈夫かい」
宿についた時と同じ青と白の弁慶格子の着物を着て、いつでも出立できる格好にはなっていた。
自分の分の宿泊費も先に払ってある。
「はい、つい動揺してしまいました」
「そうだろ、兄さんも焦ってたで」
「そうなんですか、それで先に」
「ああ、あんたも気を付けるんだよ」
「はい」
「おるりちゃん行くよ」
与三が声をかけてきた。
「あ、はーい」
「皆さん出立ですか?」
「うむ」
「昨夜はおるりちゃんとご飯を食べてた途中から記憶がない」
「おいらも」
「ふふふ、皆さん寝顔は可愛らしゅうございましたよ」
「おっさん相手にやめてよね」
「…るりは何処に行くのだ?」
牢人の八木橋が聞いてきた。
「私は日本橋へ、奉公先の呉服屋に立ちよってから借りてもらってる家に帰ります」
「そうか、日本橋か、我らと同じだな」
「日本橋の八百屋さんですか」
「八百屋?」
「長芋を運んでるんですよね」
「あ、ああ」
「なんて言う八百屋さんなんですか」
「……どうして聞くのだ?」
「日本橋は狭くないですけど、知ってる八百屋さんだったらいいなって、それだけですけど」
「そうか」
「我らは日本橋の店には詳しくないからな、懇意にしている他の店から紹介してもらうのだ」
「じゃあ、何というお店なんですか?」
「だて屋という、奥羽の絹織物を取り扱っている店だ。そこでは奥羽から来た同郷のものが世話になるのだ」
「ああ、だて屋さんですね!家が近いです」
「そうなのか?」
「はい。じゃあ、あたしも先に家に帰ろうかな」
「何故?」
「なんだか今日でお別れってお名残り惜しいです」
「るりちゃん!おいらも!」
「おいらも名残惜しい!」
二人の農夫が会話に加わる。
「おい、るりお前……」
弥市が歩いている瑠璃の顔を横から覗いてくる。
「はい?」
「何か企んでるのじゃないか?」
「たくら?なんのことですか?」
こっちが言い返したい台詞やわ。
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