2【くらわんか】
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嵐山から伏見の港まで一時ちょっと(二時間余り)でたどり着いた瑠璃は、小ぶりな十石船の席を確保してから、男物の着物の襟から汗だくの手ぬぐいをひっぱり出して、井戸水で濯いで絞り、顔や首の汗を拭いてもう一度濯いで固く絞って、男物の帯に引っ掛ける。
昼前に姫と呼ばれていた女性とは別人で、お使い帰りの丁稚にも見える。
「ぼうず、えらい汗だくやな」
「はは、嵐山から走ってきてん。あっつ」
「今から船に乗るんか?」
「道頓堀に帰らなあかんねん」
今から乗る船の船頭が、自分の荷物の隙間から団扇を出してきた。
ぱたぱたぱた
「ひゃあ、おっちゃんおおきに。涼し」
「せやけど、淀川の夜は寒なるで、川風もあるしな」
「ごんぼ汁の船が来たらもらおかな」
「あいつらは、絶対来よるわ」
伏見港から淀川を下る船は夜行だが、途中の枚方浜あたりで飲み食いを売りに来る船がやかましく近づいてくるのは知られたこと。
「ほならおっちゃん、先に寝とくから、ごんぼ汁の船が来ても寝とったら起こしてや」
「よっしゃ寝とき。せやけど風邪ひきなや」
「おおきに」
船頭は一番近くの少年にしか見えない客が風邪をひかぬようにと、きれいめな蓆を上からかぶせてやる。
しばらくして、減速する船から汁を啜る音があちこちから聞こえてきた。
もちろん、連れ持って乗ってきた客は握り飯を頬張りながら話もしている。
握り飯食らわんか~、牛蒡汁もあるよって~
酒いらんか~
隣の小舟ではさらに物売りをしようと声を張り上げる声が聞こえている。
ふーふーずるずる
「あったまるわ」
抱えた膝小僧の間に顔をのせて牛蒡汁を啜る。
「・・・それで、どうやったん?」
かがり火を背にしている船頭の顔は真っ暗だ。
「なにが」
船頭を見ると親指を立てている。
「うまくいったで」
もぐもぐ、あ、蒟蒻入ってるやん。おいし。
「じゃあ尾関の御曹司と縁切れたんやな」
「白拍子上がりの娘と引っ付いてくれはったわ」
「そりゃよかった。親方様も喜びはるわ」
「せやろか」
「まだまだ瑠璃姫はこれから活躍するんやから。奥に入ってしまうのはもったいないわ」
「ははは。確かにうちも、もうちょっと仕事やりたいんよ。面白くなってきたし。
このままじゃ修行した時間の方が長くて、意味ないやん?」
「せや。お瑠璃はよちよちしてた時からしごかれとったもんな」
「しごかれてても、期待されてるて分かりやすかったからしょうがないねん。とりあえず〈姫〉は廃業出来そうやな。
ほな、もうちょっと寝るからまた起こしてや」
「その空の器もらっとこか」
「おおきに」
羽森 瑠璃は、平安より昔から続く公家の羽森家の一族の三女。羽森家は奈良に都があった時から、帝の暗部として活躍していた古い家だというのは、今では雲の上の一部の人にしか知られていない。表向きは公家だが、身内には武士もいる。そして瑠璃は忍びと、ほかにかけ持ちがいくつかあった。
この船頭も一族の一人で、京の都と大坂の交通を担いながら、あらゆる情報を握っている。
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