獣人
「ないわ」
「ないねー」
「情報が全然ない」
「ないないー」
「誰一人知らないなんて」
「だから言ったのにー」
「ルル」
「なーにー?」
「思い出しなさいよ」
「無理だよー忘れちゃったもん」
1日聞いて回って誰もその国を知っている人がいなかった。
「困ったわね。とりあえず今日はもう諦めて寝る場所を確保しないと」
だけど探すのが遅くなったせいかもうすぐ何かのお祭りがあるだとかで宿はほとんど満室。
最後の1つ、なんだか傾いてるような大丈夫かと思う外観の古い宿の前に立つ。
「寝てる間に崩壊したりしないかしら」
「そしたらティナを透明にしてあげるよー」
「馬鹿。透明になったって物理的に消えるわけじゃないんだから下敷きになるわよ」
「あーそっかー」
「まったく……。まあ営業してるってことは大丈夫よね。きっと」
そう思いながら宿の扉を開ける。
「あのー、一晩泊めていただきたいんですけど」
「はい?」
見るからにお年を召したおばあちゃんに聞き返されボリュームを上げてもう一度言う。
「一晩泊めていただきたいんですけどー」
「あーはいはい。ご飯ね」
「じゃなくて、まあご飯も食べたいと思ってたけど」
「ちょっと待っててね」
「あ、はい」
ま、いっか。腰の曲がったおばあちゃんがゆっくりゆっくり奥に歩いていくのを見送った私は適当な椅子に座る。
店内は外観ほどぼろぼろではなくて小綺麗だ。
「はいどうぞ」
「あ、もう?」
店内を少し見ていただけであっという間に美味しそうなお肉メインの料理の数々がテーブルに置かれていた。
「わあ、美味しそう」
凝った料理なんてあの屋根裏部屋でできないから調理済みの肉と家庭菜園で採った野菜をそのまま食べていた。
いただきます、と言ってポトフに似たスープを一口口にするとコンソメの効いたほっこり優しい味がした。
「ふぁー美味しいー」
「ちょっと、それメインなんだけど。しかもまだ私が食べてないやつ」
「気にしない気にしないー」
ルルがメインのハンバーグを頬張りながら言う。
妖精は特に食べ物は必要ないそうなのだけどルルは昔からお母様のご飯をつまみ食いしてたそうでいつもこうして私のご飯をつまみ食いしてくる。
「まあ良いか。おばあちゃん、お料理美味しいです」
「はいー?」
「お料理!!美味しいです!!」
「あーはいはい。2階ね、空いてるよ」
「何が!?あ、もしかして宿?泊めてもらえるんですか?」
「あれはあたしがほんの6つの時でねぇ」
「何か語りだした!!」
「人拐いにあってねぇ」
「そ、それは酷い!!」
「ラリア砂漠を通ってねぇ」
「え!?あのラリア砂漠!?」
ラリア砂漠というのは昔帝国が築かれていたといわれる砂漠地帯だ。
この場所から南に進むとそのラリア砂漠が無限に広がっている。
本当に無限ではないのだろうけど広すぎてその先にたどり着けた者はいないらしい。
「おばあちゃんラリア砂漠の向こう側に行ったんですか?」
「そりゃああんた、無理だよ」
急におばあちゃんがキッと真剣な目を向けてきた。
というか初めて会話通じたわ。
「……ですよね」
「骨がそこらじゅうに散らばっててねぇ」
「ひぃ……」
「あたしゃ怖くて乗せられていた荷車で布を被って小さくなっててねぇ」
「それは怖いですよね」
「そしたら突然叫び声が聞こえて驚いて外を覗くと拐っていた男たちが倒れていたんだねぇ」
「えー!?」
「何が起きたのかと驚いていると上から声がしたんだ。うちの国の者がすまないなってねえ」
「助けてくれたんですか!!良かったですね!!」
「そう言った男の人の頭には猫みたいな耳があってねぇ」
「え?……ええ!?」
「それがあたしの初恋でねぇ」
「え、初恋?え、あの、おばあちゃんそれって」
「おばあちゃん、またお客さんに初恋の話してー」
そう言って部屋に入ってきたのは私より少し年上に見えるの男の人だ。
「すみませんねえお客さん。おばあちゃん、いつもお客さんにこの話してるんですよ。猫の耳が生えた人間なんているわけないのに」
「は、はあ……でも」
「お客さん女性の1人旅ですか?」
「あ、そうです」
「そうですか。ちょうど年に1度の竜神祭りの日が近いから旅行客が多くて。どこも宿空いてなかったでしょう」
「りゅ、りゅうじん?そういえばなんとか祭りだって言ってました」
「竜神ですよ。竜の神様」
「竜がいるんですか!?」
「どうなんでしょう。大昔大きな争いがあって帝国の争いを治めた竜神がわずかに残った人々をこの地に住まわせたと云われています」
「へえ、ここには帝国の子孫が住んでいるんですね」
「さあどうでしょう」
「どうでしょうって」
「竜神に救われたという話だけが残って年に一度お祭りをしているんです」
「そうなんですか。知らなかったです。サクティラではそんな話聞いたことなかった」
「あれ?お客さんサクティラの人でした?」
「え、はい」
サクティラというのは私が生まれ育って国外追放された国の名前だ。
お兄さんは困ったような顔をする。
「また避難民が来はじめたのかな」
「避難民?また?」
「知らないんですか?」
「なにを?」
ど、どうしたんだ?
お兄さんは今度はじろじろ私のことを見てくる。
「お客さんサクティラの貴族……がこんなところで一人旅してるわけないか。でも平民でもない?」
「えっと、ちょっと訳ありで……」
お兄さんはまだ訝しげに見ている。
「さあさ、料理が冷めちゃうねぇ。あんたも帰ってきたなら手伝いなー」
「あ、ごめんおばあちゃん。っていうかもう90なんだから引退して休んでてってば」
90!?おばあちゃん、お年だと思ったけど元気なおばあちゃんだわ。耳は遠くて中々会話が成立しないけど。
お兄さんが厨房に行こうとして私は慌てて引き留める。
何か私の知らないことがあるみたい。ここで聞かなくちゃ。