4【朝風呂】
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「お染さんおおきに。こんな朝早くからお風呂使わせてもろて。ようやく髪が大方乾いたわ」
髪を乾かす一時ほどずっと団扇を使ってくれてた女性に声をかける。
それまでも年は離れていても女性同士の会話は楽しくはずんでいた。
「なんの、瑠璃姫様。こちらへどうぞ」
藤岡百沙衛門はいまだ独身であるものの、本来は与力職であるので庭があって水回りの揃った屋敷を与えられていた。ちなみに大坂奉行の父と兄より先に所帯を持った弟もそれぞれ別の屋敷だ。
年に六十両の給金を与えられても、屋敷の管理やそれをする人を雇って使わせるようにという考えかもしれない。
独身侍の一人暮らし、たまに見習いの岡っ引きがふた月ほど住むだけなので、このお屋敷を管理しているのは、お染という老女中一人。
お染は江戸の良い所の商人の娘だったらしい。大奥で行儀見習いの後に大店の旦那と結婚したが、息子夫婦に代替わりをしたあとに夫に先立たれてしまった。が、隠居するのは嫌だと心機一転働きに出ることにしたらしい。そして、お嫁さんがやりやすいようにと姑業もやめてしまって、この大坂のお屋敷に住み込みで働いている。
お染は女性らしく噂話は好き。だけど、主の不利になるようなことは一切しないという信頼感がある。そして、瑠璃の事情もなんとなく分かってくれている。
そんな出来る老女中は百沙衛門の帰る時間に合わせて風呂を用意していたのだ。結局この家の主が使うわけではなく、お染や、下宿中の岡っ引きぐらいだが。
百沙衛門は不寝番明けで、もう自室で眠っている。
鏡の前で襦袢と裾除け姿で洗ったばかりの髪を鬢付け無しで結ってもらう。
「さすが、お染さん。手際ええなぁ」
「大奥の腰元でしたからね。まあ男性の髷は冬に夫や息子のを結うてましたから」
ささっと根分けをしてから一つでまとめ、馬の尾のように垂らす。これぐらいなら瑠璃一人でも出来るのだけど、させてくれと言われたのだ。
「せっかく大奥で身に着けたものも、ここの旦那さんは銭湯行って床屋に寄ってしまう。町民と同じ動きなんて、困ったものです」
「それは百様の大事な仕事でもあるやろからなあ」
町の人に混ざって、風呂屋に行ったり床屋に行ったりして町人から情報を集めたり、噂話を実際に聞くのも大事だろう。そして、そういう話を全部聞いている床山と会話するのも大坂の町のためにの仕事だ。
「瑠璃姫様、本当にこの地味な着物でいいのですか?」
「十分や」
「こっちの方が花柄で鮮やかですけど」
「そんなん着て道頓堀帰ったら、怖いからやめておくわ。遊女と思われそうで」
男の一人暮らしなのに、なぜ花柄の着物があるかというと、お染の趣味なのである。
心斎橋に軒を連ねる呉服屋には、お染の大奥時代の同僚だった人が大女将になっていて、売れ残りの反物を処分代わりに安く買わされる。それを、そのままよりはと、手の空いた時に仕立ててしまうそうな。
ただ同然でもらった反物はお金をかけて仕立てに出すのではなく、コツコツと自分で縫って、いざという時のためにしまい込んでいるそうな。
とはいっても、孫娘も瑠璃より年上になってしまっては、可愛い柄の着物の行き先がない。
「じゃあこれを持ってお帰りください。今朝着てた分は洗ってそこに干してますけどまだ乾いてないですから」
そういって風呂敷包みを渡される。
見れば番屋から連れられてきたトラ猫が眠る縁側には、見覚えのある男物が干されてある。とはいってそれも元はといえば百沙衛門のお下がりだったりする。
「それにしても今日は朝から大変だったようですね」
「せやねん。そうや、お染さんの友達の呉服屋の大女将はえびす屋のおりょんさんの事、なんか知らんやろか。あんな惨い目にあわなあかん原因とか」
「たしか、あそこの旦那さんは結構遊び人って言ってらしたような。婿養子って聞いてたから色々あるのかもしれませんね」
「なるほど」
「まあ、また何かあったら聞いておきますわ」
「無理に聞かんでもええよ。危ないさかい。
ほな、うちは帰るわ」
藍染の手拭いでふわりと頭を覆って、裏口から出ようとすると、
「俺も出るわ、お染」
百沙衛門が着流しに羽織、刀と脇差を指し、右手に十手を持っている。
「・・・旦那様が一緒に出るって分かってたら花柄の方の着物を着せたのに」
「「なぜ」」
同時に同じ返事をする二人にくすくすと笑いながら、
「時々、なかなか嫁さんをもらわない百沙衛門様は男色か?って耳に入るものだから。ここぞという時には女の子と歩いてほしいのよ」
「なるほど、いいな。着替えておいでよ」
「いや、うちはもう時間ないんよ。八坂屋の菫之丞に頼まれたものを、そろそろ仕上げなあかんねんって」
「あいつか。猶更一緒に行ってやる」
「ありがたいけど、百様は夕べ不寝番やったんちゃうんか?」
「番屋で寝たし、さっきも一時半は眠れた。瑠璃さんの方が寝不足でしょ」
「まあ、そうやけど。とにかくもう行くわ」
にゃあ
「あら、トラオも来るんか?」
にゃあ
「そんならしゃあないな。
お染さんおおきに」
「はーい」
藤岡の表札が掛かっている屋敷からは、長見を名乗っているので裏から出入りしている。 そして武家屋敷の裏口から表通りに出るまで、一緒に歩く。
くん
「あ、また!なにすんの」
百沙衛門はまた高い背を少しかがめて瑠璃の首筋に鼻を寄せていた。
「いや、風呂上がりのええ匂いやと思って」
「お染さんにちょっと借りた椿油の匂いやろ」
「それの匂いもするけどな」
「もー」
そうやって、百沙衛門が匂いを嗅いでくるから、町人みたいに十日に一回の洗髪は耐え切れず、しょっちゅう洗えるように公家の娘なのに腰のあたりで切りそろえ、鬢付けで固めた今風の洒落た髷が結えないのが少し不満な瑠璃だ。
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