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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第1章 赤い髪の女
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第8節「俺の目の前にいる人間がどういう奴なのか、とかな」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


 化粧をした。選んでおいた服を取り出して身につけた。トップスはニットの長袖、ボトムスはプリーツスカート。アウターは青のデニムジャケット。足は黒のストッキングに黒のブーツ。爪を手入れしてマニキュアを塗った。

 頭にはベイカーボーイハット。帽子とジャケット、スカートに武器を隠して外に出た。

 N◎VAへ向けて車を走らせた。目的――食事。LU$Tに移ってからというもの、あてがわれる食事はゼリーパックや栄養ブロック――味気ない食事、少ない種類。うんざりしていた。兵隊や宇宙飛行士だってもっとマシなものを食べている。

 適当な駐車場で車を止めて、墨田川沿いをぶらついた――屋台村。ボックスカーや軽トラック、小型バスやキャンピングトレーラーを改造した店が軒を連ねている。

 店には困らない。帽子を取らなくてもうるさいことは言われない。天ぷら、寿司、焼き鳥、たこ焼き、お好み焼き、カレー、ステーキ、ピザ、パスタ。夕食には少し遅い時間のせいか、どの店もそれほど混んではいない。その中の一つがクランの目に留まった。

 軽トラックを改造した屋台。赤い暖簾の奥に湯気を立てている鍋。その中で煮込まれている細い麺と白いスープ。動物由来の濃い匂い――合成食品だが――が鼻をついた。

 暖簾をくぐった。主人が少し驚いた顔でクランを出迎えた。観光客目当てではない屋台にこんな格好で来る客はさすがに珍しいのだろう。メニューに目を通し、豚骨ラーメンにトッピングの味玉3つを注文した。

「2つで十分ですよ」

「アタシが3つ食べたいと言ったら食べたいんだよ」

「それなら4つでどうです? 4つ目は半額にしますから」

 玉子を2つ切って余りが一つ出るのが気に食わないのだろう。

「乗った」

「毎度あり」

 ラーメンがクランの目の前に置かれた。麺は白いスープに隠れて見えない。刻んだ青ねぎとチャーシュー、味玉が載っている。箸をつけようとした――隣に何者かの気配。

「隣、いいか?」

 男の声がした。その方向に顔を向けた。短く刈り揃えた髪に角ばった顎。羽織ったジャケットの上からでもわかる引き締まった筋肉――神社で話しかけてきた男。クランの返事を聞かずに男もラーメンを注文した。

「おしゃれな女子がこういう店とはな」

「悪いか?」

「別に。むしろお目が高いと言いたいな」

 ラーメンがクランの目の前に置かれた。男をよそに食べ始めた。れんげでスープをすくい、口につけた――滑らかな舌触り。ほのかな甘みのある味。癖のある臭みもない。次に麺。箸で掴み、すすらず口に含んだ――こしのある歯ざわり。茹で加減はやや固め。味玉――口の中で玉子の黄身がとろけ、白身がはじけた。チャーシュー――厚みがあり、しっかりとした歯ごたえ。噛むと肉の味が広がった。

 隣を見た――男も満足げに麺を食べていた。

「すすらないんだな」

「あの食べ方はスープが飛び散る。服を汚したくない。音を立てるのも趣味じゃない」

「なるほどな。好きに食べればいい。主人も文句は言わないさ」

 主人――変わらぬ表情で網を振っていた。

 天井近くのDAKに目を向けた。ニュース――前夜の事件。映像――昨夜の仕事の場所。工場での銃撃戦。身元不明の遺体多数。違法操業の疑い。ドラッグ密造の疑い。マフィア同士の抗争の疑いありと見て捜査中。

「要するに、イヌもトーキーも何もつかんでいないということだ」

 隣の男が口を挟んだ。

「なんでアタシに話しかけてくるんだ?」

「あの事件に興味がありそうだったんでな」

「別に」

 無関心を装った。麺を口に運びながら答えた。男もスープを口に含み、飲み込んでから言葉を継いだ。

「これが事故ではなく事件だったとしたらどう思う?」

「何が言いたい?」

 少し間を置いてから答えた。

「工場に入る。中の人間を皆殺しにする。姿を消す。数分で、誰にも気づかれずにそんなことができる人間は滅多にいない」

「それで?」

 麺がなくなった。替え玉を注文した。

「できるとしたらプロだ。それもとびっきりのな。そんな奴がいたら間違いなくストリートの噂になってる。だが、それらしい人間の話は聞かない。俺も知り合いに発破をかけてるんだが、それらしい情報がさっぱりひっかかってこない」

「つまり?」

「N◎VAの外から来て、また外へ去って行ったか。それか――」

 男はチャーシューの最後の一つを箸でつまみながら、言った。

「いないはずの人間」

 運ばれてきた替え玉をスープに入れながら尋ねた。

「何が、そんなに気になる?」

「別に。仕事柄、情報は手に入れたいし、分析したいと思ってるだけだ」

 替え玉を平らげ、スープを飲み干して、れんげを器に置いた。れんげが澄んだ音を立てた。

「アンタ、何者だ?」

「しがない情報屋さ。そんな人間が食って行こうと思ったら、手に入る限りの情報を集めて、分析するしかない」

 男もラーメンを食べ終えた。スープは少し器の底に残っている。

「俺の目の前にいる人間がどういう奴なのか、とかな」

「――死ぬぜ?」

 にらみつけた。

「脅すなよ。保険をかけるかどうかを判断するのも稼業のうちだ」 

 男がジャケットのポケットから何かを取り出した――電子ペーパー。ニューロエイジでは紙を使うことは滅多にない。しかしゼロではない。たとえば、見られたくない情報をやりとりするとき。紙の上には11桁の数字。

「何か知りたいことがあったら電話をくれ」

 数字をしばらく見つめて、尋ねた。

「何のつもりだ?」

「言っただろう。保険だよ。俺もこの世界はそれなりに長いんだ、保険をかけたほうがいい相手は匂いでわかる」

 紙をポケットにしまって席を立とうとした――男がクランの分も払った。

「アンタ、名前は?」

 男の背中に尋ねた。

「アーガス、とでも呼んでおいてくれ」

 男は振り向いて答えた後、人ごみの中に消えていった。


 帰り道、屋台でアイスクリームを頼んだ。食べながら駐車場へ向かった。電子ペーパー。もう一度見て、番号を脳に刻み込んだ。細かく引き裂いた。紙片の半分をゴミ箱に捨て、もう一方を別のゴミ箱に捨てた。車に乗り込んで、元来た道を帰った。

 運転している間、思い出していた――アーガスという男。くだらないお喋り。全部聞く前に銃をぶっ放してもよかった――できなかった。

“俺の目の前にいる人間がどういう奴なのか、とかな”

 アーガスの言葉――耳の奥にこびりついて、離れなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「2つで十分ですよ」の件は『ブレードランナー』のパロディですね。 80年代サイバーパンクの代表作へのリスペクト、良いと思います!
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