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終末世界の黎明は  作者: 月Chile
1/3

遅起きは少年期 (1)

 緑が豊富で規模の大きい、この地域では一番の人気を誇る病院の1室。中には、近代的というよりは未来的といった方があっているだろうという見た目のベッドに寝かされた僕、それを右手側から見守る父と母、二人に隠れて見えないが、その後ろには医者と看護婦、病院でできた友人とその母が、まるで今生の別れがこれから訪れるかのような、重苦しい空気が漂っている。


「目を覚ますころには、その病気を治す手段も、見つかっているからね」


 泣きながらそう口にするのは、僕の母だ。昨日は一睡もできなかったのだろう、泣きはらした瞼には黒い陰りがうかがえる。普段からつけている香水の匂いは、いつもの僕だったらあまり好きな匂いではなかったが、今日だけはひどく安心する香りだった。


「安心して眠るんだ。このベッドは、お前を一時的に冬眠状態にさせるものだ。熊やカエルと一緒だな。ぐっすり眠るといい」


 子どもでもわかるように、わかりやすい言葉をわざわざ選んで説明しているのは父だ。毎日、本を読んでいたので___というよりもそれ以外の日々の暇をつぶす方法がほぼなかった、が正しいが___、そこら辺の10歳よりは物事を知っているつもりだったが、父のその心づかいが妙に嬉しい。だが、母は、僕と獣を一緒くたにして説明するのが気に食わなかったのか、ほほを膨らませながら、彼の脇腹を左手で小突いた。


 世界でも稀な奇病によって、余命が幾ばくかと宣言された僕は、これからコールドスリープに入る。この病気が治る日まで、体をそのまま凍結させて、その時代で治療を受ける。それが1年後か、10年後か、はたまたそれ以上の年数がかかる可能性もあるが、今死を待つよりも、良い選択だろうと、一緒に話し合って決めた。


「きっと、一生会えないわけじゃないわ。最近の医療の発展は目覚ましいって、お医者さんも言ってるもの。こんなに泣いて、馬鹿みたいね」


 そういうと涙をぬぐい、僕のことを抱きしめた。その上から父も抱きしめてくる。その温もりは、少しづつひんやりとしてきた装置で身を起こしているだけの僕には、暖かすぎる抱擁だった。


 体は完全に地面と平行というわけではなく、45度ほど傾いているおかげで、首を多少持ち上げるだけで、ベッドのヘリから、家族の顔を簡単にうかがうことができた。


 僕がこれから眠りにつくコールドスリープ専用の特殊な装置は、ベッドというよりも、棺や棺桶のように見える。不吉な見た目も相まって、多少の不安が煽られるが、横たわる前に打たれた薬のせいか、だんだん瞼が重くなり、思考が薄れてきたおかげで、家族と友人とのしばしの別れの方に集中することができた。


 抱擁が終わると、後ろで控えている女の子に目が移った。泣きべそで、腕には世界一有名なネズミの人形が抱えられているその子は、入院生活で仲良くなった夕日部カノンという子だ。年も10歳と僕と一緒で、同じように病魔に侵され、苦しそうにしている姿を何度も見たが、退院の目途がつい最近たったらしい。その子の母親に手を繋がれたまま、壁際で僕のことを見つめていた。彼女は僕と目が合うと、口を震わせながら、「まってるからね」と途切れ途切れに声に出した。


「またね」


 麻酔が本格的に効いてきたのか、その一言を境に、僕の意識は途絶えた。この後のことは僕に走る由もないが、外から僕の姿が見えるようにガラス張りになっている扉に覆われると、病院の奥底の病室へ入院、という形になるそうだ。僕の寝ている姿をいつでも見舞うことができるそうなのだが、寝ている姿を勝手に見られるというのは、あまり気分のいいものではない。1度だけ家族と行った、美術館の、男性の裸体の彫刻を思い出す。このような気持ちを抱いているのかもしれないと思うと、目を覚まして美術館に行く機会があるとしたら、あまり股間は見ないであげようと、半ば本気で決意したのだった。


 コールドスリープでいる寝ている間の体は、病気の進行だけではなく、成長をも止めてしまう。まるで僕の世界だけ、時間が止まったような…世界から切り離されて、おいて行かれるような、そのような気分だった。今でこそ、身長はカノンよりも数センチだが勝っている僕だが、きっと次に起きるころには、追い越されていることだろう。今から悔しいというのは、気が急きすぎているとは思うが。


 次に起きたら、世界がどのように変わっているのか、カノンと一緒に考えたことがある。車は空を走っているのか。スカイツリーを超すほどの高い建造物が、建っていたりして。猫型ロボットの友達がほしい。夢のような話を目を輝かせながら語っていた。その時ばかりは、不安よりも、期待に胸を膨らませる心の方が大きかった。


 寝ている間は、夢は見ないらしい。夢とは、脳が、記憶の整理をするために見るものだ、と医者が言う。ずっと寝ているだけでは、夢という脳にとっての、一種の必要性はいらないということだ。僕は普段は、寝る際に、夢を楽しみにしている節がある。前に一度だけ、僕の背中に翼が生えて、空を自在に飛び回る夢を見たのだ。あの爽快感、万能感が、いまだに忘れられない。あの夢がもう一度見たくて、夜な夜な枕元に、鳥が主役の本を置いて眠りにつくのだが、未だに成功には至っていない。コールドスリープ中に見られるかもしれない、という僕の淡い考えは、医者の一言によって、脆くも崩れ去ってしまったのだった。悪夢を見ないだけ、幸せだと切り替えることにした。


 兎にも角にも、次に目が覚めるころには、この忌まわしい病気ともおさらばである。希望に満ちた未来への片道切符___きっとこの場合は寝台列車の切符なのだろう___を手に、僕は眠り、そして…





 バシュウウ!!とすさまじい音が鳴った。眠い頭ではその轟音の正体がわからなかったが、後々考えてみると、コールドスリープの装置から、空気が勢いよく噴き出す音だったのだろう。


 すさまじい音を耳にしながらも、少しの間、僕の体は動けなかった…動けないというよりは、動かない、が正しい。ついさっきまで冷気で冷やされた体が温まるまで、このベッドからは動けない。まるで金縛りにあっているかのごとく、頭は起きているのに、体は指1本どころか、瞼さえも開かなかった。


 どれくらいの時間が立ったのだろう。ようやく開くようになった瞼に移るのは、鏡に映った自分の顔である。目の端に、扉が少しだけ開いているのが見て取れる。外が暗くて、ベッド内のLEDライトが点灯しているせいであろう、反射して移る自分の顔は、見慣れた自分の顔と何も変わらない、いつもの僕である。

十分に体が温まってきたので、期待を胸にいざ、外の世界へ1歩を踏み出そう。そうは考えるのだが、その右手を扉にかけるその瞬間、一抹の不安が頭をよぎる。親はどれくらい年を取ったのか。カノンは僕のことを忘れてはいないか。考えれば考えるほどに嫌なことは浮かんだ。だが、その中でも最も不思議な事が1つある。


 なぜ誰も___扉を開けないのか。


 扉は薄く開いているのが目に見えているのでわかる。だが、外に親…少なくとも医者がいれば、扉を僕が開こうとせずとも、外部から開け、出迎えるのが筋のはず…ベッドが開いたことに気付いていないのだろうか。


 謎ではあったが、扉を開けばわかることである。


 眠りの間に筋肉が衰えたのであろう、腕を動かすのが多少不便ではあったが、扉は思ったよりも簡単に開いた…そこから僕を出迎えたのは。


 ____満点の夜空であった。

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