6 方針
こうしてロゼが加わり、まずなにをすべきかの話し合いが始まった。
最終目標は、マリーを城に戻すこと。そのためには踏まなければならない手順が多くある。
「元凶と思われる占い師ですが……私が陛下に証言したところで無駄でしょうね」
「それで収まるなら娘を手にかけようとしないだろう。むしろそのせいで、もうあの男は後に引けなくなった」
「……わたくしが直接話すというのは」
「それができれば苦労しない」
「ですわね……」
ロゼの膝の上で、マリーはため息をつく。
スペードの言うように、生首のまま城に戻ってもどうしようもない。悪魔の魔法だなんて言っても、余計な混乱が大量に生まれるだけだ。
「そもそも彼女は単独犯なのでしょうか」
「どうだろうな。そこまでは分からなかった」
「……さしあたっての問題は、わたくしの体と情報不足ですわね」
「体、元に戻るんですか?」
マリーとロゼが同時にスペードの方を見る。
「まあ、清潔にして適切な処置をすれば多分」
「多分……? それに首を繋げる適切な処置ってなんですの?」
「……さあ」
状況的に仕方なかったとはいえ、首を刎ねておいて無責任な言い草だった。
二人の目が冷たくなるが、仮面の下の顔色がどうなっているのかは分からない。少なくとも、大して悪びれてないだろうなとマリーは思った。
「今それをとやかく言いませんが、真剣に考えるべきですわ。動けないのはストレスがたまりますの」
体を取り戻す。そして元通りに繋げる。簡単ではないだろう。つまりしばらくは生首生活が強制される。
あまり考えたくなかった。
「せめてその場しのぎでも、仮の体なんかがあれば……」
「怖いこと言うなよ。俺に誰かの首を刎ねて体だけ持ってこいと?」
「貴方の発想が一番怖いですわ」
「仮の体……」
ロゼはなにかが引っかかり、マリーの言葉を自分でも呟いた。そして発想を連鎖させる。
仮の体。
仮の手足。
義肢。
義肢が可能ならば……。
「ゴーレム!」
「きゃっ!?」
突然ロゼが立ち上がり、マリーの視界が急激に上昇する。
「ゴーレムってなんだ?」
「魔法による自立人形の総称です。そしてこれを応用し、欠損した部位を補うゴーレム義肢という技術があるのです!」
驚いて反応の鈍っていたマリーだが、その言葉を聞いて目を見開いた。
「その要領で、わたくしの体をゴーレムで補えれば」
「前例を聞いたことはありませんが、可能性はあるかと」
マリーの聞いたことのある範囲だと、ゴーレム義肢で補うのは腕や足。首から下全ては聞いた覚えがない。もし理論的に可能であったとしても、今まで存在しなかったものを創ることになる。
「けれど、わたくしもロゼも魔法は碌に使えませんわ」
「因みにスペード様は……」
「殺すか殺さないかしかできないし、まずゴーレムとやらを見たこともない」
物騒なことを言われて、二人の表情が引きつる。
魔法はともかく、魔界にゴーレム技術はないらしい。世界が分かれて時は流れ、各々で違う魔法が進化していったのだろうか。
「それなら……どなたか魔法使いを引き入れるわけにはいきませんの?」
「あまりおいそれと人を増やすのはお勧めしないが」
「分かってますわ。人づてにわたくしのことが、お父様や占い師にばれるかもしれない」
マリーにもそれくらいのリスクは分かる。知る人が増えるほど、情報が漏れてしまう可能性が高くなるだろう。せっかく死んだことになってやり過ごしているのに、生きているとばれればまずい。
「ですが先のことを考えると、やっぱり魔法に長けた味方は必要ですわ。わたくしの体を元に戻す方法としては、高度な治癒魔法が最も現実的だと思いますの」
「まあそうですね。縫って繋がるとは考えにくいですし」
「当てはあるのか? せめてある程度信頼の置ける人物であるべきだ」
スペードの挙げた懸念は、マリーにとっても悩ましい課題だった。ロゼと同等に信頼を置く人物など、マリーには思い当たらない。
そもそも城内には父の他にも、占い師の息がかかった人間がいるかもしれない。そうなるとマリーの人脈は全滅だ。
「もっと色んな所に顔を出しておけば……」
「今なら持ち運びやすいのにな」
「黙りなさい」
インドア派な性分がここで響くとは思わなかった。使えないながら魔法に興味はあったのだから、一人くらい仲よくなっていてもおかしくなかったのに。マリーは半目になって難しい顔をした。
「でも最初の目的は決まりましたね。とにかく探してみます」
「腕がよくて信用に足るとなると、魔道士の資格を持っている方が望ましいけれど……。そう都合よく見つかるかしら」
「マリー様が信じてくれるなら、私はなんだってやり遂げてみせます!」
ロゼはやる気満々だった。さっき受けた言葉が心を滾らせ、瞳に炎が燃え上がる勢いだ。そうさせたのはマリーだが、当の本人に自覚はない。
「ありがとうロゼ。貴女なら本当にやってくれそうね」
自覚はないので、さらなる燃料が躊躇なく投入される。
にやにやがとまらないロゼから、スペードは視線を下ろす。その膝の上で、マリーが穏やかに笑っていた。
「大したものだな」
「ええ。ロゼは本当に頼りになりますの」
「マリー様ぁ」
「…………」
意図とは違う伝わり方をしたらしいが、訂正するほどのことでもない。そう判断してスペードは話題を変えた。
「魔道士のことはよく分からんから任せるが、情報も疎かにできないぞ。準備の前になにか起こっては元も子もない」
「それもそうですわね。しかし同じくらいの難題では……」
「俺が一日で占い師の計画を見破ったことを忘れたか?」
「……あー」
また猫になって城に忍び込むつもりのようだ。確かにこの情報収集力は侮れない。
しかしそれとは別に、マリーには腑に落ちないことがあった。
「わたくしの前では拒否したのに、随分と乱用気味ではなくて?」
「本当に好きでやってるわけじゃない。できれば死ぬほどやりたくない」
猫のなにがそんなに気に食わないのか、マリーは甚だ疑問だった。あんなに癒やされる生き物はそうそういないだろうに。
ロゼに詳細を聞くとき、できるだけ詳しく説明してもらおうと決意した。
そんな個人的な思惑は置いておいて、思っていたより着々とやることが決まっていく。二人が方針を固める中、マリーは内心で少し焦り始めていた。
当事者は自分なのに、やはりやれそうなことが思い浮かばない。首だけの身では当たり前だが、どうにも歯痒さが否めない。
「そう暗い顔をするな。契約は必ず守る」
「任せてくださいマリー様! 必ずや期待に応えてみせます!」
どうやら顔に出ていたようで、スペードとロゼが励ましてくれる。二人の存在はありがたいが、だからこそ自分の情けなさが際立つ気がする。
「ごめんなさい。なにもできなくて」
「なにを仰るんです!? マリー様が助けを求めてくださったんじゃないですか!」
強い語気でロゼが言い、マリーを持ち上げて額同士をくっつけた。爛々と輝く緑色の瞳が目の前に来て、赤い瞳が思わず揺れる。
「マリー様、私はあなたのメイドです。あなたの助けになるのが私の喜びです。なのにあなたは、私に任せるべきことをご自分で済ませようとする。それがマリー様の願いならと、強く出しゃばることは控えてきました……が! 私はもっと頼ってほしかった!!」
「ロゼ……」
「本当に助けが必要なときくらい、大人しく私に助けられてください! 私はまだまだ尽くし足りないんです!」
ロゼは鼻息を荒げ、マリーの顔にかかる銀髪を揺らした。
くべられた燃料が、凄まじい速さでエネルギーに変わっていく。無自覚なマリーは勢いに気圧され、目を見開いてぽかんとすることしかできていない。
「そうと決まれば、私は早速魔道士を探します! ああでも、今マリー様のそばを離れるのは5a(^@%んんっ! いや、マリー様を一人にするのは危険が……」
「出るときは交代にしよう。帰ってくるまで俺がついている」
「そ、そうですねそうしましょう! それではマリー様、しばしお待ちを! 留守はお任せましたスペード様!」
半ば暴走気味のロゼはそう言い残し、マリーを机に置いて家から出て行ってしまった。
「不審者がこんな所に来るとも思えないが……嵐のようだ」
「いつもはここまで激しくないのですが」
少し過保護だとは常々思っていたが、今日ほどぐいぐい来るのは初めてだった。それほどまでに心配をかけたのかと、マリーはまた少し情けなくなる。
ただ、嬉しさの方が強かった。
「慕われてるじゃないか」
「ええ、まあ……ロゼとは伊達につき合ってませんもの」
「しかし、俺に対して無警戒すぎだとも思うが」
スペードも一応、自分の風貌が人間界で浮いている自覚はある。それでもロゼは、ほぼ疑うことなくついてきた。もし自分が敵対者なら、どうするつもりだったのだろうか。
「それについては大丈夫ですわ。貴方が仮によからぬことを企んでいても、ロゼはわたくしの所へ来てくれますもの」
「道中で俺がなにをしようともか?」
「心配なしですわ」
根拠は分からないが、マリーは自信たっぷりにそう言いきった。ただのメイドじゃないのだろうか。
「それに、警戒はわたくしがしていますわ。わたくしが信じたのは、貴方ではなくお母様ですの」
「アンナの名も俺の口から出たもので裏づけはない。俺を警戒しているのなら、この言葉を鵜呑みにするのはどうなんだ?」
「……本当に意地が悪いですわね」
皮肉げにマリーが笑う。スペードの感情は相変わらず窺えない。仮面で表情を隠し、座る姿も全くぶれない。石像が鎮座しているようにも見えた。
「なにか隠してはいるようですが、嘘はついてないのでしょう?」
「その心は?」
「そんな佇まいをしていますわ」
つまりどういうことなのか。論理的な説明はなに一つなかったが、やはりマリーは自信に満ちている。説得力など持ちようのないそんな言葉の、どこに自信を抱いているのか。
「…………」
しかしスペードは、たわ言じゃないと思わせられる謎の力を感じた。さっきロゼにかけていたのと同じ、言葉が特殊な力を持っているかのような感覚。
マリーの言ったことを、世界が肯定している気さえする……は流石に言いすぎだが、理屈を語らせない安心感が確かにあった。
「ちょっと、どうして黙りますの? なんとか言ってくださる?」
「……食えない女」
「く、食え……!? 言うに事欠いてなんなんですの!?」
こうして怒る様子は年相応なのだが。
マリーの声を聞き流して、スペードは物思いに耽った。