参拾九【奥から表へ】
「な、なに?私が何をしたというのですか?」
「今から説明します。その前に軽くお縄にしますえ」
お灰の夕飯を給仕した翌朝早朝にはもう、瑠璃が動く。
大坂で十手を預かった時にいくつか縄をかける方法を稽古した。
でも、今は動きが鈍くなっているお灰が相手なので、後ろ手に手首と帯にぐるりと縄掛ける。
大奥のお灰を、御台所の女中の部屋から引っ張り出して、御年寄の蒼蓮院の執務をしている部屋に連れていく。
部屋には他に中年寄という、蒼蓮院の補佐をする初老の女が二人いた。
しかし、お灰の向かいに座って話しかけるのは瑠璃の役目だった。
瑠璃は懐から紫色の房が付いた十手を出す。
「うちは、公家の羽森家の三女で瑠璃といいます。普段は大坂の西町奉行で隠密の同心をしております」
ここに居る人は、大奥から出られないのだから、隠密とばれても差し支えは無い。
「大坂の・・・町かたの同心?」
「へえ」
「本来は、武家の人を捕まえるのはうちの仕事じゃないんですけど、お灰様のお家はお取り潰しになっておりますので、お灰様はお武家の人ではないです。今は」
「まあ、なのにあんなに偉そうに・・・」
中年寄の声が聞こえる。中年寄は上位の女中なのに、偉そうにされたのだろうか・・・。わざと聞こえるようにつぶやく。
それが聞こえたのか、青ざめるお灰。
「改易されたのご存知ですよね?」
「し、知っているわ。でも武士の位まで失ったとは教わってないわ」
「そうなんですか?」
瑠璃は蒼蓮院を振り返る。
「伝えましたよ?だから、あの部屋を明け渡しなさいと言っていたのです。理解していただけてなかったのですね」
「蒼蓮院様、京言葉風に遠回しに伝えたんちゃいますか?あれは、江戸から東の人には伝わりにくそうですえ」
「あ、そうかもしれへんわ。つい。京の都の人にはあの言い方の方がきついんやけど、分かって無かったら意味なかったな。御免なさいねお灰」
「まあ、お灰様が武士とか町人とかは、もはやどうでもいいことですねん」
瑠璃ははっきり言う。
「と言いますと?」
「お灰様が煙草や思って嗜んでいたものはご禁制の品で、阿芙蓉なんです」
「阿芙蓉?まさかそんな。あれは奥羽の煙草やって・・・」
「ほら、今、この部屋まで来るのもふらふらでしたやん。御台所は今はいらっしゃらなくてもその方の世話係なのに、自分のこともままならないなんて。
しかも、大奥は上様の御跡継ぎを望むための場所。そんな所でぷかぷかと煙草どころか阿芙蓉なんて・・・知らなかったとしても、これはお縄にする案件なんどす。むしろ、お手打ちになっても不思議ではありません」
「そ・・・そんな」
「お灰様にはこれから、江戸町奉行所に行ってもらいます。今は北ですやろか。そこでお裁きが行われるでしょう。ただ、町方ではあなたに阿芙蓉を送っていた、坂伊利直と言う人を人相書きも配って探しています。
お灰様、利直の居る場所を知りまへんか?最近何か荷物送ってきてまへんか?」
「・・・夕べも言ったけど、最近は音沙汰は・・・そういえば一月前になにか部屋に手紙が届いて・・・それ・・・どこに置いたのかしら」
「もういいわ、お灰。どのみちあんたはもうあの部屋には戻られへん」
ぶつぶつ言うお灰に蒼蓮院は今度はきっぱり言う。
「そ、そんな・・・」
「せめて、尼寺ですやろか」
「そうやな、じゃなければお灰はもう生きていけないやろ」
「ううぅ、いやよ。ここを出たくない」
「なら、大奥の座敷牢に一生入るか?」
またも、きっぱり言う蒼蓮院。
「ひぃぃ」
「お灰様。あとは、利直はんのもう少し詳しいことを教えてくれればあるいは、情けをもらえるかも知れまへんよ」
瑠璃の言葉にお灰は首を横に振る。
「利直とは、あの子が子供の時に会ったきりですもの。人相書きを見てもきっと彼かどうか私にはわからないぐらいでしょう。大老がいたころから時々手紙や物を送ってくるようになっただけで」
「そうですか」
彼女が長く滞在していた部屋を探す必要はある。
「他には利直はんからの阿芙蓉を通した、外からの荷物を見る係の女中が誰だったか調べる必要がありますね」
蒼蓮院の言葉ににっこり笑う。
「その名簿は、御右筆(文書係)はんの納戸から出てきましてん。もう年季が明けた方みたいで、名前と内容をもう少し女中はんに聞いてから、老中はんや町かたにお手配しますえ」
バタン
物音がしたと思ったら、お灰が座ったまま横に倒れて自分で両腕を抱えて震えている。
「どうしたんや、お灰。ちょっと!」
「阿芙蓉の怖いのはこれらしいですえ。寒くなったり、動けないほど怠くなったり、幻を見たりするそうどす。もうかなり吸ってるんやろ。二年前言うてはりましたしね」
「そんな」
「それより、このままにしておいても困りますね。お灰様をとりあえず外に出します」
「分かったわ。老中には、駕籠を手配してもらっているから」
「へえ、それで出しましょう。よいしょ」
瑠璃はそのままお灰を横抱きにする。
眠ったり気を失っているわけではないが、痙攣している。
「ちょ、瑠璃ちゃん重ないの?」
「へえ、七つ口あたりまでならいけますえ」
「じゃあ頼んだわ。あんたたち!」
「はい」
「瑠璃様こちらへ」
中老の女性が二人襖を開ける。
「あんたたち、瑠璃がお灰を外に連れて行きやすいように、手伝ってやって。まだ朝早いから他の娘はそんなに歩いてないでしょうけど」
「分かりました。瑠璃様こちらへ」
「へえ、おおきに」
つるつるに磨かれた大奥の廊下で、古参の女中を抱えて瑠璃が歩いていく。
そのまま、七つ口を出て、江戸城の表座敷に少し入ると羽盛義直が控えていた。
「瑠璃、代わるよ」
他に老中の家臣も居て、瑠璃用の草履をそこに置いてくれる。
「へえおおきに」
お灰を義直に頼んで、そのまま外に待っている塗り駕籠に一緒に行く。
町人の利用する駕籠より、四方がおおわれているので、江戸の町を行く人にも見られないので、奉行所に運ぶのにはちょうど良い。




