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16【夜の捕り物】

いつもお読みいただきありがとうございます!

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 どっちに行ったんやろ。

 お座敷を出たものの、玉むしの姿が見えない。

「瑠璃ちゃんこっちや三つ目の角を北に行ったで」

「七兵衛はん分かったわ」


 座敷の暖簾の陰で岡っ引きが声をかける。

「気を付けや」と言いながら黒っぽい着物も貸してもらう

「おおきに」それを頭からスッポリ被って走る。後ろからは七兵衛もついてくるが、あっという間に引き離す。

「瑠璃ちゃん早すぎ!」


 だが教えてもらった道を行こうとしてちょっと考える。ここは浪速の街。碁盤の目のように道が整備されているので一つ手前で曲がって先回りする。ほかに人通りはない。


 いた、玉むしがすぐそこまで来ていて、その後ろに大小曽川(おおこそがわ)が追い付こうとしている。そしてその侍が刀を抜いて振りかぶる。


 シュッ、ドスッ


「ひゃあ」

 玉むしの叫び声だ。

 間に合わなかったか。


 駆け付けたところには、倒れこんでいる玉むしと大小曽川。

「玉むし姐さん、しっかり」

「ウウッお前は・・・」

 幸い、帯が邪魔になったのか、玉むしはかすり傷だ。

 逆に大小曽川の左膝に苦無が刺さっている。


「大小曽川殿、貴方はあんなにまじめに稽古していて、本当の武士に戻りたかったんじゃなかったんですか」

「稽古?何のことだ」


 バタバタと走ってくる複数人の足音。置いてきぼりを食らってた七兵衛が追い付いてきたうえに、同心姿の百沙衛門も走ってきた。

「玉むし姐さんしっかり!」

 かすり傷とは言え、もともとの肩の傷と阿芙蓉でやせ細った身には命取りになりかねない。

「瑠璃ちゃん、おいらが医者に連れていく」

「頼んだよ」

「あたし、お医者には」

「大丈夫だから、玉むし、素直に吐けば悪いようにはしないから」

 百沙衛門も優しく言って、とりあえず医者に連れて行ってもらう。


 玉むしを背負って、七兵衛が奉行所の方に走っていく。あちらに、百沙衛門たちが色々と利用している医者の家があるのだ。


「さて、大小曽川殿」

「・・・あなたは同心の格好をしているが与力の藤岡百沙衛門殿」

「いかにも」

「そっちの女は、くノ一か。この膝の苦無まさか、天満橋で」

「こちらの話はいらんよ、大小曽川殿」

「聞きたいことがあるので、ちょっと番屋に来てください」

「町奉行の与力が武士を連れていくことは出来んだろ」

「何を勘違いしてますか?まだお縄にしてないでしょ?

 それともお縄にされるような覚えがあるんですか?」

 百沙衛門が冷ややかに対応する。

「い、いや、そのようなことは決してござらぬ」

「しかし、その膝の手当てもしなくてはいけませんから、とにかくこちらへ」

「こんなのは、自分で手当てを」

 百沙衛門から離れたそうにしているが、瑠璃が退路を塞ぐように立っている。

「あかんで、放っておいたら、玉むし姐さんみたいになるで」

「膝なら歩けなくなるかもしれないなぁ」

 二人がかりで一人の侍を脅す。

「ひっ」


「それにね、町奉行は武士は裁けないですけどね、それは仕える先がある武士は裁けないですけどね、貴方は牢人なので、連れていけるんです」

「ほら、大小曽川殿、肩貸すから」

「こら、俺が連れていくから」


 こんな、侍崩れに自分を触らせるなよと思いながら大小曽川に肩を貸して番屋に行く。

 番屋にはもう一人、百沙衛門の部下の同心がいた。

「拙者がやりますよ」

「大丈夫大丈夫。

 さて大小曽川殿、この腰掛に座ってな。あと、悪いけど念のために、堪忍やで」

 と言いながら腰かけた大小曽川を後ろ手に縛っておく。ついでに胸のあたりにも縄を。

「な、なんで」

「あんた今、玉むし姐さんを切ったやん。だから縛られてるんやで」

「だが、お前は何の権限があって俺を縛るのだ」

「なにって、うちもこれ」

 と言って紫の房の十手を出す。

「え?同心?おまえも?」

「お前って、大小曽川殿、何度も手合わせした仲じゃないですか」

「え?え?」

「瑠璃、遊ぶのもほどほどにな。小まめが待ってるんでしょ?」

「せやったわ」

「何?瑠璃って、あの、羽森 瑠璃殿?そんな、たしかに小柄やと思ってたけど女子とは・・・」

「ははは、びっくりですよね。拙者も瑠璃殿と手合わせして勝ったことはないですよ」

 縄をかけられた侍と普通に会話をする同心。緩い番屋だ。


 瑠璃の方はというと勝手知ったるという感じで、番屋の中をちょろちょろと動いて、晒を持ってくる。

 横からは一度畳の奥に歩いて行った同心が、瓢箪の入れ物を瑠璃に渡している。


 膝から血が出てる侍の前にしゃがむ。

「ちょっと袴をめくるで。うわ、痛そうやな」

 自分で苦無を投げといて何をと思いながら、百沙衛門は黙って瑠璃の動きを見ている。

 百沙衛門からの視線は感じてないのか、黙々と作業を続ける。

「うわっ」

 瓢箪に入ってた、強い焼酎をかけられて、しみるのか思わずうめく。

「まあ、骨まではいってないな」

 続けて何やら油臭い紫の軟膏を塗られて晒を巻いて縛られる。

「よし終わり」

 きれいになった膝をポンと叩くと

「いてっ」

「ははは、堪忍。ほな、うちは小まめ姐さん拾って店の方に帰るわ」

「拙者が送りますよ」

「大丈夫、うちあんたより強いから!」

 そういって、借りっぱなしの黒っぽい着物を上からかぶって番屋を出ていく。


 どこまでもじゃじゃ馬になっていく姫を見送って、打ちひしがれた状態の牢人に向き直る。


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