第百五話 核軍縮
一九四五年七月二五日、マンハッタン計画の最高責任者レスリー・グローブスが作成した原爆投下指令書が発令される(それをトルーマン大統領が承認した記録はない)。ここで「広島・小倉・新潟・長崎のいずれかの都市に八月三日以降の目視爆撃可能な天候の日に『特殊爆弾』を投下する」とされた。
同年八月二日、第20航空軍司令部が「野戦命令第13号」を発令し、八月六日に原子爆弾による攻撃を行うことが決定した。攻撃の第一目標は「広島市中心部と工業地域」(照準点は相生橋付近)、予備の第二目標は「小倉造兵廠ならびに同市中心部」、予備の第三目標は「長崎市中心部」であった。
同年八月六日、広島市にウラニウム型原子爆弾リトルボーイが投下された。
同年八月八日、第20航空軍司令部が「野戦命令第17号」を発令し、八月九日に二回目の原子爆弾による攻撃を行うことが決定した。攻撃の第一目標は「小倉造兵廠および市街地」、予備の第二目標は「長崎市街地」(照準点は中島川下流域の常盤橋から賑橋付近)であった。
同年八月九日、第一目標の小倉市上空が八幡空襲で生じた靄による視界不良であったため、第二目標である長崎市に プルトニウム型原子爆弾ファットマンが投下された。
同年八月十日、トルーマン大統領が全閣僚を集め、これ以上の原爆投下を中止する指令を出す。
高校生の山中桃太郎が、祖父の幸盛に言った。
「ねえ、おじいちゃん。こないだ日本史の授業の中で、ダモクレスの剣のことを先生が話してくれたんだけど、当時の大統領がトルーマンでなくトランプだったとしたら、原爆をあと何発か日本に落としてたと思わない?」
「大局観欠乏症のトランプなら、やりかねん。それに、ダモクレスの剣は大統領の頭上にだけあるんじゃない」
と幸盛はため息をもらす。
ダモクレスの剣とは、アメリカのケネディ大統領が国連総会での演説のなかで用いたギリシャ説話の一つで、シラクサの王ディオニュシオスの廷臣ダモクレスが王者の幸福をたたえたので、ある宴席で王がダモクレスを王座につかせ、その頭上に毛髪一本で剣をつるし、王者には常に危険がつきまとっていることを悟らせたというものだ。常に身に迫る一触即発の危険な状態を指す。
幸盛は続けた。
「毛髪は少しでも太い方がいい。包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効促進のために日本・オーストラリア・オランダが二〇〇二年に発足させた『CTBTフレンズ』などは、その外相会合に招かれたペリー元国防長官が、一九七〇年代に『ソ連がICBM(大陸間弾道弾)を発射した』との誤情報に惑わされた時の体験が語られるなど、核兵器を巡る教訓が共有される場ともなってきたらしい」
「その時も、トランプがいなくて良かったよね」
「それどころか、奴なら誤情報を捏造しかねん」
幸盛は桃太郎に問う。
「核軍縮と聞くと、核兵器の保有数を減らすことを考えるが、これを『垂直的軍縮』という。それに対し『水平的軍縮』というものがある。知っているか?」
「知らない」
「高度警戒態勢の解除というものがある。昨年12月に行われた国連総会で、高度警戒態勢の解除を求める決議には175カ国が賛成したらしい」
「何それ?」
「実際に、一九八九年十二月にマルタ島で冷戦の終結を宣言したアメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ大統領が、一九九一年に相次いで実施したことがあるんだ。ブッシュは、すべての爆撃機と450基の大陸間弾道弾(ミニットマンⅡ)、原子力潜水艦10隻の搭載ミサイルの警戒態勢解除を指示し、ゴルバチョフも500基の地上発射ミサイルと、6隻の原子力潜水艦を実戦配備から外したという」
「へー、やればできるんだ。でも、どっちの軍縮も、今の不安定な国際情勢じゃ難しいよね」
「確かに、軍縮の合意は容易なものではない。第1回軍縮特別総会が1978年に行われた時も、多くの国が核軍縮を求める中で交渉が難航した。そこで急遽、交渉の総責任者に指名されたメキシコのアルフォンソ・ガルシア・ロブレス元外相は各国に呼び掛けた。『昨日、新たな括弧が安易に加えられたが、このようなことはしないと紳士協定を結んでほしい。まるで、機織りをするペネロペが織物を途中でほどいては織り直すギリシャ神話のようではないか』と」
「誰それ?」
「後にノーベル平和賞を受賞したガルシア・ロブレス元外相のこうした尽力が実って、最終的にはすべての『括弧』が解消された形で、最終文書が全会一致で採択されたんだ。この最終文書は現在でも軍縮問題を討議する際の基礎になっているというからな」
「あきらめてしまったら、毛髪は細くなる一方ってことだね。自国エゴとの戦いだね」
「力あるリーダーが必要だってことだ。桃太郎、頼んだぞ」
「はぁ?」
*この掌編は、池田大作創価学会インタナショナル会長の「第44回『SGIの日』記念提言」から引用したものです。