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恋愛小説シリーズ

初夜のベッドイン直前に「君と閨を共にする気はない」と夫が言った理由の真相は、あまりにも有名でした

作者: 青帯


「あら。素敵なベッドだこと」


 離宮(りきゅう)の寝室に入った私は、豪奢ごうしゃなベッドを見て思わずうっとりした。


 天蓋てんがい付きで四隅からはカーテンが綺麗に結ばれた状態で垂らされている。


 そして、枕は二つ───。


「気に入ってくれたかい? ジャミラ」


 褐色かっしょくの肌のイケメン王子が照れ気味に言った。


「ええ。ハリード様。私たちが初夜を迎えるに相応ふさわしいねやですわ」


 そう。

 私ジャミラと夫ハリードは、まさに結婚初夜のベッドイン直前なのよね。


 順を追って説明すると───。


 まず、ここは乙女ゲーム『砂漠の国の恋心』の世界。


 世界観は少し異色で、アラブ風というか中東風というか、とにかく砂漠の国が舞台になっている。


 そのゲームの世界に私は転生してしまった。

 しかも、いわゆる悪役令嬢転生で───。


 ヒロインは砂漠の国の王宮に仕えている宮女。


 けれど私が転生したのはジャミラというヒロインのライバル的な悪役令嬢。


 舞踊ぶようの名家の娘で、セクシーな踊り子風のキャラクター。

 踊りだけでなく武術も、それに房中術ぼうちゅうじゅつという男を閨で骨抜きにする技術までマスターしている。


 ゲームのジャミラは攻略対象を誘惑してヒロインの邪魔をする。

 他にもさんざん意地悪をするばかりか、しまいには持ち前の武術でヒロインを殺そうとしたりもする。


 その報いを受けてジャミラは『ざまぁ』となるのだけれど、私はそうはならなかった。


 ヒロインに意地悪することも危害を加えることも避けて、破滅フラグが立たないように細心の注意を払ってきたから。


 しかもイチし攻略対象、砂漠の国の王子ハリードと運良く恋人になって結婚まで漕ぎつけることができた。


 ヒロインにとってはバッドエンドかもしれないけれど、ジャミラになった私にとっては最高のハッピーエンド。


 悪役令嬢転生できて良かったのかもしれないわね。


 転生前は凄く地味な社会人女性だったから、ジャミラみたいに男を誘惑するセクシー美女ってけっこう憧れてたし。


 これまでは誘惑じみた行動も破滅フラグにつながりかねないと思ってひかえてきたけれど、もう遠慮しなくていいわよね。


 結婚式を終えて、夫婦で初めての夜を過ごすためにこうやって離宮にやってきているんだもの。


 そして夫になったハリードはイケメンなのに純情なところが魅力的。


 よーし。

 思いっきり誘惑しちゃうわよ。


「この離宮にはわたくしたち二人きりですわね。しかも叫んでも聞こえないくらいに宮殿とは離れておりますわ」


「そ、そうだね」


「うふふ」


 ハリードがドキドキしているのが伝わってくるわ。

 可愛い。


 私はベッドの縁に腰掛けると、ハリードを手招きした。


「さあ。いらして」


「う、うん」


 ハリードが顔を赤くして緊張気味に近づいてきた。


 私はベッドに上半身を倒した。


「ほら。わたくしを好きになさっていいのよ」


 ハリードが真っ赤になってうつむいた。


 ふふ。やっぱり可愛いわ。

 ベッドに入らないで固まっちゃって。


「む、無理だよ」


 あらあら。


 私はクスリと笑って上半身を起こした。


「もう。怖がらなくても宜しくってよ。わたくしが教えて差し上げますわ」


 ジャミラのセクシーな誘惑に、ハリードはどこまで耐えられるのかしら?


「───君と閨を共にする気はない」


 はい?


「いや、だから。ジャミラ、君と閨を共にする気はない」


 それはいわゆる、君を愛することはない的な発言?


 でも大抵の場合、本当は愛しているのよね。


「そんなことを言っても逃がしませんわよ」


 私はベッドから立ち上がってハリードの両手を握った。


 ハリードは抵抗しようとしたけれど、ジャミラには武術の心得もあるのであっさりとベッドのすぐ手前まで引きずり込むことができた。


「だっ、駄目だよ」


「抵抗しても無駄ですわ。叫んでも宮殿までは聞こえませんし」


 そのまま二人でベッドに倒れ込んだ。


 密着状態で上になっているハリードの顔を両手で包んだ。


「こっ、殺される!」


「ええ。わたくしの愛と房中術で、あなたのみさおを殺して差し上げますわ」


 そう言って唇を合わせようとした瞬間───。


「はっ!? 殺気!?」


 私は攻撃の気配を感じ取り、ハリードを抱きながら横に転がった。


 その直後───。


 ザシュ!


 何とベッドの布団を貫通して刃物が突き出てきた。


「ひいっ」


 ハリードが悲鳴を上げた。


 刃物は直前まで私たちがいた位置を貫いている。

 

 羽毛が舞い上がる中、布団の下に刃物が消えた。


 私はハリードと二人で急いでベッドから降りた。


「ちっ。惜しかったな」


 ベッドの下から黒ずくめの男が這い出して来た。

 男の手にしている湾曲刀シャムシールが夜の闇にギラリと光っている。


何奴なにやつ!?」


 私が問い掛けると男の覆面が動いて笑ったのが分かった。


「ククク。俺はファティマに雇われた暗殺者アサシンよ」


「何ですって!?」


 ファティマはヒロインの名前だ。

 ヒロインが暗殺者を雇って差し向けてきた!?

 あいつのほうがよっぽど悪役令嬢じゃない!


 それはともかく───。


「ファティマはハリード様と結婚したわたくしのことを、殺したいほどに恨んで───」


「ファティマはお前のことも恨んでいるが、第一の標的はハリード王子だ」


 暗殺者がシャムシールをハリードに向けた。


「ぼ、僕!?」


「王子はファティマと婚前交渉を持ったのに婚約を破棄した。殺したくなるのも無理はなかろう」


「え、まあ、その」


 ちょ!?

 ハリードがファティマと婚約していた上に、それを破棄したですって!?

 しかも純情そうに見えて、とっくに───。


 そう思っていると、ハリードが私の背中の陰に隠れるように移動した。

 えっ? 普通、夫が妻を盾にする!?


「ジャミラ! 守れぇ! この曲者くせものから、僕を守るのだぁ!」


 しかも、この上なく情けないことを───。


 ───百年の恋も冷めるわ。


「ふん。二人まとめて切り裂いてやる!」


 だけどそれよりも、今はこの暗殺者をなんとかしなくちゃ。


 暗殺者が振り下ろしてきたシャムシールを───。


 パシッ!


「なっ!?」


真剣しんけん白刃しらはりですわ!」


 私は手に挟んだシャムシールを奪い取り、ハイキックを暗殺者の頭に叩き込んだ。


 暗殺者は声も立てずに床に崩れ落ちた。


◇◇◇◇◇


 それから宮殿から連れてきた衛兵に暗殺者を引き渡した。


 離宮は入念にチェックされて他に誰もいないことが確認された。


 衛兵たちが出て行って、再び私とハリードの二人きりになった。


「ベッドの下に刃物を持った男が潜んでいるのが見えたんだ。それであの暗殺者に気付いていないふりをしながらベッドを離れるために『君と閨を共にする気はない』と言ったんだよ。それなのに無理やりベッドに引きずり込むなんて」


「そ、そうでしたのね。ごめんなさい」


 新婚初夜ベッドイン拒絶の理由が、まさか『ベッドの下の男』だったなんて───。


 『ベッドの下の男』はあまりにも有名な都市伝説だ。


 部屋に入った二人組のうちの一人が、なぜか外に行こうと言い出す。

 もう一人が訳の分からないまましぶしぶ外に出ると、ベッドの下に刃物を持った男が潜んでいたことを告げられて仰天するというのが基本的なパターンだ。


「でも潜んでいた暗殺者はいなくなったし、ベッドの傷は一か所だけで大したことはなさそうだね」


 ハリードがベッドを見ながら言った。


「ファティマの処分はおいおい考えるとして───」


 ハリードが私に視線を移して微笑んだ。


「さあ。夫婦の儀式といこうか」


 待てい!

 そんな気、とっくに失せてるわよ!

 暗殺者が襲ってきたのだって、元を正せばあなたが悪いんでしょうが!


「当分の間は白い結婚でお願いしますわ」


 私は一人でベッドに入った。


「あなたと閨を共にする気はございませんの。このベッドはわたくし一人でせいせい使わせて頂きますわ」


 二つある枕のうちの片方をハリードにポイっと投げた。


 ハリードが枕を抱えて立ち尽くしている。


「あのー、じゃあ僕はどこで寝ればいいのかな?」


「ベッドの下にでも潜って寝たらいかが? 砂漠の国は夜も温かいからお風邪を召される心配は少ないでしょうし。おやすみなさい。ふわぁ」


 私は寝心地ねごこち最高のベッドで昼まで爆睡した。




最後まで読んで下さってありがとうございます!

初夜と都市伝説『ベッドの下の男』が合体できそうだとひらめいて書いてみました。

感想、評価★、ブクマ、リアクションなど頂けますと励みになります。

なにとぞよしなに。

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― 新着の感想 ―
 何かを間違えると、アメリカのホラー映画の「節度のないカップルの死亡フラグ」になりそうなお話ですが、主人公ジャミラの強いこと強いこと、あっさり返り討ちにする姿が爽快でした。  それから、ハリード王子の…
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