X1 ある悪魔の最期
事の始まりは、千年前の戦争。
悪魔は敗北し、契約によって実質的に人間の奴隷となる。彼女もその一人だった。
艶やかな黒髪を持ち、人間と悪魔両方から見ても相当な美女だった。しかし契約すれば逆らえない絶世の美女の末路など、想像に難くないだろう。
彼女は人間たちの慰み者となった。反抗は禁止。逃げるのも禁止。無断で話すのも禁止。命令されるまでなにかするのは禁止。ありとあらゆる束縛が施され、好き放題に貪られ続けた。
唯一許されていたこともある。それは自身へある魔法を使い続けること。
彼女は死を司る悪魔だった。どんな乱暴な扱いを受けても死なないように、死を拒絶する魔法だけは使うことを許された。否、使うことを強いられた。
日に何十、何百と相手させられても死ねない。
拷問めいた行為でも死ねない。
手足が切断され、血を大量に流しても死ねない。
傷口が腐り、蛆がわいても死ねない。
酷いにおいだと理不尽に殴られ続けても死ねない。
なにがあっても死ねないで、ひたすらに汚された。禁止されるまでもなく、いつしか泣かなくなっていた。
当時の女王にして、実質的な人間の代表が契約を規制した後も、彼女は解放されなかった。光の差さない場所で、彼女の地獄はまだ続く。
悪魔の寿命は人間のおおよそ五倍。男たちは代を替え、彼女を犯し続けた。
死なないし成長も遅いが、年は取る。見た目の劣化を防ぐため、非合法な薬や魔法で無理矢理若さを保たされた。その副作用なのか、これまでの積み重ねか。時を経るにつれ苦痛が増したが、もう声も碌に出なかった。
どれだけの時間が経ったのか。悪魔の平均寿命をとっくに過ぎても、自分の魔法のせいで死ねない。手を加えられ、見た目だけは若々しい。考えることなどとうにやめていた彼女だが、ある日経験したことない違和感に気づく。
それは既に、戦争から九百余年も過ぎた頃。彼女は人間との子を身ごもった。
本来ならあり得ない。しかし数えきれない回数の行為と、どんな副作用があるかも知れない薬や魔法が、それを実現させてしまった。
思わぬ事態はまだ続く。
魔法が使えなくなった。
一つの代に同じ種類の魔法は存在しない……悪魔の魔法の常識だ。その使い手が死んでから初めて、次世代の誰かに魔法が移る。死の魔法が、これから産まれる子供へと移ったのだ。
彼女はまだ死んでいないが、不思議だとは思わなかった。イレギュラーはもう起きている。他に起きていてもおかしくない。
そんなことより、心の大半を別の感情が占めていた。
これで死ねる。
奴隷になってから、初めて笑った。
声を上げて笑い続けた。
それから彼女は、死ぬそのときまで笑っていた。膨れた腹を乱暴に踏みつけられても、異物を突っ込まれても。狂った笑いを絶やすことなく、息子を産み落とした直後に死んだ。
その前に、心はとっくに死んでいた。