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25【大坂西町奉行の】

いつもお読みいただきありがとうございます!

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 後日、瑠璃は大坂西町奉行の藤岡重蔵の私邸に出向いていた。

 総髪を後ろで男衆の髷のように上の方で一つにまとめて垂らし、羽織袴に二本差しの出で立ちだ。

 大坂町奉行所は一つの奉行所を西と東の奉行で交代で使う。今は東奉行所の当番なので、西町奉行の重蔵は自分の屋敷の一つの座敷に二人の息子の与力と、そのうちの長男の下についている同心を呼んでいた。


「皆の者、西(うち)が当番じゃないときにすまぬの」

「いえ、お役目柄、休みは考えずと思っております」

 百沙衛門は代表して答えると、一同は頷く。


「して、瑠璃姫よ」

「お奉行様、瑠璃と呼び捨てでお願いします」

「うむ、瑠璃よ、火事を未然に防いでくれたことに対して、特別の俸禄の用意があるのでな」

「ありがたいことですが、まだえびす屋の女将が殺された事件が解決しておりませぬ」

「それはそれ、これはこれよ。

 だが、瑠璃。お前は頑張りすぎておらぬか?」

「毎日が充実しておりまして、つい体が動いてしまうのです。好奇心が人一倍多すぎるのかもしれませぬ」

「ははは、それは確かにそうだろう」

「「「ははは」」」

 みんなに笑われてばつが悪いのか、すこし項を搔いてしまう。

「しかし、お奉行様にお預かりしている十手が思いのほか仕事をしてくれまして。感謝いたします」

「うむ、ほどほどにな。

 お主は羽森様からお預かりしている大事な姫だ。本来はあのような物騒な長屋ではなく、きちんとしたお屋敷を与えてそこに居てほしいのだが」

「お気遣いありがとうございます。でもあの狭さが落ち着くのです」

 おや、俺が先日言った台詞と同じだ、と百沙衛門は一人だけほっこりしている。


「さて、捕らえた二人の侍はどうなった」

 重蔵は奉行の顔を取り戻しきりりと話し始める。

「は、大小曽川(おおこそがわ)福山下(ふくやました)は、奥羽にて跡継ぎに恵まれずに取り潰しにあった大名の家臣のそれぞれ嫡男で、他の家臣は江戸にて新しい奉公先を探しているらしいです。あの二人は紀州にて家臣への登用に挑んだのですが、叶わず大坂に流れてきたようです」

「ふむ。大坂に来ても大名はいないから、仕える先は無いのにのう」

 大坂町奉行も江戸幕府からの派遣で構成されている。

「はい、紀州も、その手前の岸和田も、農地を整備するような農夫は欲しておりますが、彼らは武士にこだわっていたのです」

「戦国の世じゃあるまいし、今の武士の仕事は我々のような役人しかないのにな」


「刀は錆びていても構わぬが算盤の出来る方が今は必要だからな。町人と変らぬかもしれぬ。ここだけの話だが」

 次男の東次郎が皆を代表して吐く言葉に皆で苦笑いする。

「江戸なら傘貼りの内職をする同心も居るようですが、こちらは雨も少ないですしね」

 同心らも話をする。

「道頓堀の茶屋には、武士崩れがやってる店もありますよ」

「仕えたところで碌が少ないなら、そちらの方が生活できるかもしれぬ」

「分かってても捨てられないのが武士という柵だな」


「どうした瑠璃?」

 思案顔で黙ってしまった瑠璃に百沙衛門が声をかける。

「あの二人だけ江戸ではなく紀州に来たのかが気になります。他の者たちと離れて行動していたのには、単に群れたくないということだけならいいのですが」

「そうだな、本人からと、稽古場で聞いた他の武士の話しか分からぬな」

「もしかして、もっと何か重大なことを抱えているやもしれませぬな」

「だからと言って、江戸まで行って奥羽から来た他の武士に事情を聴くのも難しい」


「・・・やはりそこは、江戸に出向いて聞くしかないやもしれぬ」

「はい」

「昨日、皆が調べてくれた事柄について、江戸でもお調べしたいと老中に早馬でお伺いを持たせたのだ。その返事の内容によっては、百沙衛門と、悪いが瑠璃も江戸に行ってほしい」

「「はっ」」

「江戸で手配する人相書きも瓦版屋に刷りまししてもらうから、持って行ってくれ」

「分かりました」


 藤岡重蔵の私邸を出て、百沙衛門の屋敷に二人で戻る。

 侍の格好なぞいつもの長屋で出来るわけはなく、もちろんこのお屋敷を借りて着替えたのだ。


 やはり、ちゃんとしたお屋敷を構えた方がいいのか。いつも百沙衛門やお染に甘えて着替えたり風呂を借りたりするのも、実のところ気が引ける。


「なあ、瑠璃。着替えたら話があるんだ」

「?分かりました」


 百沙衛門が居間で冷たい茶が入った切子の茶碗を透かして眺めていると、

「百様、お待たせしました」

 声がして、すっかり女子の装いになった瑠璃が入ってきた。

 今日は何時になく押しの強いお染に負けたのだと、真っ赤に染め抜かれた花柄の元禄袖を着て、緑色の美しい帯を締めてもらっている。


 その姿を眩しく思いながら、百沙衛門が手招きをして、下座に敷いている座布団に座らせる。百沙衛門も今は着流しでなく、父の屋敷から帰って一度着替えはしているが袴姿だ。

「どうしたん?あ、その切子の茶碗」

「ああ、天満で買ったお前のと揃いのだな」

「うちもいつも大事に使わせてもらってるんよ」

「そうだな、よしの屋にも持ってきてたな」

「ふふ、きれいやな。そうやって陽に透かして見るのがうちも楽しいんや」

「俺もついやってしまうよ。確かに奇麗だな瑠璃って」

「そうやな」


 百沙衛門は向かいに座った娘に近づいて、切子を持ってない方の手を、向かいに座った瑠璃の手に重ねてくる。

「こっちの瑠璃も奇麗なんだけど」

「へ?」

「初めて会った時から、そう思ってた」


「初めてって、初めて会うたときは、うちはお小姓の格好でしたえ?」

「そうだ。それも可愛かったよなぁ」

「いややわ、何を冗談言うてますの。

 そ、そうや、改まって話って何でしたん?」

「冗談ではないよ。この瑠璃姫が奇麗だって俺が思っているって話だよ」

「お、おおきに」


「ねえ、瑠璃」

「へえ」

「先日嵐山で、許嫁と縁を切ってきたんだろう?」

「はい、どうしてそれを?」

「お染に聞いたんだけど。それに父上も羽森様から聞いたそうだ」

「うっ」


「羽森の瑠璃姫には、俺は・・・藤岡百沙衛門は釣り合わないのだろうか?」

「そ、そんなことはおへんよ」

「じゃあ、どうか、俺と夫婦になってほしい」


「!」

「御免、あせって順番を間違えた」

「順番?」

「瑠璃が好きなんだよ。初めて会った時から」

 そうして、茶碗を傍らに置いて、瑠璃の両手を両手で握りしめに行く。


「も、百沙衛門様」

「ねえ、瑠璃姫様はどうなの?」


「うちは、この通りじゃじゃ馬で、料理も出来やしまへんえ」

「知ってるよ」

「そんな女が、藤岡様に嫁ぐなんて無理や」

「そうじゃない、瑠璃は俺の事を、どう思うんだ?」

「そ、それは・・・

 うちも・・・お慕いしております」

 百沙衛門の視線に耐え切れず下をみると、握られた手が見えて結局焦ってしまう。

「本当か!」

「せやなければ、お染はんがいるとはいえ、独身の百様のお屋敷に来ることはありまへんよ」

 観念してしまった。

「やった!」

 がばっ!

「も、百様ちょっと」

「すまん、もう我慢できなくて」

「もー、嫁ぐんは無理や言うてるのに」

 思わず抱き着いてきた百沙衛門の温かさを感じて、

 ゆっくりと落ち着きを取り戻す瑠璃だった。


「うちの嫁は家事なんて出来なくてもいいのだ。お染が居るからな」


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