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妖精の乙女


「クシュン」

「ちょっと、妖精ってくしゃみするの?」

「ズピー……どうじでこしょうなんて持ってるのさ」

「いやーあの馬鹿王子に塩だけじゃなく胡椒も撒いておこうってね」


 私たちが話している間に周りでは様々な思惑が動き出していた。


 そう、これが私の、私たちの人生を大きく変えるくしゃみだった。



──────




「お姉様、見てください。マルクス様からドレスを贈ってもらったのです」

「そう」

「羨ましいでしょう」

「……そうね」

「おほほほほ!!じゃあお姉様、私マルクス様とデートに行ってきますね」

「そう、行ってらっしゃい」


 部屋から出ていく妹の後ろ姿に向かって塩を撒く。


「ちょっと、あんたもやりなさい」

「あーい」

「ん?しょっぱい?」


 ギクッ!!


「ど、どうかした?」

「お姉様、この部屋しょっぱくありませんこと?嫌だわ、汚ならしい。あ、そうね、掃除をするメイドもいないのだからしかたないわよね。おほほほほ」

「ナンシー、殿下をお待たせしてはいけないのではなくて?」

「ふん、負け惜しみ」


 そう吐き捨てて部屋から出ていくナンシーを見届けた。


「ちょっと」

「……あ、あい」

「や、り、す、ぎ」

「ごめんなちゃい」

「わかれば良いのよ」


 いきなりだが私は転生者だ。だけどよくある乙女ゲームだとかではない……と思われる。


 というのも私は世間的に異母妹を虐め、偽の立場に長いこと居座っていた極悪人、悪役令嬢だから。





 私が今いるこの国は妖精の加護がある、とされている。


 そして妖精を見ることができる女子が生まれ、その女子は妖精の乙女と呼ばれる。


 はるか昔、廃れた小国にフラりと立ち寄った女性が王子と恋に落ち妖精の力で国を豊かにし、代々妖精の乙女が祈りを捧げ国を守護しているのだ。


 だがこれはめでたしめでたしで終わった話ではない。


 妖精を見ることができる女性は実際にいて、彼女は王子と恋に落ち、実際に妖精の力で土地は肥え雨が降り国は豊かになったのだそうだ。


 しかし数年が経つと王子は別の女性を愛しその女性と結婚してしまい妖精の乙女は神殿に籠って生涯を終えたのだそう。


 なんという悲劇。前世で年齢=恋人いない歴だった社畜OLでハッピーエンドの恋愛小説を楽しみにしていた私は妖精からその話を聞いて恋とは儚いものなのだなとしみじみと思った。


 しかしこの伝えられる話には実態と異なることがある。始めこそ妖精の力で豊かになったもののその後は妖精の力なんて使っていないのだ。


 妖精の乙女を振った王子に対し、本人よりも怒った妖精たちは彼女がいなくなったら国を出ていくと言い出した。


 妖精の乙女は実は私と同じ転生者で、王子に愛想をつかしたが自分の死後のこの国の未来を憂い前世の知恵を使って妖精に頼らない生活の知恵を普及していったのだった。


 妖精の乙女を捨てた王子を始めとした王族は妖精の乙女の功績なんて知らずこの豊かな国は妖精の力だと信じて疑わず、妖精の乙女の死後、神殿は偽りの妖精の乙女を仕立て上げて祈りを捧げてきた。


 この国が今でも豊かな国なのは大きな災害に見舞われなかったことと妖精の乙女が残した生活の知恵のお陰だというのに。




 そんな国で先日まで妖精の乙女だったのが私だ。


 ここでようやく私自身の話に戻るが、私は前世、新卒で入った会社がブラックで仕事に追われる毎日を恋愛小説で癒していた平凡な26才だった。


 という前世を思い出したのは6才の時。思い出したというより6才の子供が突然26年分の記憶を頭に焼き付けられたという感覚に近かったのだけど、キッチンからパンを盗もうとした時に脚立から落ちて頭を打ったら思い出したのだ。


 キッチンというのはこの屋敷のこと。なぜ盗むなんてことになるのかというとそれはさらに私のお母様の話をしなくてはならない。


 私の亡きお母様は伯爵家の3姉妹の末っ子として生まれたが変わり者として家族から疎まれていた。


 その変わり者というのが、伯爵令嬢とは思えないほどやんちゃだったり誰もいないのに誰かと会話するように独り言を言ったり急に暴れだしたりするためだった。


 そう、全部私の隣にいるこの妖精の仕業だ。


「んー?なーに?」

「なんでもないわよ。床掃除しておいてよね」

「えー自分で撒いた分だけやるー」

「もちろん。自分のやったことは自分で後始末しなくちゃ」


 お母様も妖精を見れる人だったのだ。やんちゃだったのは関係ないけれど変わり者に拍車を掛けることになったのは完全に妖精のせいだった。


 お母様の家族はお母様を病弱ということにして田舎の屋敷に閉じ込めていたのだけど18才の時侯爵家に嫁ぐことに決まった。


 それがこの私の父の家。私の父は結婚前に屋敷のメイドを愛して妊娠させてしまい、父の家族は平民のメイドを正妻にはできないと激怒しお母様の話を聞きつけ正妻として嫁がせた。


 なんて最低な話だと思ったけれどこの世界ではありえなくない話なのだそうだ。


 そういうわけでお母様は嫁いだ初日から父とそのメイド、メイドを援護する屋敷の他の使用人たちに冷遇され私が今もいる屋敷の屋根裏部屋に閉じ込められることとなった。


 こんなことただの令嬢には耐えられないことだっただろうけどお母様はただの令嬢ではなかった。


 父の父から正妻に子供を生ませるように言われていた父は子供ができたとわかるとお母様に会いに来ることもなくなり、お母様は実家と同じく引きこもって誰に何を言われることなく自由に過ごしていたそうだ。


 この屋根裏部屋と屋敷の庭の一角で家庭菜園をしていて自分で育てた野菜とキッチンからバレない程度に盗むパンで暮らしていたお母様は私が生まれてからも逞しく自由を謳歌していた。


 そんなお母様と私と妖精の屋根裏部屋での暮らしは私が6才の時に終わりを遂げた。


 無理してなさそうに見えて体に負担をかけていた生活は確実にお母様の体を蝕んでいて倒れてしまったのだ。


 そんな時だった。私が前世を思い出したのは。私は6才の子供のままそれ以上の年月の記憶をいっぺんに頭に叩き込まれた感覚がした。


 この環境のおかげで逞しい子供だった私でも突然の出来事に動揺して病床のお母様に泣きついた。


 私の話を聞いたお母様はそれはきっと転生だと言った。


 妖精の乙女もそうだったのよ、といつもの調子で続けるお母様に冷静になった私は6才の自分と前世の自分が混じり合うのを感じた。


 それから間もなく、お母様は静かに息を引き取った。


 最後お母様は私が前世を思い出して良かったと言ってくれた。6才の私を残して逝くのは辛いからと。


 前世の私も6才で両親を亡くした。大丈夫だよ、生きていけるよと言う私の言葉をお母様は笑って聞いてくれた。




 あれから12年。いろいろなことがあった。


 お母様のこともあってパンと野菜だけでなく肉を食べるために働きに出たのだが妖精と話しているのを聞かれ妖精の乙女に祭り上げられ王子の婚約者にされ嫉妬した継母と異母妹に虐められ──そして妖精の乙女を偽り本来の妖精の乙女である異母妹を虐めた罪で現在監禁中である。


 妖精の乙女には妖精の祝福があるという神殿の作り話により、妖精の乙女の周りを舞踊る妖精たちによって花が舞うとされている。


 それが見えない人間からしたら妖精に愛されている証拠のように見えるらしい。



 そう、先日年に一度の王妃主催のガーデンパーティで妖精のくしゃみによって近くにいた異母妹に降り注いだ花びら。


 それにより私の運命は変わったのだった。



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