薬草
「それで、強い国王が力でねじ伏せない理由があるんですか?」
「先代国王の影響ですよ。先代は現国王ほどではなくともその時代で一番の力を持った竜でした。それだけでなく国民を愛し国民に愛される優しい王だったのです。毎日竜の姿で国を見て回り自ら争いを止めに入り、時には幼い獣人の手合わせに付き合ったり、私はまだ子供でしたがあの時代はみんなよく笑っていましたね」
「良い王様だったんですね」
「はい。そんな王に反対する者も多くあのような戦が起きたのですが……。きっかけは先代が決められた結婚をしたあとにある獣人を愛し子をもうけたことでした」
「そっか、浮気か」
それかうちみたいな感じ?
「我々の国は一夫一妻制という決まりはありません。種族によっては1人のみと結婚する者もいますが。先々代国王も竜の妻が数人いました。先代の正妻は位の高いお方で決められていた竜だったので同じ竜を娶っても争いにはなったでしょうが問題は虎の獣人だったからですね。しかもその息子が伝説の竜の生まれ変わりですから正妻含めて親族が怒り狂うのも無理はないと言いますか」
「それは……日本人からすると浮気は駄目って言いたいけどそういう世界じゃないなら愛する者同士幸せになってほしいと思いたいな。代替わりしちゃったってことは先代の王様は死んじゃったんですか?」
「はい。帝国と姉と共に」
「帝国?姉?」
「今はラリア砂漠が広がっている地、昔はそこがランダだったのです。そして先代の相手、虎の獣人が私の姉なのです」
「え、え、どっから突っ込むべきか……。あの、ラリア砂漠はとんでもなく広いんですが」
「はい。竜の帝国です」
「お姉さんが今の国王のお母さん」
「はい。なので今の国王は甥です。年は私の方が下ですけど」
「うーん……」
話が壮大なのか身近なのかよくわかんないわね。
「争いが激化して姉はこの場所に封印していた陛下を解き放ちました」
「待って、またおかしな話が。封印していた?陛下っていうのは今の国王のことですよね」
「はい。陛下は生まれてすぐ力が強大すぎて制御できずこの地で力のみを封印していました。体は自由だったのでいつもローナと言い争いしてましたね」
「ローナって初代妖精の乙女……」
「ローナは山猫の獣人でした。ランダは貴族階級はありませんが種族による位はあります。山猫は代々竜王に仕える一族でした。ローナは陛下の付き人をしていたのです」
「あれが付き人なものか。自分勝手で小賢しいわがまま娘だった」
「ローナも主に同じことを言っていましたよ」
「ふん」
「そういえばエディもローナを知ってたわよね。エディも国王とここにいたの?トカゲの位も高いの?」
「……そなた鈍いな」
「へ?」
「なんでもない」
「ふふ。話が逸れましたが先代が致命傷を受け、姉は陛下を解き放ち代わりに帝国に住んでいた人間をこの地下に逃がし陛下が帝国ごと敵勢力を一吹きで焼き付くしました」
「一吹きで……あの広さを」
「ええ。そして敵勢力の頭、先代の正妻の父親が死に、こちら側は先代と姉の力で守られました」
「守るってどういう」
「竜の力は攻めるのみでなく守りにおいても最強の防御になりました。共に戦っていた獣人たちをシールドで守りました。姉も命を削り力を注ぎ先代が最後の力で国民を守ったのです」
「……すごい」
「それが人間を受け入れた帝国初の大きな戦で、純人間の皆は我々を恐れました。そのため獣人の記憶を消しこの地に残し、獣人と交わり共に行きたいと言った人間と我々は陛下を王として新たな土地へ国を移しました」
「……なんだかお腹いっぱい。あれ?でもこの集落の人たちは竜神を奉ってお祭りだってしてますよ」
「全員の記憶を完全に消すことができなかったため一部の記憶を改ざんしたのです。300年ほど経った頃に久しぶりに訪れたらこの地には陛下の彫像と祠ができていました」
「似ても似つかぬがな」
「竜なんてどれも一緒ですよ」
「な……身も蓋もないことを言うな」
「嘘です。この角の形、翼、鱗の模様までそっくりです。私たちで描いたこの絵は先代国王ですが銅像は現国王の特徴があります。一瞬空から炎を吐いただけなのによくここまで忠実に再現することができたものだと感心しています。凛々しく気高い立派な陛下のお姿そのものです」
「ふん」
「え、この絵は先代国王なんですね。そうだ、ここに描かれてる美女は妖精が見える人間じゃないんですか?」
妖精が見える人間はいないのにこの絵には竜と妖精と美女が描かれている。
「ああ、この絵は先代と中級妖精と人化した姉が描かれているのです」
「お姉さんだったんですね。綺麗な人ですね」
「ええ、そうですね。でも陛下は不満だったようです」
「そうなんですか?」
「はい。ここから出ることができない息子のために家族の姿絵を書くことになったのですが」
「そんなものいらんと言ったがな。……コホン、そろそろ行くか。随分休んだ」
「え、休んだの?」
「魔力は回復せぬが」
「薬草があればよかったのですけど」
「まあロイドに焼かれてしまったものは仕方ない」
「え、それってどうなるの?エディの魔力が回復しないまま外に出ても大丈夫なの?」
「ふん、魔力がないくらいどうってことない」
「どうってことはあるんですけど。魔力というのは獣人にとって生命力でもあります。主は今ほんの僅かの魔力を命を繋ぐことに使っています」
「そんな……エディ死んじゃうの……?」
「……ふん。我は死ぬわけにはいかん。もう動ける。早くここから出るぞ」
立ち上がって歩いていこうとするエディの腕を掴んで言う。
「ちょっと。魔力が回復するまで待てば良いんじゃ」
「この場所は知られている。長くここにとどまる方が危険だ。ここの民のためにも」
「そっか、ここの人たちも危ないんだ。……でも」
「エディー聞いて聞いてー」
「なんだ」
大人しかったルルとネルが割り込んでくる。
「ネルの力が強くなったみたいにルルの力も強くなったよー。なんでー?」
「ふむ。ルルとネルは生まれも同じか?」
「うん!!一緒に生まれたー」
「では力のレベルが上がるタイミングも同じだろう」
「そうなんだー」
「して、ルルの力はなんだ」
「見えなくなる力なのー」
「うん、そうなのー」
「主、透明化です。逃亡に使えますね」
「ふむ、目眩ましのあとに透明になって逃げるか」
「はい」
「ちょっと、ルルのへっぽこ能力ってレベル上がったの?」
「へっぽこじゃないもん。これでも進化したもん。ヘレンに初めて使った時は3分で効果なくなっちゃってヘレンのおばば様に怒られたー」
ヘレンというのはお母様の名前だ。
それにしても3分って。
「それじゃあキッチンにもたどり着かないじゃない」
「だから頑張って特訓したのー」
「特訓は必要ですが大抵妖精の力は徐々に進化します」
「えー頑張らなくてよかったのー?」
「だから特訓は必要だって」
「ふーん。まあ良いやー」
「ルル、ネル、お前たちは逃げている間ネイツの服の中に入っていろ」
「どうしてー?」
「危ないんだってー」
「危ないのー?」
「ああ。獣人は妖精を傷付けようとしない。それが古くからの決まりだったが今我らの敵になっているやつらは妖精を利用するため手荒なことも厭わない」
「酷い」
「それほど危険なやつらなのです」
「そうなんですか……」
「ふーん。じゃあルル、ネイツの服に入ってるねー」
「その、逃げれば大丈夫なものなんですか?」
ネイツさんに尋ねるとネイツさんは自分の右足を押さえる。どうしたんだろう。
「そうですね……上手いこと仲間と合流できればなお良いですが」
「そんなんで大丈夫なの?ですか?」
「そうは言っても主の力が回復するのを待つなら2日は必要かと」
「その薬草って手に入らないの?」
「ランダの特殊な環境でしか栽培できない薬草です。獣人の魔力を回復することができるのですが陛下の義母兄によって畑が焼かれてしまいました」
「うーん……薬草、薬草か……。人間に使う薬草が効いたりしないわよね。ルル」
「あーい」
少しでも安全に逃げたい私はルルに家庭菜園の鉢植えたちをいくつか出してもらう。
「食べ物だけじゃなく草も育ってて……これなんか化粧水になってなかなか便利でこれは」
「お、おい、それ!!」
「わっ」
急にエディに手首を掴まれる。
「なぜそなたがこれを持っている!?」
「なぜって育てたからだけど……。これは怪我した時に塗り薬にしたり風邪引いた時は煎じて飲むと治ったりよくわかんないけど何でも効く薬」
「それだ」
「なに?」
「それが魔力を回復させる薬だ」
「へ?」
あれ?特殊な環境でしか栽培できない薬草じゃなかった?
「屋根裏って特殊な環境なのかしら。……まあ、特殊っていえば特殊ね」
「育てるのも難しい薬草なのですが」
「嘘だー。これだけじゃなく全部放っておいても全然育つんだけど。ルルなんかしてた?」
「ううん。ヘレンがやってたみたいにティナと元気に育てー元気に育てーって言ってただけー」
「そうよね。あとたまに思い出して水はあげてたけど。お母様も毎日声をかけるだけでなぜか育つって言ってたし」
そう考えると私たちの家庭菜園って不思議な植物よね。
「そなたやはり……」
「獣人の血を引いてるようですね」
「え、ネイツさんまで……。人間なんですけど」
「とにかくそれをもらってもよろしいでしょうか?」
「あ、全然こんなのいつでも育てられますし」
そう言ってネイツさんに手渡すとネイツさんはネルの口から出した薬研で薬草を磨り潰す。
「あの、水いります……?」
「ありがとうございます」
本当に効くのかな、と思いながらルルの口から出した水のボトルをネイツさんに渡す。
「主」
「ああ。……ティナ」
「……へ?」
エディに初めて名前を呼ばれる。
「感謝する」
ドキッ──。
笑った顔初めて見た。
いや、笑ったというかちょっと口角が上がっただけだけど。
それにドキッて何?子供相手に……700才だった。おじいちゃんじゃん。なのに何で……。
エディが薬草を飲むといきなりエディの体が炎に包まれる。
「なっ、大丈夫なの!?」
「大丈夫です。主、魔力の回復度合いはどのくらいで?」
「ふむ。100分の1といったところか」
「そうですか」
「え、それって全然なんじゃ」
「十分だ。ティナ、行くぞ」
「え?……ぎゃっ」
エディに肩に担がれたかと思ったら担がれたまま上に飛び壁を蹴って上に登っていく。