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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第1章 赤い髪の女
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第2節「紛れもない“人間”だよ」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


 夢を見た。どこかのストリート。今の年格好より幼い自分の姿。クランのそばには倒れた子供達――手に銃やナイフを握っている。ストリートの向こうから銃撃を浴びせてくる男達。壁に隠れて銃撃をやり過ごし、撃ち返す。男達が血を噴いて倒れた。弾が切れた。男達が合図と共に走ってくる。殴りかかってくる――受け流し、転ばせる。倒れたところにナイフを突き立てる――。


 目が覚めた。いつも見る夢――似たり寄ったり。頭を振って上半身を起こした。誰かと戦っていた記憶。明日をも知れぬ暮らしを送っていた記憶。

 時計を見た。今から出れば指定された時間に十分間に合う。パンとコーヒーだけの軽い食事を摂って、部屋を出た。


 ヨコハマLU$T行きの高速バスに乗るためにバスターミナルに向かった。バスが降車場に入ってきた。降りてくるのはサラリーマン、カップル、家族連れ。折り返しヨコハマLU$Tへ向かう便になった。発車時刻になった。バスがターミナルを出た。高速道路を走り、橋を渡る。ヨコハマLU$Tのバスターミナルに着いた。メッセージで告げられたナンバーの車が迎えに来ていた。クランが近寄るとドアが開いた。無言で乗り込んだ。

 車はイワサキアーコロジーに入った。駐車場から地下へ案内された。野原のような場所に通された。その手前の建物に入るように言われた。中には様々な機器や道具。そしてオユンの姿。

「よく来てくれたね」

 オユントゥルフール・アチバドラフ――研究員にしてはがたいがいい。豊かな髭をたくわえたあごと口元。黒い髪と黒い瞳。穏やかな微笑み。

「今度は何の用だ」

「君をある方に紹介したいと思ってね。だがその前にテストを受けてもらいたい」

 オユンが手元のポケットロンを操作した。空中にホログラフが描き出される。体力測定の内容――デッドリフト、腕立て伏せ、懸垂運動、遠投、持久走。

「わかった」

 傍らの男がトレーニング用の衣服を差し出してきた。受け取ってロッカールームで着替えた。


 テストが始まった。デッドリフト、腕立て伏せ、懸垂運動、遠投、持久走――全て合格水準。

「素晴らしい」

 オユンが満足そうにうなずいた。

「これで終わりじゃないんだろ?」

 汗を拭き、カロリーバーとドリンクを受け取りながら、答えた。

「これなら彼女にも紹介できるだろう」

 オユンがポケットロンで何かを話している。通話が終わった。少し経って、女が部屋に入ってきた。細身だが、引き締まった体の持ち主。

「貴様か、クラン・カーラは」

 女が尋ねてきた。

「他に誰がいるよ?」

 顎を上げて答えた。

「そう怒るな」

 オユンが制すると、女はオユンに一礼した。

「失礼いたしました、アチバドラフ博士」

「そう改まらないでください、服部課長」

 服部――服部・半蔵。イワサキ情報処理課長にして、世界でも有数のクグツ。オユンから名前だけは聞かされていたが、それがこの女らしい。

「なるほど、伺っていたとおりずいぶんと血の気が多いようだ」

「そのとおり。しかし腕は確かだ」

「確かに体力測定には全て合格している。しかし実戦はどうですか?」

「今までの指示は全て完遂している」

「所詮はチンピラが相手でしょう? 訓練された工作員とでは力量が違いすぎます」

「大丈夫だ。君のお眼鏡にもかなうことと思うよ」

「そうですか……。博士がおっしゃるならば、そうなのでしょう」

 クランは自分をよそに話し込んでいる姿にだんだん苛立ってきた。

「オユン、アタシに何をさせたいんだ?」

「そう焦るな、服部課長が説明してくれる」

 半蔵がオユンの後を引き受けた。

「ついてこい」

 後をついていった。広場のような空間に出た。男達が並んでいた。均整の取れた体つき。顕わになった二の腕を覆う筋肉。確かに、クランが今まで“壊して”きた相手とは違う。

「貴様には、彼と戦ってもらう」

 半蔵が告げた。男達の顔に失笑と侮りの色が浮かんだ。

「課長、冗談でしょう? こんな子とやれっていうんですか?」

「無駄口を叩くな」

「本当にいいんですね?」

「手加減はいらん。実戦のつもりでやれ」

 男が進み出た。半蔵がクランと男に模造ナイフを渡した。半蔵の指示で距離を取った。

「お手柔らかに」

 男が軽く告げた。無言でにらみ返した。

「始めろ」

 半蔵の合図と共に、近寄った。男も近寄ってきた。距離が詰まった。

 上から来る――違う、下。ローキック。足の脛で受け返した。男の顔に驚きが浮かんだ。首筋にナイフを突き出した。男が上体を反らした。後ろに飛んだ。

「なるほど、ちょっとはできるな」

 跳躍した。懐に飛び込む。立て直す暇を与えない。斬撃。防がれた。立て続けに繰り出した。全て防がれたが、男の顔に焦りの色が浮かんだ。

「こしゃくな!」

 男が空いた左手でパンチ。受け流した。勢いを利用して後ろに回った。左腕で男の首をロックした。右手のナイフを眉間に突き立てる――。

「そこまでだ」

 半蔵の声が響いた。男を放して、背中を突き飛ばした。

「いかがかね?」

「アチバドラフ博士、これほどとは……。この者もかなりの腕前です、それを……」

 半蔵の言葉に、オユンは満足そうにうなずいた。

「これなら、私の部下として申し分ない。少々喧嘩っ早いのが気にかかるが」

「誰しも向き不向きはある。任務を選べば、申し分ない働きをしてくれるはずだ」

 クランは理解した――これがテストの目的だったのだ。

「クラン、これからは服部課長の下で働くんだ。いいな?」

 口元を吊り上げて答えた。

「チンピラ相手の仕事には飽き飽きしてたんだ。いいぜ」

「よかろう。これからはこのアーコロジーに住め。そこで指示を待て」

「今の部屋は?」

「引き払え。引っ越しはこちらでやってやる」

 文句はない。もともと赤の他人の名義で借りていた。部屋には必要なもの以外置いていなかった。

「それにしても博士、人間相手に圧倒して見せるとはな」

「ああ、クランは紛れもない“人間”だよ」

 人間? なぜそんな当たり前のことをわざわざ確認する? 言葉がクランの中で引っかかった。

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