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7 魔道士探し

 マリーが表向きに死亡してから、一週間が経過した。


 ロゼは初日の時点で国王から暇を貰っており、マリーとスペードと共に寝泊まりを続けている。

 日の半分は魔道士探しに奔走し、残りはマリーとのスキンシップに明け暮れる毎日だった。髪をとかしたり、撫で続けてみたり、寝るときは添い寝したりと、日頃の鬱憤を晴らさんばかりのべたつきぶりだ。


 スペードに「もしかして変態か?」と言われ、マリーがそれに食ってかかったのがついさっきのこと。「気にしちゃ駄目よロゼ! どんな貴女でもわたくしは受け入れるわ!」という微妙なフォローに心を抉られ、魔道士探しを名目に家を飛び出して今に至る。


「だって、マリー様普段はそんなことさせてくれないし……」


 独り言を呟きながら、ロゼはとぼとぼとスラムを歩く。状況を鑑みずに舞い上がっていたのは否めないので、あのとき言い返すことができなかった。

 俯いていたため、道端に落ちたくしゃくしゃの新聞が目に入った。つい立ち止まって一面の記事を黙読する。


 王女が暗殺されたという旨の見出しが、嫌になるほど大きく報じられている。

 顔を上げて周りの様子を窺えば、どことなく暗い雰囲気が立ち込めていた。


 本人に自覚はないが、マリーは国民から人気がある。可愛らしい顔立ちで、性格も王族としては親しみやすい。時折見せる威厳と合わさり、心を掴まれればもう沼だ。

 そんな彼女が惨たらしく殺されたという事実が、今も人々に影を落としている。ロゼと同じく、捨てられた新聞を見て顔を暗くする人がそこかしこにいた。


「……私はしっかりしないと」


 事実を知るロゼは、二度ほど自分の頬を叩いて気持ちを入れ替える。事が事なので大々的な募集などできず、簡単にはいかない。しかし、主の願いを叶えなければならないのだ。


「おっと、まただ」

「どうした」

「最近義手の調子がなあ。最近はいいことないぜ」


 義手という言葉につられて、ロゼは声の方に振り返った。ホームレスと思しき二人組の老人が、地面に胡座をかいている。

 その片方は、右手の肘から先がゴーレム義手になっていた。


「お前またか? 怒られても知らねえぞ」

「別に雑に扱っちゃいねえよ! 姫様の件が悲しすぎて、思いきり壁殴ったけどよ」


 明らかにそれが原因だが、ロゼには気持ちがよく分かった。スペードの訪問がもう一時間遅ければ、自ら命を絶っていたかもしれない。

 勝手に共感している間に、老人たちの前を青年が通り過ぎた。義手の方がそれに気づいて声を上げる。


「お、マグヌスじゃねえか! 丁度いいところに!」

「ん? なんだおっさん、元気か? また博打ですったのか?」


 マグヌスというらしい呼びとめられた男は、スラムに似つかわしくない小綺麗な格好をしていた。ロゼにはなにかの制服のように見える。そして背中に大きな杖を背負っていた。


「それもあるけどそうじゃねえ。そもそもお前だって金ないのは分かってらあ」

「んじゃなんだ? 腰でもやったか?」

「実はよ……義手が最近、な?」

「ハァ!? また壊しやがったなこのジジイ!」


 マグヌスは突然血相を変え、殴りかかりそうな勢いで老人に詰め寄る。とめに入るべきか迷う剣幕だ。


「またってほど頻繁じゃねえだろ? 勘弁してくれよお」

「そういう問題じゃねぇんだよ老いぼれ! 人が厚意でこしらえてやったもんを、何遍も何遍も壊してる時点で論外だろうが! 義手じゃなくて残ってる方の手ぇ使えや!」

「ま、待てよ悪かったよ……! 謝るからまた直してくれよ」


 義手を乱暴に引ったくるマグヌス。

 丸眼鏡越しに義手を見る目が、凄まじい勢いで険しくなる。機嫌がどんどん悪くなっていくのが、ロゼの位置からでも分かった。


「なんなのお前? オレに喧嘩売ってんの? なにやったらこんなバッキバキになんの? 関節全部いかれてるんですけど。人が腹痛めて産んだ子をなんだと思ってんの? 万死に値すんだけど」

「すまん、本当すまん! もうこれっきりにするからよ、杖から手ぇ放せって! 洒落にならねえよ!」

「うるせぇ、魔法を冒涜する奴に生きてる価値はねぇ」

「だから言ったろ! 俺まで巻き添えはごめんだぞ!」


 気になる単語がいくつも聞こえたが、まずは流石にとめるべきだ。

 そう判断してからは早かった。ロゼは駆け出し、老人とマグヌスの間に割って入った。


「詳しい事情は分かりませんが落ち着いてください! なにをしようとしたんですか!?」

「あぁ!? 誰だテメエ邪魔すんな!」


 間近で見たマグヌスの姿は、遠目からの印象とは随分イメージが違った。


 服はどこかの制服で間違いなさそうだが、少し不自然だ。腰からチェーンがぶら下がっていたり、どう見ても後づけのフードが上着にあったり……改造してある上にかなり着崩しているらしい。茶色い髪はぼさぼさで、前髪が瞳にかかる寸前だ。そして目。眼鏡の奥から、鋭い三白眼が覗いている。


「嬢ちゃん、どこの誰だか知らねえが助けてくれ! こいつ本気で半殺しにする気だ!」

「なんだ、半分は生きてられるつもりかよ? 甘く見られたもんだなぁ、えぇ?」

「ですから落ち着いて……」


 どうにか場を収めようと、ロゼはマグヌスを宥め続ける。目の前で物騒なやり取りをされたくないのもそうだが、もしかしたらチャンスかもしれないのだ。

 このマグヌスという青年次第では、マリーの状況が好転する。


「あの、マグヌス様でよろしいんですよね? あなたは魔法が使えるのですか?」

「様……? まあそうだけど、それがなんだよ」

「その義手もあなたが? 少し見せてもらってもよろしいですか?」


 見知らぬ女が割って入ってきたかと思えば、そんなことを言ってくる。この急展開に、マグヌスの表情がに困惑が滲んだ。


「あの、駄目でしょうか?」

「別にいいけど……アンタ本当に誰?」


 ロゼは質問に答えず、手渡された義手をまじまじと眺める。

 球体の関節にひびが入っていたが、かなりクオリティが高い。触り心地に無骨さはなく滑らかで、駆動範囲も人間の腕と変わらない。若干軋むのはひびのせいだろう。それを除けば、なにもかもがロゼの知るゴーレム義肢より数段上だ。


「これは、凄いですね……」

「へえ……? なんだよ中々見る目あるじゃん」


 さっきまでと一転し、マグヌスの表情と口調が明るくなった。それに便乗するように、二人組が矢継ぎ早に語り始める。


「そうだぜ嬢ちゃん、マグヌスは凄えぞ! なんとかって有名魔道学校に最年少で入学できたんだからな!」

「そうそう! いい顔しなかった貴族連中も、マグヌスの実力を見て素直に負けを認めたって話だぜ!?」

「おいおいやめろよ、そんな本当のことを」


 全力のよいしょを受けて、マグヌスは完全に機嫌を取り戻した様子だ。謙遜に見せかけた自画自賛を聞き、二人の老人はほっと胸を撫で下ろす。


「ええと、具体的にはどのような魔法が得意なのですか? やはりゴーレム系が……」

「なんでもできるが?」

「な、なんでも!?」


 魔法使いは基本的に、得意分野が決まっているものと聞いたことがある。炎魔法、水魔法、雷魔法、土魔法、治癒魔法……細かく分ければ切りがないほど種類は豊富なのだ。

 得手不得手が出るのは当然のはずだが、なんでもできる?


「例えば、治癒魔法はどの程度のものを?」

「そうだな。腕とかもげても、傷口合わせりゃあ繋げれるな」


 これはきた。遂に見つけた。マグヌスの言っていることが本当ならば、これ以上の適任者はいない気がする。


「疑うようで悪いのですが、腕前のほどを見せていただくことは可能ですか?」

「よっしゃ任せろ。そこのボケ老人の両足ぶった斬ってまたくっつけてやる」

「えええ!? 待ってくれマグヌス! 許してくれたんじゃねえのかよ!?」


 まずい、煮え繰り返した。ロゼは焦りを顔に浮かべ、マグヌスを取り押さえる。杖を構えようとする姿勢のまま動きを封じ、スラムの路地裏へと引っ張っていく。


「おいなにすんだ! アンタが見たいって言ったんだろうが!」

「すみません言葉を誤りました!」

「知るか離せ……お前力強いな!?」


 やいやい喚くマグヌスをある程度進んだ場所で解放し、改めてロゼは向き直る。


「もう少し穏便な方法で証明していただけると助かるのですが……」

「あー? しょうがねぇな……」


 やや不貞腐れながら、マグヌスは懐からなにかを取り出しロゼの前に掲げた。


「これは?」

「魔道士証」

「……あなた学生では? 魔道士を正式に名乗れるのは卒業後のはずですが」

「卒業済みだよ。これは私服として使ってて……っていいじゃねぇか細かいことは。それよりここ、魔法技能のとこ見てみろ」


 指差された箇所を見れば、各種類の魔法が箇条書きで列挙されており、その隣に大量の星が並んでいる。


「これは?」

「どの魔法がどの程度使えるかのグラフみたいなもん。因みに十段階評価な」


 言われて目を見張る。

 ざっと見てその評価は、平均八から九くらい。一番低いものでも精々六。中には満点も少なくない数見受けられる。


「偽装を疑うなら、しかるべき所で調べてくれて構わないぜ」

「いえ、大丈夫です」


 彼が優秀な魔法使い……どころか、魔道学校を卒業した魔道士であることは分かった。本題はここからだ。


「あの、実は……」

「なんか頼みたいことがあるな?」


 ロゼが言う前に、マグヌスはにやりと笑った。威圧的な目が細められる。


「アンタ、この辺の人じゃないだろ? ここにゃあよく来るけど見ない顔だし、身なりが整いすぎだよな。よっぽど困ったことがなきゃ、よそ者がここで誰かに話しかけたりしねぇ。さっきは面食らったが、今思えばそうだ」

「……はい。その通りです」


 メイド服は流石に着ていないが、確かにロゼの私服もスラムには似合わない。別に問題ないと思っていたが、交渉で優位に立たれそうになるとは。


「ここで話すことはできません。更に、受けていただける場合もそうでない場合も、他言無用でお願いします」

「……なんかヤバイ話か?」

「法を犯すわけではありませんが、知られるとまずい話です」

「報酬は?」


 当然その話になるだろう。マグヌスはにやにやを貼りつけたまま前屈みになり、ロゼを下から見上げる。

 魔道士だというのに、チンピラ同然の佇まいだ。


「お望みの金額は払えるかと」

「金ねぇ……悪くねぇけど、別にいらねんだよなぁ。その気になりゃ稼げるし」


 意外な答えだ。ロゼはてっきり、つり上げるだけつり上げてくると思っていたのだが。

 マグヌスの意図が分からず、内心に不安が生じる。しかし表に出せばつけ込まれるかもしれない。ロゼは平静を装い淡々と返す。


「では、どのようなものをお望みなのですか?」

「オレを得させてくれりゃあ、なんでも」

「抽象的ですね。具体例はありませんか?」

「そうだなぁ……見たことないような魔法とか見れりゃ最高」


 ロゼの中で電流が走る。不利状況だと思っていたら、最初から勝利が確定していた。思わず笑みがこぼれてしまう。


「分かりました。案内します」

「え、マジ?」


 その快諾ぶりに、マグヌスが呆気に取られる。しかしすぐに取り繕い、苛立たしげにロゼを睨んだ。


「あんま適当なこと言うんじゃねぇぞ? 半端なもん見せたら即刻帰るからな」

「期待に応えられると確信しています」

「そんなにハードル上げて大丈夫かよ」


 納得いってない様子だが、マグヌスは歩き始めたロゼについてゆく。

 ロゼの方はというと、舞い上がる気持ちを抑え込むのに必死だった。

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