伍拾六【粕壁宿】
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左手に利根川、右手に田畑が広がるのどかな風景を行く。
川の風はやはり爽やかに、田んぼにも青々とした波を作っていく。
前には俵を積んだ大八車と四人の男。
うち二人は人足というより農夫のようだ、老人ではないのに少し背筋が曲がっていて、それだけで武士ではなさそうなのが分かる。もう一人の人足と羽織袴に大小の刀を袋に入れて腰に下げている男は二人とも武士だろう。
先ほどから、煙草休憩などで立ち止まられた時には抜かし、こちらが立ち止まって休憩するときには抜かされる。
「お嬢さん乗っていぐかい?」
「お気遣いありがとう。もうすぐ杉戸宿だから」
すれ違う間に何度か挨拶するうちに、結局一緒に並んで歩いている。
「今日は何処で泊まるつもりなんだい?」
「皆さんはどちらでお休みの予定なんですか?」
「粕壁さあ」
「まあ、私もそちらの予定です」
農夫二人は気安く話をしようとしてくる。
それに対して、不自然に見えないように気を付けながら瑠璃も話を合わす。
杉戸宿で一緒に茶屋で休憩した時には瑠璃の目の前で大八車の荷物のうえから大きな布を被せ、鎖を渡して閂をかけられてしまった。
「俵に鍵をかけるなんて、大事なお荷物なんですね」
「お嬢さんの名前を聞いてもいいかい?」
「そうですね、さっきからお嬢さんなんて呼ばれるのも少し気が引けますね。
私は瑠璃っていいます」
「るり……おるりちゃんか」
「お兄さんたちの名前も聞いていいですか?」
「お兄さんっておっさんだよ。おいらは久助、こっちは与三」
「久助さんと与三さんですね」
「で、この人は弥市、そしてお侍様は八木橋様」
「おい、べらべらと話すなよ」
「いいじゃねえか弥市。名前を知られたところで江戸についたらもうお別れなんだしよ」
「そうですねぇ、お江戸は広いし、旅の間だけですね弥市さん」
にっこり
「……っ、たく……」
「弥市ってやつ感じ悪いだろ?」
「別にそんなことは……」
「俺と与三は同じ村の小作人だけどよ、弥市ってのはこの荷物を運ぶときに庄屋から一緒で、八木橋の旦那もそうなんだぜ」
「おるりちゃんにもっと早ぐ会いたかったよ」
「どうして?」
「この雰囲気が盛岡からずっとだったんだぜ」
「ふふふ、でもそういうお人はどこにもいらっしゃいますよ。
ところで、皆さんは何を運んでいらっしゃるのですか……ってお侍様の八木橋様がついているということは、どちらかのお大名屋敷に持っていく荷物とか?」
「……るりとか行ったな」
「ごめんなさい、聞いてはいけなかったかしら八木橋様」
「いや、拙者は武士だが今はしがない牢人なのだ、ただ荷物の護衛の務めを賜っているだけだ」
「そうなんですか」
「荷物は、ただの長芋なのだ」
「長芋?それでお米のとは違う少し長細い俵なんですね」
「そうだ」
「弥市、荷物から長芋を一、二本ぐらい抜いても良いのではないか?」
「そうですね。具体的に何本届けるとかにはなっていませんからね」
「うむ、ではるり、我々も最後の宿になる粕壁宿で長芋を食すから瑠璃も食べると良い」
「本当ですか?嬉しいです。
長芋大好きなんですよ!」
「良かったなおるりちゃん、泊まる宿は決まっているのかい?」
「粕壁宿は初めてなんで、着いてから探すつもりで……」
「なら、同じ旅籠にするとよい、長芋出すように宿の者に頼んでやろう。もちろん部屋は分けるから安心すると良い」
「本当ですか?」
「るりは、木賃宿に泊まるつもりではないんだろ?」
「はい、あたしの稼ぎじゃ木賃宿で良かったんですけど、親が心配して必ず泊まるのは旅籠にしろと……」
「そうだよな、おるりちゃんみたいな可愛い娘さんだと親御さんも心配だよな」
「おいらが親だったら、一人でこんな所歩かさないよ」
「……もっともだな」
「ふふふ」
「…可愛い!」
「おいらがもっと若かったらなぁ」
「若くても無理だろ、お前みたいな田舎もんには」
「だよなぁ」
「どういうことです?」
「おるりちゃんはこの道を歩いてきてるけど奥羽や日光の子じゃないだろ?言葉がなんだか違うし」
「変ですか?」
「変じゃなくてなんか……良いんだよな」
「?」
何もなかった街道沿いにチラチラと家らしきものが増えてくる。
夜に通ったはずなのに、真っ暗だったから、初めて目にしたように物珍しくなっていく。
「そろそろ粕壁だな」
「そうですね」
たしかに陽が暮れてきた。
「おるりちゃんと話しながらだと、すぐに着いた気がするよ」
「ほんとだな」
「……まあたしかに」
「あたしも久助さんや与三達と話していて楽しくてそう思います。
お話にあった日光とか一度行ってみたいと思いました」
「栗橋関近くに家があるんだったら、すぐだよなあ八木橋の旦那」
「うむ」
「そうですね、いつか行けたら」
そうして、粕壁宿に到着した瑠璃たちは〈春の日〉という旅籠屋の前に来た。
「お荷物は裏の納屋に大八車ごと預かれます。して、このお荷物の中身は全部でおいくらになりますかな」
宿の番頭が八木橋に聞いている。
「どうしてお値段を聞いているの?」
「もしもの時に弁償するためだと言われている」
武士っぽい身のこなしの弥市が言いながら、閂を外し、鎖を緩めると一番上に乗せられている俵を降ろす。
すると久助が俵の蓋を外すと中からさらに筵に包まれた細長いものがいくつか出てきた。そこから弥市がひとつ取り出して開くと、おが屑に包まれた長芋が出てきた。
「わあ、長いですねぇ」
「だろ?」
「どうりで俵が長細いわけなんですね」
「そうだ」
その様子を見ながら、瑠璃は残りの積まれた俵に近付き、下の方の荷物に指を差し込んでみる。
米が詰まった俵と違って、瑠璃の細い指はすんなり入り、中のものを探るとさらに筵ではなく風呂敷のような縮緬に触る。
長芋ではない。明らかに弓と矢だと分かる。
これは確定やな。詳しくは叔父が忍び込んで見るやろ。
あの人は今頃木賃宿か隣の飯盛旅籠か。
「お客様はお連れさんですか?」
〈春の日〉の女将が瑠璃に聞いてきた。
「いえ、たまたま道中一緒になっただけで、あたしに一部屋ありますか?これ前金」
「わかりました、ではこの宿帳に」
「はい」
「……るりさんね」
「はい」
もちろん仮名で書きこんだ。
「おるりさん、では部屋は階段を上がって右から回った松の間、夜寝るときはつっかえ棒をするんだよ」
「はい」
「浴衣はこれ、それと手ぬぐいと……風呂は一階のほれあそこに矢印があるだろ?」
「はい」
「あそこをずっと行けばたどり着ける。
女湯は狭いけど我慢しておくれよ」
「ふふふ、比べられないから大丈夫ですよ」
「そりゃそうか。晩御飯は風呂の手前の座敷で食べることになっているから……どうする?風呂の前にする?後にする?」
「……おかみさん、こちらのお客さんから長芋を頂いて、晩御飯に出してくれと、そのお客様のにもと」
「そうなのかい?」
「ええ、ご馳走してくださるそうで」
「ならこれからそれを料理するから、先に風呂だね」
「わかりました、ご丁寧にありがとうございます」
先に言われた松の間に上がって荷物を置く……ちょっと考えて、仕込み杖や忍び道具を入れている筥迫を天袋に入れて、卍が半分になった黒い金具を隙間から差しいれて、くいと返すと二枚の襖に噛み、開かなくなった。
幸い襖の枠も黒いので、下から見るとそんなのが挟まっているとは思わないかもしれないから、風呂と食事の間はこれで良いだろう。
暗器の簪は外さないわけだし。
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