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8 マグヌス

 案内されたマグヌスは、首だけのマリーを目の当たりにして絶句した。ただでさえ小さい瞳が点になり、持っていたゴーレム義手を取り落とす。


「マリー様! 腕のいい魔道士を見つけてきました!」


 それを一切気にすることなく、満面の笑みでマリーに駆け寄り抱きかかえるロゼ。


「ロ、ロゼ!? もう落ち込んでないの?」

「マリー様に触れるだけで、あらゆる負の感情が浄化されます」

「やっぱり変態じゃないか」

「貴方学習しませんの!? 違うわよロゼ、わたくしはそんなこと思ってないから……」

「置いてくなやぁ!!」


 連れてこられるなり蚊帳の外にされ、マグヌスは声を荒げた。ずかずかと近づいてきて腰を曲げ、ロゼに抱かれたマリーを睨む。


「生きてる……? 首だけで? 空間魔法の応用か……いや、それでも抱き上げるとなると話が変わってくる。精巧なゴーレム? そんな馬鹿な、ここまでリアルなゴーレムあり得ねぇ」

「……ロゼ?」

「こちらはマグヌス様です。有名な魔道学校を卒業されたそうですよ」


 じろじろ見られて困惑するマリーの頭を、ロゼは綻んだ顔で撫で続ける。

 スペードは遠巻きに「やっぱりどう見てもノーマルじゃないな」と、内心でぼやいていた。今度は声に出さないでおく。


「ちょっと貸してくれ」

「……傷つけたら許しませんよ」


 名残惜しさを存分に滲ませながら、ロゼはマリーを渋々差し出す。両手で頭を抱え、マグヌスが更に睨む。目つきの悪さに、マリーが一瞬怯んだ。


「アンタ人間?」

「ええ……。諸事情で今は生首ですが」

「名前は?」

「マリー=ホーネットと申します」

「受け答えもしっかりして……は? マリー=ホーネット!?」


 マグヌスは思わず手を伸ばし、顔同士の距離を遠ざける。言われてから、確かに見た覚えのある顔だと気づいた。


「待て待て、アンタ一週間前に……」

「殺されたことになってますわね」

「……首なし死体ってまさかそういう。触った感じも確かに人肌……つまり本物……?」


 頭を反転させられ、マリーの視界が真後ろへ回った。なぜか恨めしげな顔のロゼと、やっぱりなにを考えているのか分からないスペードがこちらを見ている。

 首の断面に触れられる感覚がした。マグヌスが指を当てているらしい。


「指の本数分かります?」

「……二本ですわ」

「感覚も正常……けどなんだこの断面、傷口じゃねぇ……。空間魔法に似てるけど、やっぱり全然別物だ……断面の感覚の再現とか意味分かんねぇ……そもそも斬られたのは事実のはず。それなのに痛覚はなし……マジか……マジか……!」


 マグヌスの声が、徐々に高揚し始める。マリーからは見えないが、笑っているとすぐ分かった。喉の奥からくつくつと断続的な音が鳴っている。

 マリーをロゼに返してマグヌスは言う。


「詳しい事情、聞かせてくださいよ。どうしてオレが必要なんすか?」

「俺から話そう」


 三度目とあって、スペードの説明は簡潔さが格段に増していた。今必要な情報だけが、マグヌスの耳に届けられてゆく。


「悪魔……! 殺さず首を刎ねる魔法! ゴーレムの体!」


 全て聞き終え、マグヌスは両手を広げて天井を仰いだ。全身が歓喜に震えている。見開かれた目は獣のようで、とても魔道士には見えない。


「まさかこんなものが見られるなんてな……! ロゼだっけ? 感謝するぜ、オレに目をつけてくれて」

「それでは……」

「受けるとも! 受けるに決まってる! このまま帰って寝れるかよ!」


 マリーとロゼが顔色を明るくするが、「ただし」とマグヌスがつけ加える。


「マリー様、一つ条件を足しても?」

「わたくしにできることなら」

「オレに悪魔の魔法を研究させてください」


 全員の視線がスペードに向いた。


 この短時間でもよく分かる。マグヌスの興味の矛先は、常に魔法に関すること。首だけのマリーを見た瞬間に、既存の魔法に当てはまるかを考え始めた。悪魔の魔法が説明に出たときなど、ならず者のような目をこれでもかと輝かせていた。

 だから提示される条件として、非常に納得のいくものではある。


「んな危ないことしないっすよ。ちょっと魔法見せてくれりゃあいいんで」

「……スペード、お願いできまして?」

「ああ分かってる。契約主のためなら」


 スペードは片手を挙げて、了承の意思表示をした。

 同時にマグヌスが歯を覗かせて笑う。そして、声高々に宣言した。


「よっしゃあ! オーケーやりましょう! マリー様の仮の体になるゴーレムの作成と、本物の体を取り戻したときの治癒! このマグヌスにお任せあれ!!」







「色々と準備がある」と言い残し、マグヌスは立ち去っていった。明日また来るとのことで、一応ロゼも同行している。

 必然的に、マリーとスペードだけが再び部屋に取り残された。


「申し訳ありませんわ。取引材料のような扱いをして」

「気にするな。俺はお前のためにいる」


 定位置となった机の上でマリーは謝るが、スペードが気にする様子はない。それどころか何気にとんでもないことを言う。


「お母様から契約を引き継いだとはいえ、それは言いすぎではなくて?」

「そうでもない」

「……貴方とお母様は、本当にどのような関係でしたの?」


 色々と聞かされたあの日と同じ質問だった。また趣味の悪い冗談でごまかされるだろうか。


「恩人」


 かと思っていれば、あまりにもあっさり答えられた。掴み所があまりになくて、マリーは何度目か分からないきょとん顔を晒す。


「恩人?」

「俺はアンナに助けられた。この仮面も貰った」

「それ元はお母様のものでしたの!?」


 知らなかった。母にあんな変な仮面を収集する趣味があったとは。マリーにはどうもお洒落に思えないが、分かる人には分かる魅力でもあるのだろうか。


 少なくとも、スペードは相当気に入っているらしい。初対面のとき、勢いで仮面を悪く言ったら凄まじく落ち込んでいたし、今のところ素顔を見たこともない。本当に四六時中被ったままだ。


「貴方、食事はどうしてますの? わたくしたちの前では手をつけませんわよね。それとも悪魔には食事が必要ないとか」

「ちゃんと食ってるぞ。情報収集の帰りとかに」

「はあ……」


 なぜそこまで徹底しているのか。正直かなり興味があるが、聞くのは無粋な気がする。なのでマリーは掘り下げるのをやめた。


「少し脱線しましたが、わたくしは貴方にとって恩人の娘ということですわね?」

「そうなるな」


 恩人の娘のためなら、「俺はお前のためにいる」と言いきれるのだろうか。そもそも悪魔が人間界に来ること自体困難なのに、なにをどうして助けられたのか。分かったようで、まだまだスペードは分からないことであふれている。


「……もう聞かないのか?」

「これ以上は答えてくださらない気がしまして」

「お前が命令すれば、俺は喋るしかなくなるんだが」

「それはズルですわ」


 悪魔との契約は本来そういう……人間優位のものだが、マリーはそれが好きじゃない。だから「猫になれ」とも命令していない。ロゼ曰く黒猫だそうだが、布切れで顔を覆っているらしい。徹底しすぎだ。


「そういう感性の人間が過去にたくさんいたら、俺はここにいなかったかもな」

「どういう意味ですの?」

「内緒」


 はぐらかすでもふざけるでもなく、スペードは人差し指を立てた手を仮面の前にかざした。


「この件が丸く収まったら教えてやる」

「……それは契約ですの?」

「そうするか」


 黒い服のポケットから指輪が取り出される。こんな軽い雰囲気で結ぶものなのかは疑問だったが、スペードがそれでいいならとマリーは思った。

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