表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第1章 赤い髪の女
7/57

第7節「アタシのことをしゃべったら――わかってるな?」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


 ヒルコ二人に時間を取られた。まだ仕事が残っている。生き残りの掃討、内部の探索。入り口に戻った。トラックの陰にセンサーの反応――運転手。攻撃の隙をうかがっているのか、逃げ損ねただけか。どちらでもいい。物陰に隠れながら距離を詰めた。背中から近づいて、拳銃で撃った。男が倒れた。

 連中が会社組織なら、ここだけが拠点とは限らない。外から援軍を呼んでいるかもしれない。手早く済ませなければならない。

 男が息絶えていることを確かめた。手のひらを重ね合わせた。男の遺伝子情報をコピー。体の一部分を、他人のものに変える能力。手のひらが男のものになった。

 潜入工作のために、クランに与えられた能力。使いたくなかった。使った後、自分の体は元に戻るのか。アタシは、アタシだ。他人の体で生きるなんてごめんだ。

 部屋の奥にある鉄の扉。スイッチは生体認証方式。センサーに手をかざした――ランプが赤から緑に変わった。金属のローラーが転がる音と共に、扉がゆっくりと開いていった。

 扉の奥――巨大なプール。プールは仕切りで区切られ、その上に通路のような板が渡されている。プールからは薬品の匂い――水以外の液体で満たされている。

 板の上から液体の中を覗き込んだ。肉塊らしい何かがうごめいている。よく見れば何らかの生物の形をしている。

 推論――ヒルコの養殖施設。

 ニューロエイジでヒルコは引く手あまただ。戦闘員として雇う会社もあるが、何より彼らの体は高く売れる。薬品や生体兵器の材料として。

 ここにいるヒルコ達も、そのために育てられている。捕獲してくるより、一から育てればリスクも少ないし、確実だ。だがヒルコの養殖が実用段階に達したという情報はない。未だ実験段階か。

 少なくともこの施設は使用不能にしなければならない。プールに入れる毒薬の類は持っていない。周囲に目を走らせた――薬品のタンクと濾過装置が目に入った。ショットガンとサブマシンガンを浴びせた。これでこの施設は使い物にならなくなる。

 プールの中のヒルコたち――末路は明らかだ。だがプールから何が飛び出してくるかわからない。プールから目を離さないように、センサーに注意を払いながら、部屋を出た。


 クランの能力――他人の遺伝子情報をコピーして、自らの体の一部分を変える能力。元の手の形――体が覚えていた。クランが念じると、手のひらが見慣れた形に戻った。血が通う感触を確かめながら、何度か手のひらを握ったり開いたりした。保険として、何枚も自分の体や顔の写真を撮ったことを思い出した。

 養殖施設を使用不能にすれば施設は用を成さなくなるだろう。しかしより徹底して破壊すれば、この施設の持ち主により打撃を与えることができるだろう。何より単純に、気に入らなかった。この施設の持ち主も、ヒルコを捕らえてくるような連中も。

 ショットガンやピストルに弾をこめ直した。操作室、変電設備、機器室。あらゆるものを壊して回った。部屋に待ち伏せがないことを確かめながら、銃弾をぶち込んで回った。

 最後の部屋――従業員の寝室らしき部屋。鍵がかかっていた。レーダーに反応――扉の向こうに感あり。反応は十数体分。ヒルコか、人間か。

 ロック部分に銃弾を叩き込んだ。火花が散って、扉がわずかにずれた。その隙間にショットガンの銃床を突っ込んで、強引に開けた。転がり込もうとした――動きを止めた。子供の悲鳴らしき声が聞こえた。何人も。

 壁に隠れながら、中を覗き込んだ。十数人の子供が部屋の隅に固まって、身を寄せ合っているのが見えた。ショットガンの銃口を向けながら部屋に入った。子供達――顔色に怯えが浮かんでいた。年齢は十歳代。性別も肌の色もばらばらだった。しばらく様子を見た――攻撃してくる様子はない。銃口を向けながら呼びかけた。引き金をいつでも絞れるように、指をかけながら。

「立て。両手を頭の後ろに組んで後ろを向け」

 子供達の顔に恐怖が広がった。彼らは恐る恐る動きながら、クランに言われたとおりにした。

「一人ずつこっちへ来い。一番左のでかいの、お前からだ」

 呼ばれた男の子が、震えながらクランに近づいてきた。

「そこで止まれ」

 男の子がクランの前で立ち止まると、クランは胸や背中、脇腹や尻を叩いた。武器は隠し持っていないようだ。子供は純粋無垢――だからこそ恐ろしい兵器になる。自分達のしていることの意味もわからずに。紛争地帯では、少年兵がゲリラの手先になって油断した大人を吹き飛ばしている。

 武器を持っていないことを確かめると、男の子に壁際に戻るように言いつけた。そして隣の女の子を呼びつけた。順番に同じ動作を繰り返した。

 武器を隠し持っている者は誰もいなかった。少年兵に仕立て上げるために集められたのかと疑ってかかったが、その線は消してもよさそうだった。情報収集――たいしたことを知っているとは思えないが、聞くだけは聞いておく。

 子供達――やせ衰えている。血色がよさそうには見えない。あざを作っている者や、顔を腫らしている者もいる。

「どこから来た? ここで何をしていた?」

 子供達は互いに視線を走らせていたが、答える様子はない。恐怖と怯えで思考が追いついていない。

「正直に答えろ。そうすればここから逃がしてやる」

 狐の面を取ってやった。顔を見せれば少しは安心するかも知れない。

 子供達はクランがこの施設の人間ではなく、この施設を壊しに来た人間であることを知らない。子供達の表情――恐怖と怯えが警戒と喜びに変わってきた。一人が恐る恐る口を開いた。

「僕達はこの辺りで暮らしていた。大人達から仕事をあげると言われて、集められたんだ」

「お前ら、ストリートチルドレンか?」

 子供達の何人かがうなずいた。ストリートチルドレン――都市の路上で生活している子供達。帰る家はない。守ってくれる大人もいない。金も食事も満足に得られない。それらをちらつかされれば、応じる子供はいるだろう。

「ここで何をさせられていた?」

「変な生き物を世話したり、切ったり、血を抜いたり」

 女の子がたどたどしい口調で答えた。子供達を使っていた――精度は要求されない。先端技術の研究施設ではない――実際の生産を行うための施設。

「どんな暮らしだった?」

「毎日朝早くから夜遅くまで仕事。食事は少しだけ。シャワーも数日に一度」

「金はもらってたか?」

 子供達は首を振った。連中に金を渡す気ははなからない。

「大人達について何か知っているか? どこから来たか、何をしているか」

 子供達は首を振った。

「聞いたことのない言葉で話してた、わからない」

 クランが目にした者達だけではなく、施設の者全員が外国から来たということだ。

 推論――ヒルコの養殖施設は実用化の手前まで来ている。恐らくは、N◎VAの各地に同じ施設を作ろうとしている。

 直接情報を手に入れられたわけではないが、間接的な裏づけにはなった。

 手に入れるものは手に入れた。もうここに用はない。子供達――クランのことを知った。口封じ――懐からキャッシュを取り出した。

「黙っていればくれてやる。だが、アタシのことをしゃべったら――わかってるな?」

 子供達がうなずくのを見て、キャッシュを投げてよこした。この後の子供達――知ったことではない。面倒を見る義理も義務もない。

 待て。なぜ引き金を引かない? こいつらのことなど知ったことではないはずなのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ