第1節「アタシもめちゃくちゃ楽しいぜ」
『トーキョーN◎VA』という素晴らしいゲームを生み出してくださったスタッフの方々に
執筆のきっかけを与えてくれたTRPG仲間に
生涯忘れ得ぬ読書体験を与えてくれた馳星周氏と籘真千歳氏に
※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.
※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。
※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。
クラン・カーラは部屋で過ごしていた。トレーニング。全身の筋肉を鍛える。腕立て伏せ、腹筋、ベンチプレス。
ポケットロンに着信音。画面を確認。差出人――オユントゥルフール・アチバドラフ。内容――仕事の話。場所と時間、そして一言、「そこにいる人間全て」。
指定された時間――深夜。間があった。メッセージの内容を頭に刻み込んで、消去した。仮眠して、軽い食事をとった。
身だしなみを整えるために洗面所へ向かった。鏡に自分の姿が映り込んだ。背中まである赤い髪。吊り目がちの目には、髪よりさらに濃い赤の瞳。尖った顎。髪を左のこめかみの斜め後ろ、高いところで一つに束ねてサイドテールを作った。
フードパーカー、キャップ、細身のデニムパンツに着替えて部屋を出た。外は雨だった。フードを深く被った。傘は差さずに歩いた。
イエローエリア。指定された場所に着いた――取り壊し予定のマンション。白いフェンスで囲われている。向こう側は見えない。周りを回った。裏路地にミニバンが止まっていた――工事用車両ではない。そのそばにフェンスの扉を見つけた――鍵がかかっていなかった。無理矢理開けた跡もなかった――何者かが手引きしている。
マンションのエントランスに足跡があった――大きさと靴跡の形から見て男が3人、女が1人。エレベーター――動いていない。電気は来ていない。非常階段で上の階へ上がった。埃の積もった階段――僅かに踏まれた跡があった。その跡をたどった。5階まで登った。足跡が折れ曲がって廊下へと続いていた。音を立てないように、腰を低くして歩きながら足跡をつけた。足跡がマンションの一室で途切れていた。扉の前で耳をそばだてた。衣擦れの音、女のうめき声。
当たりをつけた。相手は素人――心の中で舌なめずりした。
ノブに手をかけた。回した――鍵ががかっていなかった。胸ポケットの中のデバイスのスイッチを入れた。踏み込んだ。リビングで男が女に覆い被さり、残りの男が両手と両足を押さえ付けていた。
胸糞の悪くなる光景。膨れ上がる怒りと衝動――全員、壊してやる。
男達――振り返った。ようやくクランに気づいた。顔――ターゲットの男。
「てめえ、誰だ!?」
「何しやがる!?」
返事の代わりに拳を叩き込んだ。顔に、腹に。蹴飛ばした。肘打ちと膝蹴りを叩き込んだ。女から男を引き剥がした。女――震えている。顎をしゃくった――動かない。
「さっさと消えろ。ここで見たことは全部忘れろ」
女が跳ね起きるようにして立ち上がった。着衣を直しながら走り去った。足音が遠ざかっていく――男達が起き上がってきた。
「おい、何人の女勝手に逃がしてんだよ?」
「お姉ちゃんがやらせてくれるのか? あ?」
男が肩に掴みかかってきた。引っ張って体勢を崩した。腹に肘打ち。横合いから殴りかかってきた男をいなし、足払い。倒れたところで脇腹を蹴り上げた。最後の一人――怒声を上げながら殴りかかってきた。受け流してカウンター。局部を蹴り上げた。男が激痛に悲鳴を上げた。顔面に拳を叩き込んだ。男が鼻から血を噴いて倒れた。
男達――動かない。動けない。うめき声を上げながら床にのたうっている。ターゲットの男に近寄った。
「やめてくれ……」
男の顔が涙と血でぐしゃぐしゃだった。右手で胸倉をつかんで引き寄せた。
「楽しかったか?」
聞いてやった。
「お、お願いだ。い、命だけは……」
愚にもつかない命乞い――聞きたくもない。背中からナイフを取り出した。
「アタシもめちゃくちゃ楽しいぜ」
鮫のように笑ってナイフを振り下ろした。脳天から突き刺した――血と脳漿が飛び散った。
残りの二人――ポケットロンを必死で操作している。反応がないことに狼狽している――通じるはずもない。デバイスから妨害電波を出している。近寄って取り上げ、放り投げた。
「やめてくれ、すまねえ、すまなかった」
「い、命だけは……。金なら払う、いくら欲しいんだ」
ナイフで切り裂いた。男の腹を、首を。男達が地面に倒れた。脈を取って意識がないことを確かめた。背中から別のナイフを取り出して、男達の指に握らせた。殴っている間に利き腕は確かめておいた。
周囲に人気がないことを確かめて、マンションを出た。終わった――その一言だけをオユンにメッセージで送った。
翌朝、ポケットロンに着信――オユンから。
「女性が一人逃げ出したそうだね」
「アイツはターゲットじゃないだろう」
「私は『そこにいる人間全て』と言ったのだよ?」
「あれは巻き込まれただけだ。金でもやって口止めすればいい。それに、無関係の死体が増える方が面倒だろう?」
しばらく間――少し遅れて、声が聞こえてきた。
「男が仲間割れを起こして喧嘩しているうちにナイフで刃傷沙汰になった。同士討ちで互いに死んだ、という筋書きかね」
「そういうことだ」
「いいだろう。その筋なら彼らも納得するだろう」
今回のターゲット――イワサキの重役の息子。女を引っかけ、人目につかない場所に連れ込む。会社の面汚し、一家の面汚し。トーキーやイヌにばれる前に消せ――今回の指令。
「クラン君」
電話を切ろうと思った矢先に呼び止められた。
「君もそろそろ飽きてきただろう? もっと歯ごたえのある仕事がしたいのではないかね?」
「何が言いたい」
メッセージを受信。日時と場所の指定――明日、ヨコハマLU$T。
「待っているよ」
電話が切れた。