第3節「アタシが着たいって言ったら着たいんだよ」
※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.
※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。
※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。
服部・半蔵に呼び出された。指定された部屋に行くと、忍装束姿の半蔵が待っていた。
「仕事道具だ」
服を差し出された。ツナギ状の服。身体にフィットした、漆黒の全身を覆うスーツ。材質は、ゴムか何かだろう。着心地を確かめた。不快感がこみ上げた。
「赤外線等の可視光線を吸収・偏向させて視覚的に着用者の姿を見えなくする機能、すなわち熱光学迷彩機能を備え――」
傍らの担当者の説明を遮った。
「こんな体の線が出る服を着せて何がしたいんだ?」
「し、しかし機能的には、隠密行動に最適で――」
「デザインがどうだろうと素材に気をつければどうにかなるだろ。それにこの服、武器をしまうところがないだろ。丸腰で敵に突っ込ませるつもりか?」
「いいだろう。オユン博士からも要望はできるだけ聞き届けるよう言われている」
「そうこなくちゃな。服くらいアタシに選ばせろ」
部屋を出た。ハッチバックに乗り込んでN◎VAに向かった。
街中のパーキングに車を止めた。N◎VAをぶらついた。途中、神社を通りかかった。中から笛や太鼓の音色が聞こえる。境内には屋台が建ち並び、たくさんの人間が行き交っていた。通り抜けようとした――物陰から影が伸びてきた――立ち止まった。
「おっと」
影の主は男だった。短く刈り揃えた髪に角ばった顎。羽織ったジャケットの上からでもわかる引き締まった筋肉。
「大丈夫か?」
「ああ」
短く言葉を返した。立ち去ろうとして、男の肩の向こう、覚えのある顔が目に入った。マンションから逃がしたあの女。白い着物と赤い袴を着て、境内を横切っていった。まだ服が板についていないようだった。あの女だけではない、何人もの女が同じ服装をしている。
「祭りの最中だからな、ああやって臨時の巫女を雇ってるのさ」
「何も聞いてないだろ」
「そう怒るなよ。俺の肩越しに何かを見ていたから、興味があるのかと思ってな」
この男、僅かな時間でクランにそこまで注意を払っていた。境内の奥から歓声が上がった。人垣の向こう、狐の面を被った子供達が踊っている。
「あれは?」
「狐を祀る祭りだ。“災厄”で途絶えてしまった古いお祭りを、文献や証言を探し出してああやって再現しているのさ。狐は神の使いだとも、神そのものだとも、怨霊や妖怪だとも言われてる」
「ふうん」
知らず知らずのうちに男の話に引き込まれていた。本来の用事を忘れていた。立ち去ろうとした――呼び止められた。振り返った。
「奥で手ぐらい合わせていったらどうだ? “ふり”くらいはできた方が何かと得だぞ」
無言で背を向けた。それでも、行列に並んで奥の社の前まで来た。見よう見まねで手を合わせ、キャッシュを投げ入れた。隣では、エグゼクらしき男が電子マネーで賽銭を払っていた。
ファッションデザインの店に来た。若い女が店をやっていた。大まかなデザインのイメージを伝えた。
「少し待ってくださいね。今ラフを描きますから」
1時間でラフ画が上がってきた。
「このイメージで作ってくれ」
「生地はどうされます?」
「デザイン画だけでいい。服はこっちで作る」
「コスプレイベントですか?」
「いや、そうじゃない」
「わかりました。仕上がりは1週間後ですが、よろしいですか?」
「3日しかない。料金は3倍払う」
「……わかりました。やってみましょうか。完成したらこのアドレスにお送りすればいいんですね?」
前金でキャッシュを渡した。女が驚きの表情を浮かべた。
3日後、デザイン画の仕上がりを確認した。満足な出来映えだった。半蔵に差し出した。表情がみるみる険しくなった。
「正気か?」
「アタシが着たいって言ったら着たいんだよ」
「いいだろう。だが相応の仕事はしてもらうぞ」
困惑と驚きの表情を浮かべる担当者を残して、クランは部屋を出た。
その1週間後、クランは衣装に身を包んでいた。半蔵の表情――険しい。担当者――驚き、戸惑い。オユン――いつもどおり。
頭――カチューシャを模したヘッドセット。無線、レーダー、センサー、ジャミングなどの機能を持つ。
顔――上半分は狐の面で覆われている。
服――和服をモチーフに、白い着物とショートスカート状に切り詰めた袴。その上から長羽織のような着物を重ねている。
足――黒いストッキングに覆われ、脛まであるロングブーツを履いている。
「これはまたずいぶんユニークな服を作ったものだね」
「服の下に色々隠せるほうがいいだろ?」
口元を吊り上げて言ってやった。素材は熱光学迷彩機能を持たせてあるから、隠密性も問題ない。
「渡してやれ」
半蔵の指示で、担当者が武器を持ってきた。拳銃が2丁、ショットガンが2丁、サブマシンガンが2丁。針状のかんざしが2本に、特殊ブーツ1足。クランは武器を数え終えると、満足げな笑みを浮かべた。
「こうこなくっちゃな」
一つ一つ装備を身につける。着物の袖の中に拳銃。腕を振ると拳銃が飛び出してくる特殊ホルスター付き。背中にはショットガン。袴の下にはサブマシンガンを隠す。ガーターベルトには予備の弾倉。足をすっぽり覆うタイプのストッキングにはガーターベルトは本来不要だが、装備スペースという意味がある。かんざしを束ねた髪の根元に差し込む。ブーツのかかとを地面に打ち付け、かみそり状の刃が飛び出してくるのを確かめる。
これで装備は完了だ。傍目には丸腰にしか見えない。オユンは装備を終えたクランの姿を見て、つぶやいた。
「まさに動く武器庫だな」
「だろ?」
クランは鮫のような笑みを浮かべて答えた。