伍拾参【手掛りは身近に】
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二間借りた長屋の家では、お染が反物を広げて鋏を入れていた。
その横で説明を聞きながら、左右対称の形に裁断された布にまち針を付けていく。
ニャア
「これ、トラオや、危ないよ」
ニャア
藤岡のお屋敷では留守居役の家老が猫が苦手だったらしく、あまり籠から出してもらえなかったようだ。
縁側の日向で伸びをしては、新たに持ち込んで置いた戸棚の上に飛び乗って、その上に置いた土鍋に潜って眠ったりしている。
隣の柿の木の家の玄関には再び閂が掛けられている。
雨戸も締め切って。
だが、その中には百沙衛門が潜んでいた。
松助に頼んで、隣同士の玄関に穴をあけてもらって繋げてもらったのだ。
もちろんご公儀の捜査のためである。ことが終わったらの改修代を先払いで松助に預けている。
ニャア
「もう、どうしたん?あ、お客様か、はーい
ああ。およね婆さん」
「松助に呼ばれてきたよ」
「忙しい時すみません」
「なんの、おやお染さんも来ているのかい?」
「ええ、おるりさんに裁縫を教えてるのよ」
「おるりは針女で福禄屋に雇われたんやろ?」
「はい、だけど裃を縫ったことが無くて。袴はあるんですけどね」
「なるほどなぁ。福禄屋の下請けのぬいもんやならお侍さんからの依頼もあったやろな」
「そうねぇ、藤岡様の裃とか縫いましたよ」
「前の北町奉行様の?」
「はい、今も大坂で着られていると思います」
「さすがお染さん」
「さて、その大坂の町方の百さんからあたしの話を聞きたいって言われたんだけど」
「あいにく百沙衛門様はお休み中で」
「うん」
「聞きたかったのは、この裏のえびす屋への出入りの話だよね」
「そうそう」
「今から二十年ぐらい前に浪速の呉服屋が日本橋に店を構えるっていう話があって、大坂から手代や数人の丁稚を連れてきた旦那がいたんだよ」
「その旦那さんの名前は?」
「たしか…竹だったか笹だったか……」
「もしかして笹弥さんじゃないかい?」
「そうそう!笹弥さん!どうしてお染さんが知ってるんだい」
「浪速にあるえびす屋のお隣の呉服屋と懇意にしているからねぇ、ほらうちの店にもあちらの木綿の生地を置かせてもらっているでしょう?」
「ああ、そういえば、時々おしめ用の布を福禄屋さんで買い足すときあるね」
「でしょ?」
「じゃあ、それは本当に先代さんが来られたんだねぇ」
「そうさ」
「丁度この部屋にも三人ほど住んでいたさ」
「三人?」
「何でも改易された武士の子供らしくて、今のだて屋の前にあった呉服屋の紹介で引き取ったらしくて」
「その人は今もどこかに?」
「それが三人とも流行ってた疱瘡にかかってねぇ」
「ああ、そう言えば百沙衛門様のお母様もそれで亡くなられたと言ってたかしら」
「あの時は少し飢饉があって、皆の栄養状態が良くなかったのさ、だからもともと体の弱い人や子供なんかから死んでいって……」
「そうねぇ、私たちも、抱えていた人たちを養うのに、売り物を安くさばいてお米に替えた記憶があるわ」
「その、三人ともお亡くなりに?」
「二人は残念でしたけど、一番小さかった子が残って、幸いお顔にあばたは少ししか残らなかったんだけど、左の眉あたりに大きなかさぶたがあったから、それは残ったかもしれないねぇ」
「……左眉にかさぶた……
で、その生き残った子供はどうなったんですか?」
「もとの連れてきた方の呉服屋が一緒に奥羽に帰ったということです」
「その子供の名前おぼえてはります?」
「えーっとなんだっけ、たしかとっちゃんとかトシさんとか言われてましたね」
「小さい子なのにさん付けで呼ばれていたんですか?」
「なにしろ、武士だったからではないかね?
あたしも不思議に思ったことはあったよ
あたしの紙屋に良く手習い用の半紙や墨を買いに来ていてね、飴なんかをおまけでやったら喜んで」
「なるほど……
その時のこの長屋の証文って残ってますか?」
「残ってると思うけど、何しろ二十年以上前だからねぇ」
「……なんとか、松助はんにも手伝ってもらって、探し出してくれまへんやろか。お礼は先払いで……足らんかったらもっと都合付けますよって」
と小さな銀板二枚を、およね婆さんの掌に載せる。
下からも手を添えて両手で。
「な、どうしておるりがそんな……?」
「……実はうちも……」
と紫の房の十手を懐から出して見せる。
「町方?というより色がなんだかもっと上の……」
「うちも、大坂の町方なのです」
「ということは藤岡さまの……?」
「へえ。内緒ですよ特に松助さんにはね」
「もちろんです」
「あと、男衆に言いにくいことで思い出すことがあったら、うちが大坂にいるうちに教えてくださいね」
「もちろんよ」
◆◇◇◆
「ってわけで、この部屋の証文を探してもらうようにおよね婆さんにお願いしてん」
およねが引き上げていってすぐに、今の話を隣の百沙衛門に伝える。
「わかった。
それにしても、浪速の呉服屋の件が俺の生まれ育った町に繋がっているなんて」
「灯台下暗しとはこのことですなぁ」
「うむ……。
よし、俺からも自身番で松助にも手伝うよう言ってくる」
「頼んます」
「頼まれなくても……俺の仕事でもあるからな」
「ふふ」
ニャア
「これトラオ、二人の邪魔をしないのよ」
「コ、コホン、じゃあ松助のところ行ってくる」
「へえ」
ガラガラガラ
「ふう……
ごめんなさいお染さん、すっかり止まってて」
振り向けば、お染はもう裃を縫い始めていた。
「いいのよ。
お上のお役目は何より大事よ」
「うん、ありがとう」
「早く落ち着いて、大坂に帰れるといいわねぇ」
「ほんまやわ」
瑠璃が縁側で反物の残った切れ端を畳んでいると
「トラオ避けて!」
ニャッ
カッ
背後の壁に苦無が刺さっていた。
「びっくりした」
「どうしたの?あらなあにそれ」
「……呼び出しや」
苦無には折りたたまれた紙が神社の籤のように括りつけられていた。
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