1 プロローグ
「お前の首をいただきに来た」
黒い仮面の男が淡々と言う。銀髪の少女は呆然と後ずさるだけで、なにかを言い返すこともできなかった。
どうしてこんな目に。どうして自分は今、こんな絶望的な状況に立たされているのか……。
現実逃避をするように、意味のない原因探しが少女の頭の中で繰り広げられる。
「そう怖がるな。心配しなくともすぐに終わらせてやる」
そんな心配をしているわけじゃない、なんてことも今の少女には言えやしない。どうにか口を開こうとしても、唇が不格好に震える以上のことは起こらなかった。
ふらふらと危なっかしく、仮面の男から距離を取り続ける。無駄な行為だと分かってはいても、たった一つの自己防衛手段を手放せなかった。
自分は間もなく殺される。なす術もなく、男が担いだ大鎌で、首を刎ね飛ばされる。
その光景が鮮明すぎるほどありありと想像できてしまい、遂に赤い瞳から涙がこぼれた。
「……っ」
最初の一筋が流れ落ちてからは、もうこらえられなくなってしまった。次から次へと両目からあふれ出してくる。
「う……ぐ」
ようやく声が出たかと思えば、泣き叫びそうになったのをこらえて漏れた情けない嗚咽。自分があまりにも惨めに思えてきて、余計に泣きたくなってくる。
「覚悟はいいか?」
「……そう見えますの?」
「死ぬほど見えない」
「だったら聞かないでくださる? 無意味な質問ですわ」
うわずった声ながら、少女は気丈に答えてみせた。最後に残された意地を精一杯張って、投げやりに口を三日月にする。
「覚悟はまだでも、状況は受け入れたみたいだな」
「…………」
「もたもたしている時間はない。もうやるぞ」
男が大鎌を持ち上げる。身の丈ほど大きいそれを片手で構え、少女の首元に刃を添えた。
「最期に一つ。……貴方はなぜわたくしの首を?」
きっと金で雇われたとか、そんなくだらない理由。
だが男の言葉で、その考えが覆る。
「悪魔は契約を破れないからな」
疑問の言葉を上げる前に、少女の首は胴から離れた。