肆拾七【行灯饅頭】
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「長屋を借りたぁ?」
居候中の家の主人、羽盛 義直が居間で素っ頓狂な声を上げる。
「へえ今夜からそこで夜は二~三日寝泊まりしますんで」
「瑠璃一人で?」
「浪速でも一人で住んでましたさかい」
「し、しかし……」
「とはいえお奉行所に言づけしてからですけどな」
「わ、わかった。なら……せめて夕餉を食べてから行きなさい」
「おおきに。
それと百様に問われたら、目明しの松助さんが世話している長屋に行ってるってご伝言お願いできませんか?」
「まあ、松助の所なら大丈夫か。で、百と一緒に長屋に行くんだな」
「まだ言うてないんですけど、実は二軒借りましてん」
「なるほど二軒か……百も不憫な奴だな」
狭い所に住んでみたい言うてはりましたけど、とは言わぬが花と黙る。
「ほほほ」
「わはは」
夕餉を頂いてから、借りている座敷に戻り、当面の着替えを風呂敷に詰めていく。
町人の着物なんぞ数はいらない。
陽の長い季節とは言え、暮れてしまってから女がひとり歩きをするのははばかれる。
「ほな、行ってきます」
「気ぃ付けて行ってらっしゃい」
「はーい」
風呂敷を裏門を出ようと少し屈んだところで、男性の足先が目に入った。
「おっと、瑠璃、出かけるのか?その恰好で」
「百様、丁度よかった。
義直の叔父さんに伝言頼んでたんやけどね」
「わかった。詳しく聞こうか……と
義直殿」
瑠璃が男性に挟まれていた。その頭ごしに声をかける。
「百沙衛門殿、うちの大事な姫を頼むよ」
「無論です」
「……まだ、お主の嫁ではないからな」
「心得ております」
それにしても、奉行所から日本橋界隈は隣町のような距離で大層通いやすい。
百沙衛門に説明する前に、たどり着いてしまった木戸門の入り口近くでは、香ばしい香りが漂ってきた。
見るとおよね婆さんが団扇片手に魚を焼いているようだった。
「お帰りおるりちゃん、もう戻ってきたのかい?」
「へえ、改めてよろしゅうおたものもうします」
「こっちこそよ。
ご飯はもう済んだのかい?
何ならもう魚が焼けるし、めざしだけど、麦飯も残ってるよ!持って行こうか!」
「おおきに。
せやけどお構いなく。
店で頂いてきたんどす」
「わかったよ。だけど困ったことがあったら何でも言うんだよ。遠慮はいらないからね」
「へえ、わかりました」
「……それと都言葉はほかの訛りと違って、効きやすいけど、返事だけは〈はい〉にした方がいいよ」
「はい、わかりました」
「よし」
「行灯は部屋の中に置いておいたよ。油と芯は持ってきたのかい?」
「はい、ここに」
と背中の風呂敷を肩越しにたたく。
「そうかい、あとは火鉢と鉄瓶も入れてあるから、使いなさいね」
「はい、ありがとうございます」
「よし、じゃあ、初日は寝にくいだろうから、早めに寝て。
明日も朝から店なんだろ?」
「はい。失礼します」
「……礼儀正しい子だねぇ」
「いや、およね婆、おるりは大胆な女だぜ。
初日から男を連れてきたんだぜえ」
松助が瑠璃の後ろに立っていた。
その隣には百沙衛門もいる。
「何を?こんな礼儀正しい娘さんが?って、そちらのお侍さんがおるりちゃんのつれかい?」
「そうだ。
久しぶりだね、およね婆さん。
百沙衛門だよ」
「は?百様?まあ、立派になって」
「五年ぶりかな、およね婆さんも元気そうで良かった」
「ちょっとお勤めで一時帰ってきているんだ」
「まあまあ」
「……ふう」
皆に分からないようにため息をついて、三人の輪から外れ、瑠璃一人、借りている家に入っていく。
もっと長屋ではこそこそするつもりだったのに、面倒になってきたと思う瑠璃であった。
閂が嵌っている方の鍵を開ける。
そして中をチラリとみてから、行灯の準備を。
「良かった、こっちにも火鉢持ってきてくれてるやん」
「瑠璃、こっちを使うのか?」
百沙衛門が入ってきた。
「はい、本命は隣なんやけど」
と、奥の方に行って雨戸をあける。
夏だからこそ、締め切って夜寝る者はいない。
そして、家の中だというのに手招きして百沙衛門の耳に口を寄せる。
「そっちの柿の木の家の裏、〈えびす屋〉って家やねん。お染さんに教わって」
「……わかった」
「なんや?裏がどうしたのだ?」
松助も上がってきて裏まで来た。
「詳しく話しますね、目明しさんやし」
「うむ、俺の方が話すよ」
「頼みます」
瑠璃が火鉢の炭をおこしている間に、百沙衛門が松助と向き合っていた。
「一月前に、人相書きが廻って来ただろう、こんな」
と大坂の瓦版で作ってもらった坂伊利直の人相書きを二枚出す。
一つは無精ひげや月代を伸ばすのに塗りつぶしている。
「ああ、何でも浪速から逃げて…あそうか、百様大坂から来たのか。父上様は大坂の町奉行だったな」
「そうだ、俺はこの人相書きの件を追いかけて江戸に来たのさ。
そして瑠璃も」
「は?おるりは大店の針女じゃねえのか?」
「瑠璃は俺の許嫁だ」
「許嫁!百様の?ってことは、町人じゃねえのかよ。
はー、たしかに物腰が違うとは思ってたけどよ」
「お茶入りましたえ」
「ありがとうございます、瑠璃姫様」
松助がそれまでとは打って変わって膝をそろえて座り直している。
「よしとくれやす、おるりでお願いしますよ」
「おるりさん。
っと、用事を思い出した。
せっかくお茶を入れていただいて申し訳ありませんが、失礼します。
百様とりあえず俺は番にいるからよ、二人とも何かあったら声かけてくれ」
「わるいな」
「おおきに」
「急にどうしたんだろう」
「瑠璃が公家と聞いてびっくりしたんじゃねえか?」
「そうなん?」
「江戸で公家なんて大奥の中にしかいないからな」
「せやろな」
そのまま落ち着くことなくまだパタパタしている瑠璃。
「ところで、うちは夕餉を頂いてきたんやけど、百さんはお腹空いてないのんか?」
「まだだが俺は別に……」
ぐうう
「瑠璃に思い出されて腹の虫が鳴いた」
「ふふふ、丁度よかった、お染さんに貰ったお饅頭があるねん」
「なら、それを貰おうかな」
「うん。で、百さんお饅頭食べたらシマオを連れてきてくれへん?」
「は?」
「藤岡のお家にいるのやろ?」
「いるけど、明日にしろ」
「はあい」
「で、何処に行くのだ!」
「ちょっと憚りに」
「……気を付けろよ」
「心配性やなぁ。うちは強いねんから大丈夫や」
「心配位させろ」
「ふふふ」
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