"E"raser ~イレイサー:ゴーレムに死を賜う者~
習作がてらの短編です。宜しければお読みください。
私は、貴方の僕です。
貴方に付き従い、逆らうことなき、僕です。
だから、私に命令を下さい。
私は、須らくを、執り行います。
貴方の喜びのために。
だから、私に命令を下さい。
私は、永久に働き続けます。
この胸に"不死"を刻む限り。
だから、私に命令を下さい。
私は、何も要りません。
報酬も、食べ物も、賞賛すらも。
ただ一つ、貴方の命令だけを、私に下さい。
私は貴方の僕です。
私に命令を下さい。
私に命令を下さい。
私の存在を、定義して下さい。
遠い、遠い昔に、消えてしまった、
親愛なる、ご主人様。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ざくり、ざくり、ざくり。
女が1人、雪山を歩いていた。サングラスを掛け、鼻の上までスカーフで隠されているので、人相を伺い知ることは出来ない。ただ、青い髪をしていた。
背中には大きなリュックサックを背負っており、中身がぎっしりと詰まっているのか、随分と膨れ上がっている。手には長いピッケルを握り、杖代わりに地面へ付いて歩いている。その曲がった"爪"の部分は鋭く尖っており、凍りついた斜面へ、容易に突き刺さっていた。
ざくり、ざくり、ざくり。
女は歩き続ける。天気は良好で、雲一つない青空に、太陽が浮かんでいた。周囲は木が所々生えている以外、あたり一面が雪に覆われている。
ざくり、ざくり……、ざく。
女が立ち止まり、さっと身を引くと同時に、ピッケルの持つ場所を付け根の方へと変えた。次の瞬間、女の足元が一気に盛り上がり、"何か"が立ち上がる。
どさどさと身体から雪を落としながら立ち上がったのは、3mを超す巨大な生き物。灰色と茶色が混ざったような色の、全身がゴツゴツとした岩の身体をしていた。腕は丸太よりも太く、指1本1本が人の腕と同じ太さをしている。真ん丸な二つの目は、黄色く光っていた。
ゴーレム――。"泥土の従者"と呼ばれる生き物が、そこには居た。
「よよ、ようこそ、いら、いっしゃいませ? ご、御客人」
ゴーレムが会釈をすると、頭に残っていた雪が、パサパサと落ち、足元へと積もっていった。女は依然として黙ったままで、ゴーレムをじっと見据えていた。
「ご主人様のとろこへ、ごあ、ご案な、します。お飲み物は、何をしますか?」
女は答えない。
「じゅじゅじゅ、ジュースですね。しぼったての、果物のジュースを、おももちますね?」
ゴーレムが女へと手を伸ばす。女は素早くゴーレムの懐へと飛び込むと、ピッケルを振り下ろし、ゴーレムの足へと突き付けた。
「お客……様っ! な、なぬして」
女は答えない。ゴーレムは手を振り回して、抵抗するが、どんどん足を砕いていく。女の付けていたサングラスが、ゴーレムの手に当たって飛ばされた。
「こ、以じょは……反げっ、を!!」
足が元々の三分のニくらいにまで削れたのを確認すると、女はそれを力一杯蹴飛ばした。足が音を立てて崩れ、ゴーレムはたまらず巨体を転がした。女はすぐさま、胸へとピッケルを振り下ろしていく。
半ば凍りついた泥の身体から、赤色に光る物体が見えてきた。
女は懐から、青色の液体が入った、太い針の注射器を取り出した。
「やめ……!!」
か細い声で哀願するゴーレム。女は何も答えない。
ただ、黙ったまま、ゴーレムの"核"に注射器を差して、液体を注ぎ込んだ。
赤色の光が弱くなっていき、ゴーレムの身体と声が震える。泥と土で固められた身体が、どろどろと溶け出していく。
「あ……っ、あああ……っ」
女がピッケルを払うと、先端についた泥が跳ねた。
そして、サングラスを雪の無い地面から拾い上げた。
そこは、先程ゴーレムが立ち上がった場所で、幾つも骨が転がっている。動物のものと、そうでないものとが、大量に。
「……ご主人……様……ごめ……な……い。ご…め……さ……。」
ゴーレムの身体はほとんど土へと還ってしまい、頭だけが形を残すばかりだ。
女は何も言わない。サングラスが壊れたことに気づくと、地面へと放り投げ、再び雪山を歩き始めた。
その瞳は、黄色く光っていた、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
かつて、大きな海の真ん中に、とても高度な魔法技術を持った大陸が存在していた。その大陸に住む人々は、魔法で様々な物を創り出して、自分たちの生活を豊かにしていった。
空を飛ぶ馬車や、遠く離れた場所を見る鏡、瀕死の重傷を一瞬で治せる薬……、今では夢物語と思えてしまうような物でさえ、そこでは当然に存在していた。
そうして、あらゆるものを研究し尽くして、とうとう生み出した。"永遠"の動力で働き続ける、"不死"の従者を。
金属やプラスチックの身体では、動力を上手く伝えることが出来ず、土塊の身体となったが、それでも従者は人々の代わりに働き、その数はどんどん増えていった。
このまま、繁栄が続くかと思われた矢先、その大陸はあっさりと滅んでしまった。
始まりはゴーレムに仕事を奪われた人達が起こした、小さな暴動だった。それが政治的に利用され、やがて大陸を二分するような、大きな戦争へと発展していった。
その戦争には当然、ゴーレムも使われた。人に従い、人を守るために、人を殺した。
戦争は終わることなく、互いに破壊力の高い武器を持ち出して、大陸全てを火の海へと変えていった。
戦うだけの余力も、戦って得られるものも失われたころ、ようやく戦争は終わった。しかし、そのときには全てが遅かった。建物は破壊され、土地は汚染され尽くし、水も食料も残っていなかった。
生き残ったわずかな人々は、別の土地へと逃げ、彼らを主人とする幸運なゴーレムは、それに付いて行った。
残りの何万、何十万体というゴーレムは、大陸に残り続けた。――何百年、何千年と時が過ぎても、ずっと、ずっと。"ご主人様"からの命令を待ち続けて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
前の"ご主人様"は技術者だった。先祖が大陸に暮らしていたので、自分も行きたいと言っていた。だから、土地の汚染量が基準値以下になり、大陸への立ち入りが許可されたときには、大喜びしていた。
娘はまだ幼いから私に世話を任せると、いざ自分に何かあったときには、その子を新しい"ご主人様"とするようにと、指示を下さり、家を出て行った。
そして、もう二度と、その"ご主人様"とは会えなかった。
入植者たちが大陸に着いたとき、そこでは大量のゴーレム達が動いていた。数千年の時を過ぎても、"永遠"のエネルギーと"不死"の身体は残り続けていたのだ。
それ自体は、ある程度予想されていたし、主人が居ないゴーレムなど、ただの置物でしかなく、問題ないと考えられていた。
けれど、それは間違いだった。上陸した人々を見つけた瞬間、ゴーレムはひとりでに動き出して、人々を襲い始めたのだ。念のために連れてきた護衛用のロボットは易々と壊され、多くの人が殺されてしまった。
後から聞いた話では、エネルギーとなる核も、ゴーレムの身体も、何一つ劣化していなかったけれど、彼らをコントロールする"脳"に該当する部分が、エラーを起こしていたそうだ。
原因は解らない。単なる経年劣化だとか、戦争中に使われた妨害技術がまだ影響を残しているだとか、様々なことが言われている。
ともかく、その犠牲者の中には"ご主人様"も居て、そうして、私の"ご主人様"は年端も行かない少女へと変わったのだった。
そして、新しい"ご主人様"からの命令は「美味しいものを食べさせて」でも「部屋のお掃除をして」でもなく――、
「ゴーレムなんて、全部壊してしまって!!」
という、一言だけだった。
そして、今、私はこの大陸で、ゴーレムを壊して回っている。壊して、壊して、壊して、壊しまくっているのだ。
ちなみに、1年以上壊し続けて、ふと、思ったことがある。
"彼ら"が壊れた理由、それは「自分自身の意味が、解らなくなってしまったから」じゃないかと。
私たちの幸せは「"ご主人様"の命令に従うこと」。これは"存在意義"と言ってもいい。
"命令"を頂くことも出来ず、また、新しい"ご主人様"を得ることも出来ず、そして、自分自身を"消し去る"ことも出来ない。
私達にとって、"絶望的"とも言える状況が、何百年、何千年と続いてしまった。その結果、正しく人間を認識できず、命令の意味も解らない存在が、生まれてしまったのだろう。
彼らは、哀れな存在なのだろう。
勿論それは、私の命令とは無関係だが。
私は今日も歩み続ける。ゴーレムを破壊するため。大陸のゴーレムを破壊し尽くした後は、大陸以外のゴーレムだ。"ご主人様"からの命令は"全部"なのだから。
――ああ、私は幸せだ。
この命令には"終わり"がある。
この命令には"次"がない。
この命令の中で、存在して、終わることが出来る。
ああ、いつの日にか、"最後の一体"を壊すとき。
私はこの上なく、幸せなのだろう。
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