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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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伍拾壱【伊達男へ】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 次の日、再びお染は角の饅頭茶屋に来ていた。いつもの外の床几に座って暖かい番茶を頂きながら漉し餡たっぷりの酒饅頭を味わう。

 蓬色の絽に濃紫の縞帯をしめたお染はいかにも大女将らしい落ち着き。

 その隣では、淡紅の江戸小紋に瑠璃色の朝顔柄帯を文庫に結んだ、武家の娘が同じ饅頭を楊枝で小さく分けていた。

 

「本当に裏ごしした餡なのですね。粒がわからないです」

「でしょう?瑠璃様。

 このお店は京から越して来たお饅頭屋さんだそうですけどね、江戸に来て漉し餡にしたようですよ」

「なるほど、こちらのお好みに合わせたということですね」


 先ほどから、上方言葉があまり出ないようにと稽古しながら話している瑠璃。


 舌を噛みそうや。


「お嬢様、どうですか?」


 茶屋の親父が話しかけてきた。


「はい、大変美味しゅうございます。

 こんな蒸したての温かいお饅頭なんて初めてで」

「見たところ、かなり良い所の武家のお嬢さんだから、普段は甘いものはお使いが買ってきたものをお屋敷で食べられるのでしょう?」

「私が良い所の出かは置いておいて、確かにそうですね」


「それにしてもお染さんがお友達を連れてきたっていうから、大店の他の女将さんかお客さんかと思ったら、こんな綺麗な女性なんて」

「でしょう。

 いい所のお嬢さんなのは確かなんだけど、気さくで心根の優しい方なんですよ」

「いやだわお染さん。

 そんなに持ち上げられても、何もお返しできませんよ。ウフフ」

「ほほほ」


「待たせたな」

 そこへ、袴姿に大小二本差しの侍がやってきた。

 十手は懐に隠し持っているが、江戸に来てからはずっとこの姿だ。


「お饅頭を頂いていたので、丁度よかったですよ。

 百沙衛門様も食べられますか?」

「じゃあ私は失礼して、百沙衛門様はこちらにどうぞ。

 親父さん、お饅頭とお茶を一つこの若様に」

 素早く立ち上がってお染がお百沙衛門と入れ替わる。


「へい、ってお二人が待ってた方って百様だったんですか?」

「久しぶりだな、親父」

「おお……立派になって!」


「そう言えば、お染さんも大坂にいたんだって?」

「そうなの、百沙衛門様の女中をしているのよ」

「大店の女将さんは隠居したんだろ?

 なら別に大坂に行ってまで、働かなくても良いんじゃねえのか?」

「それが、大坂のお饅頭も美味しいのよねぇ瑠璃様」

「ふふふ」

「じゃあ百沙衛門様、瑠璃様」

「お染は一人で大丈夫なのか?」

 いかにも大女将が一人で歩くのもよろしくない。

「手代のお使いが……戻ってきたわ。あの子と帰るから」

「気を付けてくださいね」

「お二人とも気を付けて」

「はい」

「ああ」


 お染が去ってから、親父が気を利かせてくれているのか二人の近くにはもう近寄らず、他の客と話している。


「まあ、大きい口。お饅頭がひとくちで」

「茶がないとこういう食べ方は出来ぬがな」

「くすくすくす。餡子が付いてますよ」

 と畳んだ手拭いで百沙衛門の口元を拭ってやる。


「すまん。

 さあ、いくか」

「はい」

 立ち上がって金を払おうとすると、


「お染さんに切手で貰ってますので」

 と親父に言われる。

「お土産を買っていきましょうか」

「そうだな」


「例の店は前からあるのですか」

「そうだなぁ、俺が生まれる前にはもうあったと思うが、屋号までは覚えてぬ。

 そのあたりは色々な店が混在しているだろ?」

「はい、奥羽の物を扱っているという点で相通じるものがある」

「なるほど。ああ、今日は〈だて屋〉さん開いてますね」

「そうだな。この辺りは少し風景が変わってるな」

「そうなんですね。ちょっと前に火事になったって桜さんが言ってました」

「なるほどな。建て替わっているんだ、それなんか今建てている所だな」

「店がくっついて並んでるから、燃え広がりやすいんでしょうね」

「うむ、浪速もそうだが、にぎやかな町はどうしてもな」


「それにしても、浪速の例の件がなじみのこちらと繋がってるなんてな」

「皮肉なこともありますね」

「うむ」

「でも、百様の子供の頃のお話が少々きけて楽しいですよ」

「……やめてくれ」

「なかなか良い侍の子だったと」

「そうか……」


「着きましたよ」

「うむ」


〈だて屋〉は袴や布団地、座布団など少し厚手の絹織物が特徴だとお染に聞いている。


「ごめんください」

「はーい、おでんせ。

 おや見ないお顔ですね」


 中からは中年の男が出てきた。前掛けはしていないので手代か番頭だろうか。

 

 休み明けとは聞いていたけれど、二人以外に客はいなかった。


「普段は外に出ないものですから」

「拙者も最近江戸にもどってきたのだ」


「まあまあ、で本日は何をお探しで?」

「こちらが袴地を扱っているとお聞きしたので」


「今から夏のものですか?」

「秋物はもう入ってますか?」

「そうですな、ちょっと待ってくださいよ」

「おーい、おりんはいるか?」

 男が店の奥に呼びかけると、女中が出てきた。

 雪国育ちなのか、頬が少し赤くて可愛らしい、だが瑠璃より少し年上の女だ。


「はーい何でしょう番頭さん。

 おや、おでんせ」

「このお二人にお茶をお出しして」

「はいはい。どうぞお入りください。こちらへ……」


「この、お侍様の袴の生地を探しているそうだから」

「わかりました」

「あの、番頭さん。裃とあわせても一つ作りたいんで」

「お任せください」


「それで、お二人で来られるということは何か……」

「結婚することになったのでな、祝言で着るものと、この際幾つか新調しようかと」

「まあまあ、それはおめでとうございます」


「ではお侍様は……失礼ですがお家の格は?」

 番頭も聞いてくる。

「祝いの席に用いるのでな、それに恥じぬものでなければよい。後は普段使いの袴用で」

「なんと……では最高級の絹の反物をいくつかお出ししましょう、おりん」


「はい。どうぞ。

 この店は奥羽の方の絹織物が主でして、主として細か目の縞模様が多いですが、一口に縞と申しましても色々ございます」


「まあ、本当にいろいろありますね」


「そして、お侍様のばあい、裃と合わせる時は家紋を付けますからね。細か目のほうがよろしいです」

「なるほどなあ。

 今まで女中から出されていた物を着ていたから意識をしてなかったよ」


「この機会に祝言用に一点だけこだわっていてはいかがですか?」

「一点ぐらいなぁ……」

「我々は、身なりに凝る男子を政宗公から取って伊達男と呼びまして」

「伊達政宗か」

「はい」

「……しかし、色々な縞を見ていると目がくらみそうになるな」

「ははは、そうかもしれませぬな」

「お前が決めてくれないか?」

 だて屋に入ってからお互いに名前を呼び合ってない。


「そうですねえ……

 番頭さん、その左手にある反物を広げてもらえませんか?」

「これですか、どうぞ……おっと」

「あら」


 番頭と瑠璃の手が触れあってしまう。

「ごめんなさいねお嬢様」

「いいえ、大丈夫ですよ」


「これ、似合うと思いますよ」

 番頭から手渡された反物を少し広げて、百沙衛門の顔のあたりに当てる。

「ああ、より精悍なお顔になりますね」

「……正直皆同じ縞に見えるが」

「これは裃袴仕立用で二反組になります」

「それは丁度良いですね」


「じゃ、それを包んでくれ。幾らになる?」

「丁度四両になります」

 それを聞いた瑠璃が胸元から筥迫を出そうとするのをやんわり止めて、

「何やってるんだよ、俺の裃なんだろ」

「そうですけど」

 今度は百沙衛門が懐から紙入れを出して小判を四枚だして、

「両手を出して」

「はい」

 番頭が手を広げるところに、一枚ずつ数えながら置く。


「確かに四両」


「二反お包みしましたよ」


 おりんと言われていた女中が風呂敷を差し出してくる。


 風呂敷には雀の文様が飛んでいる。


「可愛らしい風呂敷ですね」

「ありがどごあんす。また来てくださいね」

「ええ、次は普段用の袴地が要りますね」


 四両も払った反物の袋をぞんざいにぶら下げて、百沙衛門が歩くに歩後ろを瑠璃がついていく。



 そのまま北町奉行所とは方角違いの京橋の方へ歩いていく。

 真っすぐ屋敷に戻るのも少々寂しいと思っていたのはどちらだろうか。


「蕎麦でも食べないか?」

「お蕎麦どすか?」

「そこに料理茶屋があるんだ。父上もよく行ってたんだ」

「重蔵様が?」

「ああ俺は行ったことはないけどな、小遣いが少なくて屋台ばかりだった」

「屋台も気になりますけど、ちょっとゆっくりしたいですね」


「うむ。行こう」


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