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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第3章 孤独な共生
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第7節「どうしてそんなに怖がりなんですか?」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


 タタラ街――工場と倉庫、それらで働く者達の住宅が集まる街。乾いた感じの町並み。緑は少なく、アスファルトの道とコンクリートの壁、緑色のフェンスが続いている。大通りから交差点を曲がって路地に入った。大型の車がなんとかすれ違える程度の道幅。トラックやトレーラー、タンクローリーと時折すれ違った。

 しばらく走って、茶色いオフィスビルが見えてきた――4階建て。セルゲイが会社を構えているというビル。時刻――正午になろうとしていた。ビルの前の道路――弁当の移動販売車やキッチンカーが列をなしていた。工業団地には外食の店が少ない。社員食堂があるとは限らないし、あっても味や好みの問題で使うとは限らない。そういった需要を当て込んでキッチンカーが集まっている。クラン達の車もその中に紛れ込んだ。

 ジローとリサが店の準備を始める横で、クランは車を降りた。

「ちょっと、どこ行くの?」リサのとがめるような声音。

「辺りの様子を見てくる。三人とも一緒にいてもしょうがないだろう?」

「確かに、君と僕たちとは関わりが無い風を装った方がいいね」ジローの声。「君に何かあっても無関係でいられる」

「逃げたら地獄の底まで追いかけてやる」

 言い残して、キッチンカーの列の隙間からビルの様子を窺った。正面の出入り口が開いて、エントランスから人が出てきた。スーツを着たビジネスマン達。違和感を感じた――周囲を警戒している様子がない。警戒心自体が感じられない。武器を持っている様子もない。歩き方でわかる。

 通りを進み、路地を曲がってビルの裏手に回った。裏口――ドアが一ヶ所。ドアの周り――無人。ビルそのものを観察した。窓――ブラインドがかかっていて中の様子はわからない。窓ガラスの厚みは光の屈折から見当がついた。防弾仕様ではない。

 屋上――人影が二つ。伸びをしたりあくびをしたりしている。武器を持っている様子はない。

 今度は逆回りで見て回った――結果は同じだった。ビジネスマン達――キッチンカーの前で行列に並んでいた。


 ビルが普通の建物なのは納得がいく。最低限の治安はある場所で、下手に改造すれば警察に目をつけられる。

 ビジネスマン達が恐らくは堅気なのも理解できる。セルゲイが子飼いの者を表向きのオフィスに連れてきているとは限らない。

 だが――芽生えた違和感は消えない。何かが欠けている。


 キッチンカー――その一つに見覚えのある顔があった。クランが潰した工場で出会った茶色い髪の少年。客に弁当を手渡していた。

 もう住む世界が違う。関わるべきじゃない――踵を返した。

 後ろから話し声がする。足音が聞こえる――少しずつ大きくなる。振り返った。少年が追いかけてくるところだった。

 心の中で毒づいた――この馬鹿!

「あの――もしかして、あの時の――」

 少年は足を止めて肩で息をしながら言葉を継いだ。

「知らないな。なんのことだ?」

 答えた瞬間、しまったと思った。普段の口調と声色で話してしまった――自白したようなものだ。少年の顔に、確信と喜びの色が浮かんだ。

 頭の中での争い。関わるな――巻き込むなとの警告。情報源として利用すべきだとの提言。もう一つ、子供達の現状を知りたいという心。

「15分だけだぞ」


 近くの公園に場所を移した。クランが足を止めると、少年は両方の手のひらを開いてクランに見せた――武器を持っていないという合図。

「わかってる」

 少年の顔に安堵の笑みが浮かんだ。

「なんでアタシだってわかった?」

「はい、まず背丈が同じくらいでした。それと、歩き方に見覚えがあったんです」

 たいした観察力と記憶力だ。

「よく見てるじゃないか」

「命の恩人ですから」

 自分にそんな言葉を向けられるとは思いもしなかった。クランには嬉しさより心配が先立った。

「感謝されることはしてない。もう少し警戒しろ」

 少年はかぶりを振った。

「いいんです」

 どこの誰かもわからない、いきなり武器を持って踏み込んできた相手に恩を感じるなんて、不用心すぎる。この少年がどこかのスパイという線は消しても良さそうだが。

「あれから何があった? 他の奴らはどうした?」 

「できるだけ遠くへ逃げました。その後しばらくして、今の仕事を紹介してもらって」

 暴力や盗みに訴えるのではなく地道に働いて生計を立てようとした――心根がうかがい知れる。

「どこの出身なんだ?」

「N◎VAです」

「その年で働いてるってことは、いろいろ大変だったんだろうな」

「はい。家が貧乏で、父も母も、僕が小さい頃に……」

「そうか、知らずに悪いことを聞いたな」

「いいんです。あそこにいた子供達は、みんな似たり寄ったりですから。親の顔を覚えている僕なんかまだ恵まれている方です。物心つく前に放り出された子や、ずっと小さい頃に家を出た子もいますから」

「それでも肩を寄せ合ってなんとか生きていたということか」

「はい。でもなかなかいい働き口がなくて。そんなときにあの工場の人がやってきて、仕事があると連れて行かれたんです」

「とんだ詐欺師だったな」

「はい、貴方が来てくれなかったら……」

「あの茶色いビルの会社はどうだろうなと思ってたんだけどな」

 違う質問を投げかける。 

「いえ、あの会社は普通の会社みたいですよ。僕もそんなに長くこの辺で働いているわけじゃないですけど、子供が働かされてるって噂は聞きません」

 行き止まり――質問を変える。

「あの時の奴らはどうしてる? 仕事にありつけた奴ばかりじゃないだろう?」

 少年が少しうつむいた。

「そうですね。仕事にありつけた子ばかりじゃありません。施設に保護してもらって、職業訓練を受けてIDを発行してもらおうとした子もいました。でも……」

「でも?」

「施設に受け入れてもらえるとは限りません。もう満員ということもあるし、元からいた子供達が嫌がることもあります。食事とか、部屋とか、自分たちの取り分が減るということですから。せっかく入れても、施設が窮屈なのを嫌がって出て行ってしまうこともあります」

「どこにでもある話だな。お前はマシな部類なんじゃないか」

「そうだと思います。今でも連絡を取り合ってます」 

「そいつらから噂話を教えてもらったのか?」

「あんな目に遭いたくありませんから」

 うなずいた。ストリートチルドレンの情報網も馬鹿にできない。

 クラン――家族はいない。いるのかどうかも知らない。それとも、物心つく前に家族から離れたのだろうか。

 時計を見た。15分を過ぎていた。

「そうか、じゃあな」

 背を向けて歩き去ろうとした。

「あ、あの! 名前だけでも! 僕はユウタです!」

 足を止めて、背を向けたまま答えた。

「クランだ」

 振り返って言葉を継いだ。

「無闇に他人に深入りするな。もう少し人を疑うことと、警戒することを覚えろ」 

「……どうしてそんなに怖がりなんですか? あんなに強いのに」

「アタシが怖がりに見えるか」

「はい。敵じゃないことをいちいち確かめないと、安心できないというか……」

 ユウタの指摘――初めて気づかされた。

「こいつは習性みたいなもんだ。どこで覚えたんだかな」

 背を向けて、再び歩き始めた。

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