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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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伍拾八【飯盛り女】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 勘三は〈春の日〉の隣の飯盛旅籠〈なまづや〉に入る。

 瑠璃たちが旅籠に入ったのを確認するために、宿場町に昼前にたどり着いていた。

 それからずっと、茶屋の店先で団子を食べながら時をやり過ごしていた。

「あの飯盛旅籠の女が良いんだな親父」

「はい、ちょいと歳はいっとりやすがね、吉原上がりの女が二人ばかりいましてね。一人は最近来たという話で」

「そんな女は高いんじゃないのか?」

「そこは本人にうまく交渉するんでさ」

「おれは女の前じゃ縮こまってそんな器用なことは出来ないけど、まあ綺麗な顔を拝みに行こうかな」

「まあ、独り者って仰ってらっしゃったし、気楽に行ってらっしゃい」

「ははは行ってくるよ」


 玄関から入って宿帳に名前を書く。偽名は使わず勘三と。よくある名前だから。


「先に風呂どうぞ。あちらです」

と親父に浴衣と手ぬぐいと剃刀を渡される。

「ここはね、女のために朝風呂も入れるんだよ。それが売りでね」

「朝ぶろたぁ贅沢だな」

「お客さんも入るかい?」

「朝風呂は何時から入れるのかい?」

「風呂場は夜通し開いているから、湯女がいなければ自分で湯をこさえりゃいつでも入れるぜ。石がずっと焼けた炭の上にあるからよ」

「なるほどなぁ」


 浴場手前の部屋では瑠璃と一緒だった男が服を脱いでいた。


「風呂風呂」

「早くさっぱりしてぇ」

 農夫風の二人は賑やかに先に行く。


「福山下殿、荷物の預かり札を」

「うむ、八木橋。荷物の番はどうするのだ」

「ここでは金を払って預けたのですから、閂をかけた土蔵の中に入れられているので、大丈夫だと思いますが」

「そうだな、ここまで来れば、もうすぐだからな。今夜はゆっくりするか」

「はい」


 農夫二人と武士が二人。勘三にとって一人は聞き覚えのある家名だ。


「お客さん背中を流しましょうか?」

「いんやおいらはあまりにも汚いから自分で」

「長旅だったんならとうぜんでしょ、構わないわよお客さんは?」

「おいらも、こんな綺麗なお姉ちゃんに背中を流したなんて、もし嫁さんにばれたら恐ろしいんだよ」

「まあ、そんなの黙ってたらいいじゃないですか」

「それがなぁ、おいらのかかあは言葉を引きずり出すのが旨くて、すぐに吐いてしまうんだよ」

「あらあら」

「たけど、こんな垢だらけじゃ江戸に入りたくねえな」

「わはは確かに、よし、おいらが背中を擦ってやる」

「お、じゃあ後でおいらが流してやろうか」


「お客さんは…と、おっと、ちょいとお隣の女湯を世話してくるね」

「ああ、俺も一人で入れるから」

「そ、ごめんね」


 二人の侍もそれぞれ、別の湯女をあしらっていた。


 風呂を出て浴衣を着ると、なるほど、隣の旅籠とは浴衣の色が違っていた。

 これで客を分けているのか。


 そして、〈春の日〉と〈なまづや〉に分かれたふたつ出口


 その間には両方の浴衣がくしゃくしゃになって混ざってる籠。


 そういや朝風呂もあるって言ってたな。


 勘三は〈春の日〉の方のくしゃくしゃの浴衣を籠から一枚引っ張り出して脱いだ着物に包んで〈なまづや〉の方に出ていく。


「旦那さんのお座敷はこちらよ」

 一人の女が待ち構えていて、先に上がりながら二階に誘導していく。


「ちょっとちょっと旦那、あの女でいいのかい?」

 後ろで店の主人が聞いてくる。

「他にいるのかい?」

「もっと若い安い娘がいるんだけど?」

「若い娘なんて俺みたいなおっさんと話が合わないだろう。話しても俺もつまらないと思うし、あの女で良いよ」

「そうかい」

「ちょっと、何言ってんのサ!」

 上から女が小さく叫ぶ。

「この旦那はお前さんが良いらしいよ」

「あらそう、じゃあ今日は頑張るかね」

「なにを?」

「なんだろねぇ。とにかく料理を持って行くよ、あの右奥の〈に〉の部屋だよ」

「わかった」


 言われた部屋にどっかりと腰を下ろすと、間もなく料理が運ばれてきた。

 持ってきたのはさっきの主人だった。

「今日は特別に良い長芋が入りやしてね……ではごゆっくり」

 長芋に良し悪しなんてあるのか?


「お待たせ―お酒も持ってきたよ」

挿絵(By みてみん)


「相変わらず元気だなお前は」

「まあね」

「で、翡翠、ここでは何て呼びゃあいいんや?」

「みどり姐さんと呼ばれてるんよ勘三兄さん」

「みどりね、翡翠の翠のほうだな」

「みどりの方がありふれてそうでしょ」

「勘三には負けるけどな」

「ふふふ。本当に元気そうね」

「お前こそ」

 翡翠は、勘三の父親違いの妹だ。だから瑠璃とは血筋では全然かかわりがない。

 そろそろ三十路になるが、花街で売れっ子と言われたこともあったらしく、年の割には若く見えている。兄の勘三にとっては可愛い妹ではある。

 そして、似たような影の仕事。

 翡翠の方は幕府の下に直接ついている伊賀者だ。

 江戸へ入ってくる不審な人や物を見つけては、飛脚などを使って連絡をしている。

 少し前まで吉原で潜んでいたが、大坂での事件の後、幕府からのお達しで、この宿場町で奥羽からの動向を見ていたのである。

 その目は日光からいくつもあるのだが、彼女もその一人だ。


「さっき、瑠璃姫を見たわよ。都で見たあの子の母上のお葬式以来やわ。綺麗な娘さんにならはって」

「せやな、やっといい人の許嫁になれたからな」

「前の公家はどうなったの?」

「親方様がはめて、今は白拍子上がりの女の夫だ」

「そりゃあ良かったわね」

「あれも大変だったんだがうまく行ったで」


「で、兄さん、あの四人組の荷物なんか?」

「たぶんな、瑠璃が途中で接触してずっと一緒だけど、あいつからの手合図だと確実にあるみたいだ、俵から指を突っ込んだんだと」

「さすがやね」

「お前こそ、こんなところで大丈夫なのか?吉原よりはあれだけど」

「大丈夫大丈夫。お客なんて、膝枕で耳でも搔いてやったらすぐに寝るんやで、まあ、くのいちならではの眠り薬もあるからね」

「こええ」


 翡翠が持ってきた瓢箪型の徳利に入ってるのはぬるい番茶。

それをそのまま、盃でなくお椀に入れて飲む。


「ほな、俺は寝るけど、朝風呂に起こしてや」

「わかった、それまで隣の様子を見とけばいいかい兄さん?」

「いや、お前も寝てしまえ、朝起きられない方が困るさかい」

「ほなそうしよ、うち後で戻ってくるさかい、ちょっと瑠璃姫の所覗いてくるわ」

「ああ」


 お膳を襖の外に出して、出て行ってしまった。


「さてと」

 くしゃくしゃだった隣の浴衣を少し広げてみる。

 朝に着るんだからと窓際にずらした衣桁に引っ掛けて風に当てる。

 その横に蚊帳を見つけたので、押し入れから布団を二組出して、離して敷いてから蚊帳を取り付けておく。

 

 カラリ

 

「おや、兄さん蚊帳も付けてくれたんか?」

「ああ」

「これ台所で切ってもらったから持ってきてん。兄さんが持ち込んでくれた甜瓜」

「そうか、杉戸宿で八百屋が売ってたからついな。買ってしもうたんや、荷物になるのにな」

「相変わらず優しいなぁ。

 そうや、瑠璃姫も美味しそうに食べとったで」

「こういうの好きやからな」

「ほな、兄さんも食べといて、例の四人組、瑠璃ちゃんが酔いつぶしてくれたから、部屋に連れて行かなあかんねん」

「わかった」


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