第50話 宮古灯里
私は自分の名前が嫌いだった。
もっと嫌いなのは、暗い性格の自分だった。
―――――― 一年前
掃除の終わりは半日の終わりだった。私は自分の席に戻り、帰る用意を始めた。
「灯里ちゃんって、いつも教科書持って帰ってるの?」
同じ班の女の子が聞いてくる。そこまで仲良くないけど、お喋りはするくらいの仲だった。
「うん、持って帰ってるよ」
「偉いね。私なんて置き勉してるのに」
「あはは、重たいからね」
なにも面白くなかった。
念のため言っておくと話が、ではない。それだと目の前の子がつまらないみたいになってしまう。
つまらないのは私だった。
たわいもない話を少しだけして、別れる。その子はテニス部に所属していたが、私は何もやっていない。更衣室にいく理由はない。
私は帰りながら、今日すべきことを考えた。
宿題をやり、復習をして、予習をして。
今日の習い事はなんだったろうか。
ドイツ語の宿題も残っていた気がする。譜読みは終えたので問題はないだろう。
思考が巡る。
今の生活に不自由はなかった。
友達もいる。このご時世で、いじめられてもいない。
家は裕福で、親も愛情を注いでくれている。幸せものだ。
真面目でいるがゆえに、学校の評判も、先生からの受けもよかった。理不尽なことはない。
「……」
なのにどうして、こんなにも空っぽなんだろう。
遠目に見える夕日は、とても綺麗だった。
――――――
その日私は、初めて先生に怒られた。
といっても激怒されたわけではなく、心配が含まれた叱り、だった。
宿題を忘れたことは初めてだった。
――いや、本当は忘れてなんていなかった。
あるのを知っていた。それどころかしっかり済ませていた。
わざと机の上に置いてきたのだ。自分の意志で。
その次の日も私は宿題を忘れた。
でも、やはり大きくは怒られなかった。体調を心配されるだけだった。
「灯里さん、ちょっと頑張りすぎちゃったのかな。次は気を付けてね」
先生はそう言うと、私を許した。
このとき、私は自分がしている行為が無駄だと悟った。
おそらくこのまま忘れ続けても、私のせいにはならない。状況とか、体調のせいになる。
真面目で暗い宮古灯里は、ずっと死なない。
嫌だった。
大した悪いこともできない自分が。
真面目でしかいられない自分が。
灯里になれない自分が。
そのとき、目の前が真っ暗になり、宮古灯里は床に崩れ落ちた。




