肆拾六【江戸の新居】
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「結局おっかさん、その恰好のまま?」
「だって、旦那のあんたが店子の布団を運んでいてはおかしいじゃないか」
「お布団はうちが運ぶのに」
「「全部は無理ですよ!」」
二部屋借りて一組しか布団を持って行かないのはおかしいと、お染と瑠璃がそれぞれ大風呂敷に包んだ布団を担いでいる。
始めのうちは二組分瑠璃が担ぐと言ったのを親子がそっくりの表情で異を唱えてきた。
ずっと離れて暮らしてはったのに、親子なんやなぁ。
で、大店の旦那のくせに清作は雑巾の入った手桶を下げてきた。
「夏やさかいお布団小さくて良かったどすな」
「そうですね、掛け布団もごついと大変ですね」
「大八車に乗せたらいいじゃないですか」
「引き上げる時に面倒ですやん」
「は?」
後ろの女二人を気にしながらゆっくり歩いてくれた清作が木戸番の入り口で声をかける。
「松助さん来ましたよ」
「なんだ、福禄屋の旦那が直接来たのか?」
「せっかくだから借りる部屋を見ようと思って。
ついでに隣も空いてるって聞いたからそっちも借りたいんだけど」
「はー大店の主人も若いと仕事が早いね。で布団を二つもう持ってきたと」
「それは褒めているのかい?」
「もちろんさぁ」
女二人は開いている玄関に大きな風呂敷を持って入っていく。
「ごめん下さい」
「もうきたのかい」
「あら、およねさん」
「おや、あんたはお染じゃないか。
ずいぶん久しぶりじゃないのかい?」
「息子と来たのよ。
ふふふ、紹介するわね。息子のところの新しい針女ちゃんで」
「おるりいいます。おせわになります」
その会話を聞きながら、清作が証文の印のやり取りをしていた
その会話を聞きながら、清作が証文の印のやり取りをしていた 。
「おや、空き家に誰かいるのかい?」
「およね婆さんに掃除してもらってるのさ」
「ああ、うちも上の子を取り上げてくれた産婆の。そういえばこの辺りに住んでたね」 「この番屋の二軒隣の家さ。住んでるのはそこだけど、昼は婆さんが木戸番にいて、紙やら筆やらを売っているのさ。
旦那もおるりのお産の世話になるときは声をかけるようにと言うんだな」
「これ、なんてことを松助さん、おるりは独身だよ。 おるりに何かあったら、私どころか……お前さんの首も危ないよ」
「は?ただの呉服屋の勤め人だろ?」
「……どうだろ」
「んじゃ証文は確かに。そっちの控えもそれで良いな」
「ああ。確かに」
「とりあえず一両で……二部屋半年には足りないか。不足になったら言ってくれよ、すぐに払うから」
「さっきおるりに手付も預かってるから大丈夫だろ。家主はなかなか江戸まで来ないし」
「家主への送金はどうしてるんだい?」
「北の奉行所に家主の親戚がいるんだ。ときどきそいつに預けに行ってるんだ。こんな所に置いとけないからな」
「なるほど、その人が里帰りするときに持って行くんだね」
「ああ、春と秋に手形に替えてね」
「夏と冬じゃないのかい?」
「雪深いから、冬は帰れないんだとよ」
「へえ。
さて家を見せてもらおうかな」
「まだ見せてなかったな」
「おっかさんが決めてきたんだから否とは言えないさ」
「は?おっかさん?
福禄屋の下女だと言ってたぜぇ」
「五年ぶりに帰ってるんだよ」
「そうだったのか」
ははは、ホホホ、ふふふ
女三人寄ればとはよく言ったものだが、
さっきまで静かだった長屋が賑やかだ。
「どうしたんだい?
およね婆さん、息子が生まれた時以来だね」
「おや清作の旦那。もう二十年近くなるんじゃないかい?」
「そうだな、このおるりより上だからな」
「いまね、坊が生まれた時の話で盛り上がってて」
「ちょ、およね婆さん、おるりの前でやめてよ」
「ふふふ」
「まあね、男なんてだれでもおろおろするもんさ」
「そうよおるりちゃん覚えておくといいわ」
「へえ」
「それを見て女はしっかりしなくちゃ!って肝っ玉母さんになるのさ」
「もう、なんてことをいうの!
藤岡のに会ったら逃げなくちゃいけなくなるじゃないか」
「藤岡?百のほうか?」
「そうですよ、私は大坂で百沙衛門さんのお世話をしてますからね。今は私の旦那さんは百様なんですよ」
「ふうん」
「で、旦那さんが江戸に帰ってくるから便乗して戻ってきて、清作や孫の顔を見に来ているの」
「なんだそうなのか、じゃあ、おるりは?」
「お友達のよしの屋さんの勧めで針女としてつれてきたの」
「そうだ、簪作るのが得意なんだって?」
「得意というほどのことでもないですえ」
「何言ってんの、あんたの簪で浪速の役者が売れっ子になってて江戸にまで名前が聞こえてたって言ってたわよ」
「有難いことです」
「もしかして今、島田にぶら下がってる金魚も?」
「へえ、うちが手慰みに拵えたもんで」
「さて、もう一度お瑠璃は店に戻るのか?」
「そうだね、布団は持ってきたけど、行灯や火鉢もいるだろう」
「行灯は、番屋に出て行った店子のが余ってるから持って行き。油と芯はいるけどな」
「ありがとう、それぐらいなら大した荷物じゃないね」
「はい、おおきに。
それと火鉢は無くても。
最近暖かくなりましたよって、うち煙草もしまへんし」
「番茶ぐらい入れるでしょ?火鉢も入れとくよ」
「そうですねぇ」
「じゃあ、清作、これ閂の鍵。おるりが使うって言ってた柿の木の家は開けたけど、隣の家は誰か入れるまでは閉めといたほうがええ」
「そうだな」
「住む奴が決まったら俺にそいつの顔を見せてくれ。
おるりが連れて来るのでもいいぜ」
「わかった」
「これから、よろしゅうおたのもうします」
「お、おお」
「?」
「おるりちゃんの綺麗な都ことばに戸惑ってるんじゃないか?」
「わかるわぁ。上品だものね」
「おおきに」
一度、福禄屋に戻って簪や櫛を鼈甲に戻し、懐剣を帯に差し込んだ瑠璃は、送ってくれるという清作に甘えて居候中の羽盛家に帰ってきた。
「すんまへんなぁ、御手間取らせてもろて」
「いやいや、瑠璃姫様が何のためにあの長屋を借りられたかは聞かないでおきますよ」
「そうどすな、片がついたらお話ししますさかい。もちろんお礼もさせてもらいますよって」
「礼なんてとんでもない。これからも母を宜しくお願いしますね」
「こちらこそですわ」
「それとこれは隣の家の鍵」
「へえ、おおきに」
「では、失礼します」
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