種のないタンポポ
「ねぇ。君は、何となく『死にたい』って思ったこと、ある?」
早朝の海岸でのこと、少女は彩菜に話しかける。彩菜は少女を知らない。
「…何となくはない…なんでだ…」
「ここに1人で来たって、私からしてみれば、死ぬんだろうなって思ってさ。」
「勘違いするな。私はただ朝日を見に来ただけだ…。」
「そっか。それは良かった。」
少女は海岸の先端の所で、うつ伏せになる。彩菜は少女のすぐ後ろに行き、体育座りする。塩がかすかに香る冷たい風が彩菜の顔に当たる。
「私はさ、何となく『死にたい』って思ったんだ。でも、何も悩んでいないの。友だちもいっぱいしたし、家も裕福だった。それでも、何となく死にたくなったの。」
「なんで…死にたくなったんだ?」
「分からないから、何となくなんだよ。」
少女は起き上がり、わずかに漏れる太陽の光を見る。
「自殺って、結局『無駄な度胸』なんだよね。自ら命を絶つって、普通の人だったら、怖くてできない。首を吊るとか毒を飲むとか、想像しただけでも怖い。私、自殺した人たちってそういう意味ではすごいって思うんだ。でも、死んだら何も残らない。見えるものは何も、未来もない。だから、無駄な度胸なんだよね。」
冷たい風が二人の髪を揺らす。太陽の光は、徐々にまた徐々にと露にしていく。
そのときの海姿は、逆光を浴びた螺旋階段のように見え、少女はそれを昇っているようになる。
「…どう?死にたいって、思った?」
少女は彩菜に視線を送る。
「…嫌…まだ死にたくない…私は…無駄に死んだりしない…」
「…そう…それは良かった。それでいいんだよ。」
太陽ははっきりと現れる。絵とは違う白い太陽がまぶしく光る。
「…何が『それでいい』んだ、バーカ…」
少女の姿はすでにない。
あるのは海岸の先におかれた牛乳瓶に添えられた花弁も種もないタンポポだけ。