第4節「くそったれ!」
※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.
※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。
※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。
クランの部屋。DAKをなんとなく眺めていた。ニュース――画期的な医療技術。人間の四肢や器官の培養。クローン人間と異なり胚から育てる必要がなく、任意の大きさや年齢で生産できる。四肢や器官が欠損しても、サイバーウェアで置き換える必要がなくなる。現在開発途上、実用化の目処が立ちつつある――そんな内容。
テーブルの上のポケットロンが振動した――メールの着信。手に取って目を通す。差出人――服部・半蔵。命令――出頭。理由――任務の説明。書いてあることはそれだけだった。
クランが部屋に入ると、半蔵は無言で手元のスイッチを操作した――挨拶は無用。天井の照明が消え、代わりに部屋の中央にホログラムが現れる。
ホログラム――カメラの映像。自分が目で見ているような景色が広がっている。何者か――ボディアーマーに身を包んだ者達が味方らしき者達に襲い掛かっている。ボディアーマーの者達――腕から刃のような物体を生やした個体や、大きな鉤爪を生やした個体。いずれも人間離れした素早さや跳躍力を見せていた。
「これは、ヒルコ街で作戦遂行中の我が部隊から送信されてきた映像だ」
半蔵の説明――ヒルコ街でヒルコの捕獲作戦中のイワサキ工作員が、正体不明の集団に襲撃された。正体不明の集団――ヒルコと推測される。
服部の説明が終わると同時に、ホログラムが砂嵐になった――映像が途切れた。
「カメラはここで破壊されたと推測される。部隊の生命反応は全員分が消失」
「ヒルコ街の連中に襲われたんじゃないのか?」
ヒルコ――突然変異の生物。外見が動物に近いものから、人間と見分けがつかないものまで様々にある。人間と動物双方の特徴を併せ持ち、高い戦闘能力を発揮する個体もある。
「その可能性は否定している。自警団のメンバーは把握しているが、該当する個体はない」
自警団――ヒルコ街の住人が人間達から自らを守るために作った。
ヒルコ――N◎VAでは人間として扱われていない――殺傷しても罪には問われない。
イワサキがヒルコ狩りをしていたことに代わりはない――結局は同じ穴の狢ということか。
「貴様の任務は、第一に正体不明の集団を追跡し、殲滅すること。第二に集団の正体を調査することだ」
「要するに、獲物を横取りした奴を見つけて叩きのめしてこいってことだな」
「そのとおりだ」
「奴らの居場所はわかるのか?」
「それを見つけることも含めて貴様の仕事だ」
服部の言い方――いちいち癇に障る。
「情報収集には金がかかる」
服部が机の上に無言でキャッシュを滑らせてきた。それを懐にしまって、クランは部屋を出た。
クランは理解していた。任務――クランの扱いを表している。こんなものは子供の使いだ。本当に会社の利益がかかっているなら、子飼いの連中を使う。つまり成功しようが失敗しようがどうということはない。成功すれば儲けもの。失敗すれば切り捨てる。
「くそったれ!」
声に出して毒づいた。怒りが膨れ上がる。
正体不明の集団。まずは奴らを見つけなければならない。
目的――ヒルコ狩り。だとすればまたヒルコ街に現れる――いつ?
見つけるための方法。張り込み――負担が大きい。イワサキからの支援は期待できない――一人でやらなければならない。
他人の手を借りる――信用できる人間でなければならない。逃げ出したり、後ろから撃ったりする人間では話にならない。何より、信用できる人間を手配する伝手がない。
ヒルコ街の住人の手を借りる――イワサキの人間だとばれたら攻撃される。返り討ちにすればいいだけだが、面倒くさい。本番の前に消耗したくはない。
結論――まずは一人で張り込みをする。
ヒルコ街――住宅だけではない。店、工場、宿泊施設など一通りのものは揃っている。ヒルコだけが住んでいるわけでもない。ヒルコに危害を加えるのでなければ、よそ者にうるさいことは言わない。
迷路のように入り組んだ路地。大きさも壁の色もばらばらの建物。都市計画も区画整理もなくめいめいが好き勝手に家や店を建てている。坂の上を見上げた――クモの巣状の電線が目に入る。電線も皆が好き勝手に引いている。もっとも、スラムはどこも同じだ。
子供達が近寄ってくる――物乞い。適当にあしらいながら先へ進んだ。ヒルコ街は村のようなもの――住人は顔見知りが多い。騒ぎを起こせば目立つ。とはいえ、変わった格好の者も少なくないおかげで、仕事のときの服装でも目立たないのはありがたい。
しばらく歩いてカプセルホテルを見つけた。ここで寝泊りしながら相手が来るのを待つ。隠密行動に長けていても、昼間に堂々と人攫いをするのは見つかる危険も大きい。昼間は眠り、夜に標的を探す。
カウンターで数日分の金をまとめて払った。規定の料金より多めに色をつけて、ヒルコに危害を加えない旨を申し添えた。ヒルコ狩りの連中が現れる場所を教えてもらった。ベッドがあるだけの個室に通された。
寝る前にドアにセンサーを付けた。紐でつないだ2つのセンサーを、扉と壁にそれぞれくっつける。扉を開けようとすると紐が伸びてセンサーを起動、クランに知らせるようになっている。
髪を解いて、枕元にかんざしを置いた。部屋に入り込もうとする者がいたら遠慮なく投げつける。あとは時間まで眠る――用心のために着替えはしなかった。靴も履いたままにした。