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4 契約

「助け……?」


 そんなことを言われ、マリーはもう一度状況を見つめ直してみる。


 夜に突然襲われた。

 首を刎ねられた。

 その状態で生かされ、スラムまで連れ去られた。

 以上である。


「……人間と悪魔では、価値観が随分と違うようですわね」


 そうとしか言えず、マリーはスペードを見上げた。

 これのどこに助けた要素があるというのか、本気で意味が分からない。驚きも怒りも悲しみも、一周回ったどころじゃないくらい回りきり、最早憐憫じみた感情が瞳にこもる。


「今見える結果だけで判断するな。頭を使え……いや、全身を使え」

「わたくしの状態に絡めた言い回しやめてくださる?」


 この悪魔はブラックなユーモアが好きなのだろうか。マリーとしては微妙に腹が立つので、あまり聞きたくなかった。


「契約が発動したのは、おとといの夜中のことだ。その時点で、お前に危機が迫りつつあったことになるな」

「つまり、わたくしの前に現れる前日ですわね。どうやって魔界から来て、あのときまでどこにいましたの?」

「まず、出入口になったのはこれだ」


 スペードはポケットから指輪を取り出し、親指で弾いて宙を舞わせた。見慣れた大きな宝石が回転する。


「お母様の指輪……」

「宝石の中に紋様があったろ? あれが俺を呼び出す印だ」

「それで指輪が机から」

「悪い、来た拍子に落としてほったらかしにしてた」

「人の親の形見をなんだと思ってますの?」


 そうなるとつまり、おととい自分が寝ている間、この悪魔は同じ部屋にいたのだ。

 それに気づき、マリーは味のある表情で固まった。


「面白い顔してるとこ悪いが、話を続けるぞ」


 落ちてきた指輪をキャッチし、スペードは言葉を繋ぐ。


「契約で来たはいいが、状況は分からないからな。こっそり城中を探り回って、ひとまず情報を集めた」

「……貴方みたいなのを見逃すほど、あの城の警備は酷い有様でしたの?」

「そりゃこのまま動き回ったりしない。あのときはもう一つの姿、もとい猫の姿で活動していた」

「猫」

「猫。……そんな期待の目を向けても見せないぞ。あっちの姿は嫌いなんだ」

「今よりは可愛げがあるかと」


 人を生首にする以外に、よりにもよって猫に変身までできるとは。悪魔に対する好奇心が、マリーの中でいい方面に向き始めた。


「猫のことは忘れろ。死ぬほど大事なのはここからだ」

「失礼……。なにか分かりましたの?」


 ここまできて、スペードは数秒間黙った。その最中に頭を掻いたり顔を逸らしたりと……まるで、言いづらいことを言う手前のような仕草を繰り返す。


 自分の首を刎ねて拉致した男が、なにかを言い淀んでいる。それだけで、マリーが身構えるには十分だった。


「……お前の父親が、お前の暗殺を企てていた」


 そして、実際よりも長く感じた沈黙を破り、スペードはそう告げた。


「え」


 先ほどかろうじて流れなかった涙が、今度はこらえられずに流れ落ちる。今更嘘なのではと問い質そうとは思わなかった。

 つまり事実はこういうことだ。さっきの勘違いの対象が、母から父へと変わっただけ。自分は実の親に殺意を向けられたのだ。


「実行者を探す国王の前に、俺が名乗り出た」

「…………」

「しかし殺したことにして逃がそうにも、確固たる証拠は必ず要求されるだろう。俺が土壇場で暴れようものなら、多分アンナとの契約違反になる。お前も納得しなかったろう」

「…………」

「だから、死んだようにしか見えない惨状が必要だった。首を持ち去ったのは不自然かもしれないが、生きてるとは思われないだろう」

「…………」


 マリーは言葉が出ない。首だけ持ち去られた理由は理解できた。しかしそれ以外のことがなに一つ分からない。

 分かりたくなかった。父に殺されただなんて、分かりたくない。ただ涙を流し続けた。


「それと、なぜ国王がそんな狂行に及んだか」

「……聞かなきゃ駄目ですの?」

「聞くべきだな。落ち込みたいならその上で落ち込むといい」


 こんなに打ちのめされているのに、スペードは言葉を選ばない。さっき自分が言ったことを覚えていないのか。あの言いづらそうな態度はなんだったのか。目でマリーはそう訴えた。


「簡単に言うと、あの男は正気じゃない。洗脳されかけている」

「せ、洗脳!?」


 非難の眼差しが驚きに見開かれる。


「誰がどうしてそんなことを……!?」

「怪しいのは魔法使いだかの女だな。占い師を名乗っているようだがあれは違う。国王の不安を悪戯に煽って手玉に取っているだけだ」


 フードの奥から覗く笑顔が、マリーの脳裏によぎった。なにかを孕んでいそうな、あの不気味な目を。


「そそのかされて、娘に手をかけようとするまでに信頼を得ているくらいだ。あれじゃ始末して、はい解決とはならないだろう。かといって野放しにするのはまずいな。国の乗っ取りでも企んでいるのか……」

「そんな……!」


 いきなり危機の対象が大きくなり、言いようのない焦燥に駆られる。生まれ育った国が、意味の分からない間になくなるかもしれない。

 そうなったら父はどうなるのだろう。自分はどうなるのだろう。マリー自身に関しての問題は他にもあるが、とにかく思っていた以上の一大事が起こりつつあるらしい。


 しかしどうしろというのか。政治は勉強中、身体能力も並以下、魔法も碌に使えない。ただでさえそんな有様なのに、今は体のない生首だ。なにかしろというい方が難しい。


「で、どうする?」

「どうと言われましても……わたくしになにかできるように見えますの?」

「そうじゃない。俺にどうしてほしいんだ?」

「え……?」


 一瞬意味が分からなかったが、どうやらスペードは協力する前提でいるらしかった。


「……助けてくださいますの?」

「契約はまだ続行中だ。首だけのまま放置されて、お前助けられたと感じるか?」

「いいえ」

「ならまだ帰るわけにはいかないな」

「……でも一度は助けられましたわ。詭弁じゃなくて?」

「なんだ、不満か? 自分で言うのもなんだが、俺は悪魔の中でもそこそこ強い方だぞ。今ならお買い得だぞ」

「そういうわけじゃありませんわ」


 危機かもしれない国をどうにかする以前に、今のマリーは無力もいいところだ。自力でできるのは呼吸くらいのもので、このまま一人では食事も取れずに死んでしまう。というか生首は食事を必要としているのか……そういったこともまるで分からない。


 そんな状況の自分に手を貸してくれるというなら、是非とも貸してほしい。しかしだ。


「貴方にメリットがありませんわ。元々契約というもの自体、人間優位が基本ですのに……なぜ進んで助けてくださろうとするんですの?」

「人間界が好きだから」


 当たり前だと言わんばかりの即答だった。その内容は予想外で、マリーはまたもや黙ってしまう。


「……好き?」

「ああ。せっかく三年ぶりに来られたのに、たった数日で帰るのは死ぬほど勿体ない。それにそもそも詭弁じゃないぞ」

「なぜ?」

「契約を果たし終えれば、俺は魔界に強制送還されるはずだからな」


 自分がここにいることが、契約はまだ終わっていないという証明。スペードはそう言いたいらしい。


「実質的な契約者はお前になるだろうから、お前が帰れと思うならその限りじゃないが……。とにかく、助けてほしいお前と人間界に居座りたい俺。持ちつ持たれつの関係だ。なにも不自然なことはない」


 その言葉を最後にスペードは黙り、ベッドに座り直した。顔の高さがマリーと並ぶ。


 あずかり知らないところでなにかが起きて、こんな目に遭い、頼みの綱は目の前の怪しさ全開の悪魔のみ。何度目か分からない涙を流したくなる。流石にみっともないと思ったので、マリーはため息をつくだけに留めた。


「……助けていただいたことは分かりましたし、感謝しますわ。けれど正直、まだ状況が飲み込みきれてませんの」

「飲み込む……喉までしかないけどな」

「今真面目な話をしてますの。貴方に関しても、そういうところや首を刎ねたところ……感謝の一言で済ませるのは抵抗しかありませんわ」


 変な茶々入れのせいで、余計な声の荒げ方をしてしまった。咳払いを挟み、マリーは改めて続ける。


「……それでも、今のわたくしに他の選択肢はありませんわね」


 そして漏れたのは苦笑いだった。自分を助けるために首を刎ね、ブラックなジョークでそれを茶化すような悪魔を信じて頼る他ない。


 その事実に笑うしかないが、マリーはもう決意を固めていた。


「わたくしを助けてくださいませ、スペード」

「お前が望むなら。マリー=ホーネット」


 まだ完全に信頼はしていないし、不安も大きい。しかしマリーは信じることにした。

 母のことを信じて、この悪魔を頼ることにした。


「そういえば、貴方とお母様はどういう関係でしたの?」

「……綺麗な女だったなあ。俺は面食いだからなあ」

「お母様になにしましたの!? 返答次第では契約に無理難題を追加しますわよ!」

「……もしかしなくても母親似だよなあ、マリーは」

「ひいっ!? けけけ契約破棄ですわ! 早く魔界に帰りなさいこのケダモノ!」

「すまん冗談だそれだけはやめてくれ」


 早速後悔してきた。

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