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白魔

作者: 星賀勇一郎






「間違いない……シロはこの辺りにいる……」


 シカリの言葉に一同はその真っ白な山を見渡す。

 暮れ始めた空を見てシカリは舌打ちした。

 シカリとはマタギの頭領の事で、山でのシカリの命令は絶対だった。


「もう日が暮れる。山小屋まで引き返すぞ」


 シカリはそう言うと火縄銃を肩に担ぎ、雪の上をサクサクと音を立てて歩き始めた。


「晋作……」


 雪の上にへたり込んでいた俺は手を差し出してくれた勇太の手を掴み立ち上がった。

 シカリの歩いた後を歩くが、かんじきに着いた雪が重く、皆、足を引き摺る様に歩いていた。


 シカリが小屋の戸を開けると、六人全員が転がり込む様に小屋に入る。

 そしてかんじきを外すと、戸の傍にいる俺にそれを渡す。

 俺はそのかんじきの雪を叩いて落とすと張られた麻の紐に吊るした。


 俺は背中に背負ったタエコを下ろして小屋の隅に座る。

 タエコとは太鼓の事で、マタギが動物を追い込む時に叩く。


 小屋の真ん中には囲炉裏があり、燻っていた火種にシカリが小枝を放り込んで、その火を再び燃やした。


「今日は兎と狸か……」


 シカリは煙管に小枝で火をつけると煙を吐きながら言う。


「ああ、猪と鹿は逃してしまったからな……」


 惣兵衛はズンベを脱ぎながら歯を見せた。

 ズンベとは藁で出来た履物で、冬の山に入るにはこれが欠かせない。


 シカリは頷くと、吾平に、


「今日は狸をばらせ……。狸汁でも食おう……」


 そう言ってズンベを脱いだ。


「しかし、シロは何処に隠れているんだ……」


 和馬が全員の火縄銃を受取り壁に立てかけた。


 シロ……。

 今年も俺たちはそのシロを追っている。


「瀧谷の衆が四人、シロにやられたと言っている……間違いなくこの山にいる……」


「神沼の衆もやられた……。どちらも今年は猟に出れんだろうな……」


 囲炉裏を囲んでシロにやられたマタギの話をしている。


「俺は狸をばらしてくる……」


 吾平は立ち上がって、大きな鍋と和馬が獲った狸のしっぽを掴んで外へと出て行った。


「今年で四年目だな……シロの奴にやられるのは……」


 シカリはゆっくりと煙管を吹かした。


「ああ……」


 惣兵衛は俺を見た。


「晋作が居てくれるから六人で山に入れるが、うちもシロに二人やられてるからな……」


 入口の戸が開き、吾平が顔を覗かせた。


「晋作、すまんがそこの大根と牛蒡を取ってくれ……」


 俺は立ち上がって小屋の隅に積まれた野菜から大根と牛蒡を取り吾平に渡した。


「手伝おうか……」


 俺は吾平に言う。

 吾平はニッコリと微笑むと、


「いいよ、飯の番は俺の役目だ。ゆっくり休んでろ……」


 そう言うと戸を閉めた。


「シロには、もう二十人近くやられてるって事になるな……」


 勇太が酒瓶を下げて囲炉裏端に座る。

 そして欠けた湯呑を並べ、酒を注いでいく。


「晋作……。お前も飲むか……」


 俺は頷くと囲炉裏の傍に座った。


 シカリが酒に口を付けるのを待って、俺たちもその白く濁った酒を飲んだ。


 シロとは真っ白な熊の事で、この数年、山に出る。

 大勢のマタギたちがそのシロにやられて命を落としていた。

 それどころかシロは山を下りて田畑を荒らすばかりか、村の人間まで襲う始末だ。

 俺たちはそのシロを撃つために雪山に入っている。


 もう山に入ってひと月程経つが、いまだに俺たちはシロを見ていない。

 その間に山向こうの瀧谷の衆と神沼の衆がやられたという。


「もう鉛の弾を何発も食らっているんだ。たとえシロと言えども五体満足には動けんだろうよ……」


 シカリは酒瓶を取ると、自分の湯呑に酒を注いだ。


「俺たちが仕留めてやるさ……」


 並々と注いだ酒を口で迎えに行く。

 そして顔をしかめて酒を飲んだ。


「勇太。すまん。鍋を火にかけてくれ……」


 戸が開き、吾平が言う。

 勇太は立ち上がって吾平の手から鍋を受取り、囲炉裏の上に鍋を掛けた。


「立派な狸だ……。皮も綺麗に剥いだ。表に干しておくよ……」


 吾平は小屋の外に狸の皮を吊るした。

 その皮はすぐに凍り、凍ったところで皮についた肉を剥がしていく。


 吾平は狸の肉の入った鍋に酒を注ぎ、切った野菜を放り込む。

 そして鍋の中央に味噌を入れる。


 その鍋に箸を入れて火が通りやすい様にシカリが具材を均す。


「勇太、晋作……。お前たちも明日からは熊槍を持って出ろ……」


 俺と勇太は顔を見合わせて頷いた。






 シカリと惣兵衛、吾平、和馬は鉄砲衆と呼ばれ、鉄砲で獲物を仕留める役で、俺と勇太は追込み衆と呼ばれる、音を鳴らして獲物を追い込む役だ。

 俺はタエコ、勇太は鐘を鳴らして獲物を追う。


 今日からはその背中に熊槍と呼ばれる槍を背負い、獲物が目の前に来たらその槍を突き立てる。

 使った事は今まで一度もない。


「おい、晋作」


 シカリが何かを見つけたのか俺を呼んだ。

 俺は走ってシカリの傍まで行く。


「見てみろ……」


 シカリは雪の上に残る足跡を指差した。

 それは大きな熊の足跡だった。


「シカリ……」


 シカリは俺に頷いた。


「間違いない……シロだ……」


 息を殺してシカリは言った。


 足跡を辿り、獲物の気配を探しに行くのも俺たち追込み衆の仕事で、鉄砲衆より先にその足跡を辿って山の奥に入って行く。

 俺は勇太を呼び、二人でその足跡を辿った。


「晋作……」


 勇太が背中を杉の木に着けて周囲を見渡した。

 杉の林の中は思った程雪が無く、シロの足跡はわからなくなった。


「シロは頭も良い。俺たちに感付かれない様に足跡が残らない方向へ向かったのかもしれない……」


 俺は目を凝らしながらその暗い杉の林の中を見た。

 シロの身体は真っ白で、雪の上だと見つけにくい。

 だが、暗い林の中なら普通の熊よりも目立つ。


「この先に惣兵衛が仕掛けた餌がある……。そこまで行ってみよう……」


 勇作は無言で頷いた。

 ジリジリと足音立てない様にその林の中を歩く。


「気が付くとシロが後ろにいたなんて言ってる奴もいたな……。気配を消す事も出来るんだろうな……」


 勇作は背中の熊槍に手を掛けて俺の後ろを着いて来る。


「ヤツは化け物だ……」


 俺は惣兵衛の吊した餌を見つけた。

 仕留めた鹿の肉を数か所の木の枝からぶら下げて、足元には罠を仕掛けていた。


「罠に気を付けろよ……」


 俺は勇太に言うと惣兵衛の仕掛けた餌が全部食われている事を確認した。


「間違いない……。シロの仕業だ」


 勇太も鹿肉を仕掛けた縄を見て頷く。


「シカリのところに戻ろう……」


 俺と勇太は小走りに林を抜けて雪原で待つシカリ達のところへ戻った。


「どうだ……気配はないか……」


 走って戻った俺たちの傍に他の四人が集まって来た。


「気配はないが、惣兵衛の仕掛けた鹿肉は全部やられている。あの高さに仕掛けた肉を食らえるのはシロだけだろう……」


 俺は竹筒の白湯を飲み、白い息を吐いた。


「林の中は思った程雪が無くて、足跡が追えない……」


 シカリはじっとその林の奥を見つめた。


「こっちはシロを見つける事は出来んが……、シロは俺たちを見つけている……」


 シカリは静かにそう言った。

 マタギを四十年以上やっているシカリの勘は鋭かった。


「ヤツは俺たちの小屋さえも知ってる筈だ……」


 雪原に音は無い。

 すべての雑音を雪が吸収していくからだ。

 俺は耳を凝らした。

 林の中の小枝を踏む音さえも聞こえてくる筈だ。


 シカリは息を吐くと俺の肩を叩いた。


「今日は戻ろう……。これ以上行くと日が暮れてしまう」


 俺たちは頷き、シカリの後ろを歩いて小屋に戻った。


 今日は木の皮を食べていた猪を二頭仕留めていた。

 小屋に戻ると、仕留めた猪に手を合わせて供養した。


「今日は猪鍋だな……」


 吾平は仕留めた猪を一頭外に引っ張り出す。


「勇太……。皮を剥ぐの手伝ってくれ……」


 吾平は鉈と包丁を手に小屋の中を覗き込んで言う。

 勇太は腰を上げると外へ出て行った。


 シカリは戸を薄く開けると空を見た。


「今晩は降るな……」


 惣兵衛も囲炉裏に小枝をくべながら、空を見た。


「明日は吹雪だな……」


 吹雪になると視界が極端に狭まる。

 シロを追うには絶対的に不利な状況だ。


 和馬が鉄砲を壁に立てかけて、酒瓶をもって囲炉裏端に座った。


「明日、狩りに出れない様なら鉄砲の整備しますよ。惣兵衛の鉄砲、少し右に逸れてるでしょう」


 惣兵衛は酒を湯呑に注ぎながらニヤリと笑った。


「それも愛嬌なんだがな……」


 そう言って一気に酒を飲んだ。


 戸が開き、勇太が覗き込んだ。


「晋作、そこの藁取ってくれ……。猪の肉を雪の中に埋めておく」


 俺は立ち上がって部屋の隅に置いてある藁の束を勇太に渡した。


 もちろん六人で猪一頭分の肉など食えるはずもなく、小分けにして藁で包み、雪の中に埋めて保存する。

 何重にも藁で包む事で肉が凍る事も無い。

 それでも雪が溶け出す頃まで保存できる。

 これもマタギの知恵だった。


 マタギはその殆どが山で獲った肉を食う。

 魚を食ったりもするが、ごく稀である。


 シカリは煙管を咥えて火のついた小枝をその先に着ける。

 そして何度か吸うと煙を吐く。


「しかし、シロの足跡からして普通の熊の五割増しっていったところだな……」


「ああ、見た奴も言ってたよ。まるで雪崩にでも遭ったかと思う程だって」


 惣兵衛は酒を口にして顔をしかめた。


「本当に熊なんだろうな……。俺たちの知らねぇ化けモンじゃないだろうな……」


 和馬は鉄砲を磨きながらそう言うと笑った。


 俺もそれを聞いて笑う。


「シロさえ仕留めれば、この冬はもう山を下りても構わん。とにかくシロをやるのは俺たちだ……」


 シカリは惣兵衛が注いだ酒を口で迎えに行った。


「シロに襲われた鹿や猪の亡骸を見ても、ヤツは冬眠するつもりもなさそうだ……。早いとこ仕留めて、正月から向こう、春になるまではのんびり過ごそうや……」


 シカリは伸びた髭を触りながら酒を飲んだ。


 吾平と勇太が小屋に戻って来た。


「こりゃ脂が乗ってて旨そうだぞ……」


 鉄鍋を下げて入ってくる吾平が言う。

 その鉄鍋を囲炉裏の上に下げた。

 シカリは小屋の端に積んである炭に手を伸ばして、数本取ると囲炉裏の中にくべた。


「おお、本当だな……。そりゃシロも猪を好んで襲う訳だ……」


 惣兵衛は声を上げて笑った。


 薄暗くなってきた小屋の中に、和馬は菜種油の行燈に火を灯す。

 それで狭い小屋は十分に明るくなった。


「これで鍋も良く見える。闇鍋食わされるところだった」


 惣兵衛は箸で鍋の中を探りながら言う。


「心配すんな。下駄や褌は入れてないから」


 吾平は煮え始めた鍋に味噌を入れながら言った。

 それで笑いが起こった。






 その日は飯を食った後から小屋の壁は吹雪でガタガタと騒ぎ始める。


「こりゃ、本気で荒れそうな感じだな……」


 俺たちは横になり、薄い布団を掛けて寒さを凌ぐ。

 薄い布団でもあるだけで感じる寒さは違った。


「ちょっと小便……」


 和馬が起きてズンベを履いた。


「小便も凍るかもな……」


 そう言いながら小屋の戸を開けて外に出て行った。

 少し開いた戸の隙間から雪が舞い込んでくる。

 それでまた小屋の中の温度が下がった気がした。


 俺は布団に包まりじっと動かずに耳を澄ました。

 ガタガタとなる小屋の壁と隙間風の音。

 そして木々の間を抜ける尖った風の音が耳に着く。


「和馬……。アイツは飲み過ぎだ……小便も長い」


 惣兵衛はそう言って笑った。


 俺は妙な音に気付き身体を起こした。


「シカリ……」


 俺は立ち上がると戸口の方へと歩く。


 その時だった。

 大きな音を立てて戸板を何かが破った。

 それと同時に和馬の呻き声が聞こえた。


「うぅぅ……」


 そして今度は戸板を破る様に和馬の頭がめり込んできた。


「和馬……」


 俺は声にならない言葉を発した。


「晋作、心張をしろ」


 シカリは声を上げ、俺に戸を支える心張をはめろと言う。

 俺は咄嗟に立てかけてあった心張棒を戸にはめた。

 みんながズンベを履き、鉄砲を手にした。


「間違いない。シロだ。この小屋の周りにいる」


 シカリは鉄砲を構えた


 俺も熊槍を取り、ズンベを履く。

 そして既に息絶えている和馬の顔を見た。

 破られた戸板の隙間から吹雪の吹き付ける暗闇が見える。


「畜生……。上手く気配を消しやがる……」


 惣兵衛が声を上げた。


「静かに……」


 俺はそう言って耳を澄ます。

 小屋の周りを歩き回っているようだった。

 小屋の壁に手を突く。

 その度に小屋がミシミシと音を立てる。


「クソが……」


 吾平がそう言った。

 その瞬間、吾平の後ろの壁が破られ吾平を薙ぎ倒した。


「吾平」


 シカリが倒された吾平の身体を引き摺る様に自分の近くに寄せた。

 背中から大量の血が溢れ出ていた。


「クソったれが」


 惣兵衛は鉄砲を構えてその壁に向かい打ち込んだ。


 そして静寂が漂う。


「やったか……」


 惣兵衛は吾平がやられた壁の破れた部分から外を覗く様に近付く。


 そしてそっと外を覗いた時に、シロの手がその隙間から入って来た。

 その雄叫びのような声が周囲に響く。

 惣兵衛は床を後ずさるように逃げた。

 そのシロにシカリが鉄砲を撃つ。

 その弾はシロの目に当たった。

 俺は咄嗟に手に持った熊槍をシロの喉元めがけて突いた。


 シロは大声を上げて暴れると小屋の壁を破壊して、逃げて行った。

 シカリと惣兵衛はその壁の破れた部分から外に出て、逃げるシロに数発、発砲した。


 俺と勇太は破壊された小屋の中で呆然と立ち尽くしていた。


 これがシロか……。


「逃がしちまった……」


 惣兵衛が戻って来た。


「吾平……」


 俺は背中をやられた吾平の身体に触れた。

 しかし既に息はしていなかった。


「畜生……」


「晋作、松明を準備しろ……」


 シカリは鉄砲に弾を込めながら言う。


「シカリ……。正気ですか……」


 シカリはニヤリと笑った。


「ヤツは血を流している。それを辿ればヤツのねぐらはわかる。それにかなり堪えてる筈だ……」


 そう言うと立ち上がる。


「ヤツをやるなら今しかない……」


「晋作の熊槍が刺さったままだった。あの一撃は堪えてるだろうな……」


 惣兵衛も鉄砲に弾を込めた。


 俺は数本の松明を菜種油の壺に浸けて、囲炉裏に残る火をつけた。

 シカリと惣兵衛はそれを受け取ると吹雪の中に出て行った。


「晋作」


 勇太は床に転がった火縄銃を俺に投げる。

 そして俺は背中に熊槍を背負い、小屋の中を振り返った。

 横たわる和馬と吾平の亡骸が吹き込む吹雪に晒されていた。

 傍にあった薦を引き寄せて二人の亡骸に掛け、手を合わせた。


 小屋の外から俺を呼ぶ声がした。

 俺は返事をして外に出た。






 シカリを追って雪原まで出た。

 雪原にもシロの血が線を引くように残っていた。

 シロの足跡と血痕は雪原を横切る様に続いている。


「早くしねぇと吹雪に消されちまうぞ」


 惣兵衛は膝まで埋まる雪の上を歩いて行く。

 シカリは俺と勇太を見て微笑んだ。


「大丈夫か……」


 俺と勇太が頷くとシカリも瞬きをしながら頷いた。


「何故マタギは名前を呼び捨てで呼ぶか知ってるか……」


 俺は勇太と顔を見合わせて首を横に振った。


「晋作さん、勇太さんなんて呼んでると、その分、危険を知らせるのが遅れるからだ。守ってやれなかったのは仲間の落ち度だ。村に帰ったらあの二人の弔いは、俺が責任を持って取り仕切る……」


 シカリはそう言うと俺と勇太の肩を叩いた。


「今は和馬と吾平の敵を討つ……」


 そう言って歯を見せるとシカリも惣兵衛の後を歩いて行く。

 俺と勇太もシカリの後に続いた。


 横殴りの吹雪は身体に張り付き、四人の白い息だけが雪原に同じ間隔で流れている。


「待ってろよ……シロ……」


 先頭を歩く惣兵衛はニヤニヤと笑いながら雪の中を歩いて行った。

 少し前を歩く惣兵衛の姿さえも吹雪で見え辛く、俺たちは必死にその後を追った。


 林の切れ目を曲がると、そこには大きな岩の壁がそそり立っていた。

 そしてその壁に寄りかかる様にぐったりと座るシロの姿が見えた。


「シロ……」


 惣兵衛はそう呟いて立ち尽くす。


「やったか……」


 シカリは鋭い目つきでシロを見ていた。


「やったぞ……。とうとうシロをやったぞ」


 惣兵衛は壁に寄りかかって死んでいるシロへと近付いて行く。


 俺は目を閉じて耳を澄ました。

 そして目を開けるとシロをじっと見つめた。

 シロの口からは白い息が漏れていた。


「惣兵衛。危ない、ヤツはまだ生きている」


 俺は惣兵衛に叫んだ。

 しかし、その俺の叫びは遅かった。

 惣兵衛は立ち上がったシロに弾き飛ばされ、深い雪の中に落ちた。

 その瞬間、シカリはシロに鉄砲を放った。

 その弾はシロの胸に当たり、鮮血がほとばしった。


「勇太、銃を貸せ」


 シカリはそう言うと勇太の銃を引っ手繰り、またシロへと弾を放つ。

 その弾もまたシロの胸に当たった。


「シカリ」


 俺はシカリへ銃を投げた。

 シカリはすぐにそれを構えてまたシロへと銃を撃った。

 その弾もシロの胸に当たったが、立ったままシロは動じなかった。


 俺はシカリの捨てた鉄砲に弾を込めて、シカリに渡した。


「なんてヤツだ……。これだけ食らってもまだ立ってやがる……」


 シカリは何発もシロに鉄砲を放つ。

 その弾はすべてシロの身体に当たり、その度に鮮血が白い雪を染めて行った。


 シロの喉元に刺さったままの熊槍の柄を伝い血が流れ出している。

 その血からは不気味に白い湯気が立ち上る。


 シロは何度も雄叫びを上げるとゆっくりと俺たちの方へと歩き出した。


「まだ動けるのかよ……」


 シカリはゆっくりと後ずさりながら鉄砲を撃った。

 雪に足を取られながら放つ弾はシロの腕を掠めた。


 シロは熊槍の柄先で雪の上に線を引く様に歩いて来る。

 その白い身体には幾つもの赤い傷口が見える。


「ヤツは不死身か……」


 シカリがそう呟いて次の鉄砲を俺から受け取った瞬間だった。

 シロはシカリ目がけて、その巨体で走って来た。

 俺は勇太の身体を押し飛ばす様にして雪の上に転がった。


 シロは鋭い爪の光る両手でシカリの首元を掴み持ち上げた。


「シカリ」


 勇太は俺の背中に挿してある熊槍を手に取って、シロの胸に突き立てた。

 しかし、シロはその勇太の頭を鋭い爪で払い飛ばす。

 勇太の頭は人形のそれの様にグラグラと揺れて雪の上に飛ばされた。


「勇太」


 俺は勇太の身体が一瞬震え、力が抜ける瞬間を見た。


「勇太……」


 シカリの身体を片手で持ち上げたままのシロを見た。


「晋作……撃て……」


 シカリは苦しそうに悶えながら俺に言う。


 俺は手に持った銃を構えた。

 そしてシロの頭を狙う。

 しかしそのシロの頭にシカリの身体が被る。


「俺に構うな……。さっさと撃て……」


 首元と心臓に槍を突き立てたままシロはシカリの身体を持ち上げ、今にもシカリの首をへし折りそうだった。


「晋作。撃て」


 シカリは最後の力を振り絞る様に叫んだ。


 それと同時に俺はシロに銃を放った。


 吹雪く雪原にその銃声が響いた。

 銃口からゆっくりと火薬臭い煙が立ち上って風に流されて行く。


 俺はシロを見た。

 俺の放った弾はシロの眉間に命中していた。

 シロは俺を睨む様に見ながら、その巨体を後ろに倒して行った。


 シカリの身体はその瞬間に投げ出され、雪の上に落ちた。


「シカリ」


 俺は鉄砲を投げ出すと、雪に落ちたシカリの傍に駆け寄った。


 シカリは首元を真っ赤に染めていたモノの、それを手で押さえるとゆっくりと立ち上がった。

 俺はそのシカリに手を貸し、倒れたシロの前に立った。


「やったな……」


 シカリは俺の背中を叩く。

 俺は無言で頷いた。






 俺はシカリを背負い、雪原を歩いていた。


 東の空が明るくなり、吹雪も弱まって来た。


 シロに弾き飛ばされた惣兵衛も勇太も首の骨が折れて死んでいた。

 シカリと俺が生き残ったのは奇跡に近いモノだった。

 

 シカリの怪我の治療を先にする事にして、俺はシカリを背負ったまま山を下りる事にした。

 シロの亡骸と惣兵衛、勇太の亡骸を並べて置くと、それに雪を被せ、村の者たちと後で迎えに来ることにした。


「晋作……。お前、よくシロの眉間に当てたな……」


 背中のシカリは笑っていた。


「シロが言ったんだ……。眉間を狙ってくれって……」


 シカリは肩を揺すって笑うと、


「そうか……。お前もシロの声を聞いたか……」


 そう言った。


 尖った朝日の光が俺とシカリの目を刺す。

 俺は手を翳してその朝日を見た。


「さあ、シカリ……。一気に山を下りるぞ」








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