幻の国の場所
「あの、避難民ってなんですか?」
「ん?ああ、12年くらい前からなくなったんですけどその前8年くらい一時的に王族によって聖女探しが行われてたらしいんですよ」
「聖女?」
「サクティラでいう妖精の乙女ですね。平民の子供を拐って行くんだそうです」
「え!?」
どういうこと?
私の前の妖精の乙女はずっと貴族の令嬢で王族に嫁げる高位貴族のはずだ。
それに王族にとっては妖精の力が重要。妖精の乙女は妖精と意志疎通が取れる存在でそれは貴族からしか生まれないというのが王族や貴族の考え。
それなのに王族が平民から妖精の乙女を探すなんて。
しかも拐っていた?その子たちはいったいどこにいってしまったの?
「拐われるのは見目が可愛らしい女の子ばかりだそうで女児を生んだ女性が避難しに来ていたんです」
「そんなことがあったんですね……妖精の乙女は貴族の令嬢だと思っていたけど本当は平民の中に妖精の乙女がいたってことかしら」
私やお母様は貴族の血をひいてるのだけど……。
「貴族でも平民でも人間に妖精が見える聖女がそんな簡単に現れるはずないですけどね」
「そうなんですか?」
「ここでは妖精は竜神と共にあったと云われています。そして神に遣えし妖精はただの人間には見えない存在だと。だからそんな人間に見えない存在がいるなら聖女がいたのだろうと云われてるんです。実際は全部作り話かもしれませんけど」
いや私もお母様も初代妖精の乙女もただの人間ですけど。
「でも昔の聖女が竜神と妖精と描かれた絵が残されているんですよ。この辺りでは有名な話です」
「そうなんですね。あ、そういえば……」
「何か?」
12年前といえば私が妖精の乙女になった頃だ。ナンシーが妖精の乙女になったことでまた誘拐されないかと思ったけれどそこである手紙を思い出す。
それは私が国を出ていく決心をしたきっかけだ。
自宅待機を命じられてすぐ私の屋敷に一通の手紙が届けられた。
気付いたら窓の縁に置かれていたその手紙には『国民のことは私に任せて自由に生きなさい』と書かれていた。
誰が書いたものかはわからなかったけれど不思議とその時頭に浮かんだのは1人の神官の顔だった。
体裁のことしか考えていない神殿の神官たちの中で唯一私のことを心配する素振りの見せてくれた若い男の神官。
あの手紙はこういう意味でもあったのかも。
「ヘンリーやー」
「あ、はーい。じゃあお客さん、この店外観はあれだけど毎日掃除してますしゆっくりしていってください」
「あ、はい。ありがとうございます」
男の人──ヘンリーさんは厨房に行ってしまった。
私はご飯を食べ終えると2階に上がり、どこでも良いと言われた部屋の一室に入りベッドに座る。
「さて、ルル」
「あーい」
「獣人っていうのは獣になることもできるの?」
「できるよー。友達の虎の獣人に虎の姿で背中に乗せてもらったこともあるよー」
「そう。竜は存在する?」
「竜は国王様だよー」
「知らなかった……。獣人って前世で見たことある動物くらいだと思ってたわ。じゃあ竜神っていうのは国王のことなのね?」
「さあ、どうだろー」
「違うの?」
「違くないかもー。でもー帝国がなくなったのって500年前だからルルが知ってる国王様じゃないかもー」
「代替わりしてるかもってことね。まあそれはどっちでも良いけど。とにかく獣人は存在するのは確かなのね」
良かった。最初の聞き込みで情報が得られなかったから獣人と妖精と人間が共存してる国っていうのはルルの妄想なんじゃないかと思うところだった。
「じゃあ竜神が妖精と一緒にいたっていうのも本当なのね」
「うん、それはねー中級妖精だよー」
「中級?」
「ルルは下級妖精だから滅多に国王様に会わないよー。会っちゃ駄目ってわけじゃないけど。中級妖精はお仕事してるの。ルルはお仕事したくなーい」
「なるほど。妖精にも階級があって階級が上がると役割があったりするのね」
「そうだよー」
「妖精が人間に見えないっていうのは知っていたの?」
「うん、だからなんでだろーって」
「初代妖精の乙女は?知らないの?聖女のことは?」
「ルル知らなーい。中級か上級の妖精に聞けば知ってるかもー」
「ふむ、情報開示に制限があるとか?」
「ううんー。中級は初級に色々教えてくれるんだけどー、ルルたちはお勉強サボってたから知らないのー」
「……そう」
妖精の世界でも勉強とかサボりとかあるのね。ルルが問題児だったとか納得。
「で、国がどこにあるかって問題よ。おばあちゃんを助けた猫耳の人間っていうのは猫の獣人って考えられるのよね」
「猫の獣人かもしれないけど虎の獣人かもー。ルルが知ってる猫は国から出ようとしないよー。国の中なら気ままにどこにでもいるけど」
「じゃあ虎だとして、虎の獣人がラリア砂漠まで人拐いを助けていたということよね。心当たりは?おばあちゃんは90才で6つの時の話だから84年前。ルルは30年くらい前にお母様に会ったんだから84年前は国にいたわよね」
「わー数字をたくさん言わないでールル混乱するー」
「……先生は苦労したわね」
ちなみにルルは言動は幼い子供みたいだけどもう何百年も生きてるんだそうだ。
「84年前ーんっとーえっとー……あ!!」
「何か思い出した?」
「ネイツがねー国が荒れてるから気を付けろって言ってたー」
「ネイツ?」
「ルルの友達ー虎の獣人ー」
「そう、国が荒れてたのね。原因は?」
「えっとーなんだっけー……そうだ、国王様が嫌われてるからみたいに言ってたなー。あ、そっか、帝国がなくなったときの国王様は先代の国王様だったよー。それで、そのすぐあとに国王様が即位したんだってー。でもネイツがまだまだ治世が安定しないって言ってた」
「獣人とか妖精の寿命が長すぎて感覚がわからない……500年も安定しないなんて。で、そのせいで国が荒れてたのね」
「うん、国の悪いやつが悪いことしてるからルルも気を付けてって」
「で、ここが問題よ。おばあちゃんはわざわざラリア砂漠を通ってどこかに連れていかれようとしていた。おばあちゃんを助けた虎の獣人が自分の国の者がって言っていたっていうことは犯人はルルの故郷の獣人か人間よね。ということは向かっていたのはルルの故郷」
まずい。ルルには難しいかも。
ルルは難しそうな顔をしながら宙を八の字に飛ぶ。
まあ、仕方ない。事実整理のために喋ってるみたいなものだしルルのことは気にしないでおこう。
「わざわざラリア砂漠を通ってこっち側の別の国に向かうなんて馬鹿なことはしない。つまりルルの故郷はラリア砂漠の向こう側ってことになるわ」
「おーそうなんだー」
ルルが、解決したーって言いながらくるくる私の周りを回るけど私はガックリと肩を落とす。
最悪だ。ラリア砂漠に元々あった帝国は前世で最大面積の国ほどもあったという。
そんなところを歩くしかないこの世界でしかも何もない熱帯の砂漠。
そんなの無理にもほどがある。
「でもここに来て諦めるのは……だけどいくらなんでも……」
いや、でも水と食料をルルに任せればどうだ。それでも体力が持たないか。
そうだ、ルルの能力でどうにか……。
「そう、場所がわかったんだからルルが先に行ってその虎の獣人とかお友達を呼んできてくれれば良いじゃない。人は乗せてくれないかしら」
「そっかー。ネイツはねぇー優しいから乗せてくれるよー」
「よし、完璧じゃない。これで大丈夫ね」
安心安心。先が見えた私は安心してベッドに横になった。