第7節「アタシのことをしゃべったら――わかってるな?」
※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.
※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。
※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。
ヒルコ二人に時間を取られた。まだ仕事が残っている。生き残りの掃討、内部の探索。入り口に戻った。トラックの陰にセンサーの反応――運転手。攻撃の隙をうかがっているのか、逃げ損ねただけか。どちらでもいい。物陰に隠れながら距離を詰めた。背中から近づいて、拳銃で撃った。男が倒れた。
連中が会社組織なら、ここだけが拠点とは限らない。外から援軍を呼んでいるかもしれない。手早く済ませなければならない。
男が息絶えていることを確かめた。手のひらを重ね合わせた。男の遺伝子情報をコピー。体の一部分を、他人のものに変える能力。手のひらが男のものになった。
潜入工作のために、クランに与えられた能力。使いたくなかった。使った後、自分の体は元に戻るのか。アタシは、アタシだ。他人の体で生きるなんてごめんだ。
部屋の奥にある鉄の扉。スイッチは生体認証方式。センサーに手をかざした――ランプが赤から緑に変わった。金属のローラーが転がる音と共に、扉がゆっくりと開いていった。
扉の奥――巨大なプール。プールは仕切りで区切られ、その上に通路のような板が渡されている。プールからは薬品の匂い――水以外の液体で満たされている。
板の上から液体の中を覗き込んだ。肉塊らしい何かがうごめいている。よく見れば何らかの生物の形をしている。
推論――ヒルコの養殖施設。
ニューロエイジでヒルコは引く手あまただ。戦闘員として雇う会社もあるが、何より彼らの体は高く売れる。薬品や生体兵器の材料として。
ここにいるヒルコ達も、そのために育てられている。捕獲してくるより、一から育てればリスクも少ないし、確実だ。だがヒルコの養殖が実用段階に達したという情報はない。未だ実験段階か。
少なくともこの施設は使用不能にしなければならない。プールに入れる毒薬の類は持っていない。周囲に目を走らせた――薬品のタンクと濾過装置が目に入った。ショットガンとサブマシンガンを浴びせた。これでこの施設は使い物にならなくなる。
プールの中のヒルコたち――末路は明らかだ。だがプールから何が飛び出してくるかわからない。プールから目を離さないように、センサーに注意を払いながら、部屋を出た。
クランの能力――他人の遺伝子情報をコピーして、自らの体の一部分を変える能力。元の手の形――体が覚えていた。クランが念じると、手のひらが見慣れた形に戻った。血が通う感触を確かめながら、何度か手のひらを握ったり開いたりした。保険として、何枚も自分の体や顔の写真を撮ったことを思い出した。
養殖施設を使用不能にすれば施設は用を成さなくなるだろう。しかしより徹底して破壊すれば、この施設の持ち主により打撃を与えることができるだろう。何より単純に、気に入らなかった。この施設の持ち主も、ヒルコを捕らえてくるような連中も。
ショットガンやピストルに弾をこめ直した。操作室、変電設備、機器室。あらゆるものを壊して回った。部屋に待ち伏せがないことを確かめながら、銃弾をぶち込んで回った。
最後の部屋――従業員の寝室らしき部屋。鍵がかかっていた。レーダーに反応――扉の向こうに感あり。反応は十数体分。ヒルコか、人間か。
ロック部分に銃弾を叩き込んだ。火花が散って、扉がわずかにずれた。その隙間にショットガンの銃床を突っ込んで、強引に開けた。転がり込もうとした――動きを止めた。子供の悲鳴らしき声が聞こえた。何人も。
壁に隠れながら、中を覗き込んだ。十数人の子供が部屋の隅に固まって、身を寄せ合っているのが見えた。ショットガンの銃口を向けながら部屋に入った。子供達――顔色に怯えが浮かんでいた。年齢は十歳代。性別も肌の色もばらばらだった。しばらく様子を見た――攻撃してくる様子はない。銃口を向けながら呼びかけた。引き金をいつでも絞れるように、指をかけながら。
「立て。両手を頭の後ろに組んで後ろを向け」
子供達の顔に恐怖が広がった。彼らは恐る恐る動きながら、クランに言われたとおりにした。
「一人ずつこっちへ来い。一番左のでかいの、お前からだ」
呼ばれた男の子が、震えながらクランに近づいてきた。
「そこで止まれ」
男の子がクランの前で立ち止まると、クランは胸や背中、脇腹や尻を叩いた。武器は隠し持っていないようだ。子供は純粋無垢――だからこそ恐ろしい兵器になる。自分達のしていることの意味もわからずに。紛争地帯では、少年兵がゲリラの手先になって油断した大人を吹き飛ばしている。
武器を持っていないことを確かめると、男の子に壁際に戻るように言いつけた。そして隣の女の子を呼びつけた。順番に同じ動作を繰り返した。
武器を隠し持っている者は誰もいなかった。少年兵に仕立て上げるために集められたのかと疑ってかかったが、その線は消してもよさそうだった。情報収集――たいしたことを知っているとは思えないが、聞くだけは聞いておく。
子供達――やせ衰えている。血色がよさそうには見えない。あざを作っている者や、顔を腫らしている者もいる。
「どこから来た? ここで何をしていた?」
子供達は互いに視線を走らせていたが、答える様子はない。恐怖と怯えで思考が追いついていない。
「正直に答えろ。そうすればここから逃がしてやる」
狐の面を取ってやった。顔を見せれば少しは安心するかも知れない。
子供達はクランがこの施設の人間ではなく、この施設を壊しに来た人間であることを知らない。子供達の表情――恐怖と怯えが警戒と喜びに変わってきた。一人が恐る恐る口を開いた。
「僕達はこの辺りで暮らしていた。大人達から仕事をあげると言われて、集められたんだ」
「お前ら、ストリートチルドレンか?」
子供達の何人かがうなずいた。ストリートチルドレン――都市の路上で生活している子供達。帰る家はない。守ってくれる大人もいない。金も食事も満足に得られない。それらをちらつかされれば、応じる子供はいるだろう。
「ここで何をさせられていた?」
「変な生き物を世話したり、切ったり、血を抜いたり」
女の子がたどたどしい口調で答えた。子供達を使っていた――精度は要求されない。先端技術の研究施設ではない――実際の生産を行うための施設。
「どんな暮らしだった?」
「毎日朝早くから夜遅くまで仕事。食事は少しだけ。シャワーも数日に一度」
「金はもらってたか?」
子供達は首を振った。連中に金を渡す気ははなからない。
「大人達について何か知っているか? どこから来たか、何をしているか」
子供達は首を振った。
「聞いたことのない言葉で話してた、わからない」
クランが目にした者達だけではなく、施設の者全員が外国から来たということだ。
推論――ヒルコの養殖施設は実用化の手前まで来ている。恐らくは、N◎VAの各地に同じ施設を作ろうとしている。
直接情報を手に入れられたわけではないが、間接的な裏づけにはなった。
手に入れるものは手に入れた。もうここに用はない。子供達――クランのことを知った。口封じ――懐からキャッシュを取り出した。
「黙っていればくれてやる。だが、アタシのことをしゃべったら――わかってるな?」
子供達がうなずくのを見て、キャッシュを投げてよこした。この後の子供達――知ったことではない。面倒を見る義理も義務もない。
待て。なぜ引き金を引かない? こいつらのことなど知ったことではないはずなのに。