夢幻回廊
夢の中で既視感を覚えたことのある人ってどれくらいいるんでしょうね。
ふと気が付くと、僕は人ごみの中に立っていた。
あたりは薄赤い光に包まれ、遠くから聞こえてくるのは祭囃子。
ああ、これは夢だ。理屈ではないどこかで僕はそう思った。
目の前には一人の少女がいる。目を引くような美しさだ。
僕は次に彼女が何を言うか知っている。「人を探しているの」だ。
「人を探しているの」
ほらね。
僕は少女の手を取り歩き出す。すると胸の内がほんのりと温かくなる。
僕は彼女に恋をしているのだろう。だが同時にそれが叶わぬ恋だということを知っている。
僕は一度、この夢を見ている。
夢に既視感を覚えるというのもおかしな話だが、ともかくこの夢の結末を既に知っている。
筋書きはこうだ。ぼくたちはこの後あちこちを歩き回り、少女の探している少年をみつける。ふたりは手をつないで仲睦まじく笑いあい、ぼくはただそれを離れて見つめるだけ。
僕は少女に言った。
「君の探している人は、前にみつけたじゃないか」
少女は首をかしげて言う。
「何をおかしなことを言っているのかしら」
そう淡く微笑む少女を見て、なぜだろう、少し嬉しい。
また彼女と歩けるからだろうか。終わりがあることはわかっているはずなのに。
どういうことだろう、と疑問に思う。
僕の記憶ではとっくに少年をみつけているはずなのに、それらしい人影が見当たらない。
以前みつけた場所に行ってみた。やはり見当たらない。
いつのまにか少女の指が僕の指に絡んでいた。僕が少し力をこめると、きゅっ、と微かに、だが確かに握り返してくれる。
僕たちは歩き出す。さっきより少し、ゆっくりと。
少年を探さなくちゃ、という思いと、この時間がずっと続けばいいのに、という二つの思いを抱えたまま。
ふと気が付くと、祭りが終わったのだろうか、人の流れが変わっている。
「もういいの」
少女が立ち止まる。
「もういいの」
「どうしてだい? まだみつけていないだろう」
少女は顔をあげる。
「みつかったから、もういいの」
その頬に、仄かな朱がみえる。
「どこにいるんだい?」
少女は一歩近づいてくる。
「ここにいるわ」
そう言って少女はきれいな微笑みを浮かべる。それはまるで、蕾が綻んだかのようだった。
「今わかったの。さがしていたのはあなただったのよ」
ああ、とため息がこぼれる。叶わないはずの恋が叶ったのだ。こんなに嬉しいことはない。
僕は少女の瞳をのぞいた。すると自然と笑みが浮かんでくる。
つないだ手のぬくもりを感じながら、僕たちは笑いあい、歩き出す。
ふっ、と顔をあげると、雑踏の向こうの視線と目が合った。
ああ、そうだったのか。
――――あれは僕だった。